第39話 刹那の至福

やがて数日が経ち、年が明けた。

少年は相変わらず朝と寒さに弱かった。


四人は何も変わる様子も無く、畑仕事をこなしていた。



年明けの夜は家族五人で食卓を囲んだ。


少年は妹に岩魚の燻製を急かした。

妹は笑いながら、今回は何時もの倍以上作った燻製を出して来た。


少年は大喜びで直様手に取りそれを頬張った。


母と妹は再び笑いながらも、少年の変化に納得していた。


スイも静かに燻製を食べる中で、妹が切り出した。


自分達はスイの味方で有る事

絶対に居なくなる事はさせないと言い放つ刹那、妹は号泣していた。


妹の恋人とスイが慌てて彼女に寄り添い、慰めていた。

スイは喜びながらも涙を流していた。


母は再び下を向いていた。



暫く沈黙が続くと、妹が涙を拭いながら顔を上げて言った。

祖母の生い立ちを聞いて、自分達もスイの親戚みたいなものだと笑った。


母と少年も確かにそうだなと笑っていた。


スイもとても嬉しそうだった。


早くに親を無くし、ずっと孤独だったスイにとって

今の自分がどれだけ幸せか。

少年と出逢い、皆に出逢えた幸せを心から感じ、お礼を言った。



普段から元気で明るい妹は、自分が場の空気を重くした事を後悔し

その後は再び皆を笑わせてくれた。

スイの生い立ちを知ったものだから、再び色々とスイに質問していた。

鋭い質問をすると、少年と母が相変わらず止めに入った。


その中で妹がスイに聞いた。

何時何処で少年を知ったのか?


スイは自分が幼い頃に少年と出逢ったと言った。


その応えには少年も少し驚いた。

てっきり、神社の補修作業の時に初めて出逢ったものだと思っていた。



スイの幼い頃と言うのは狐だった頃なのか

狐がいつかの自分に恋をして、やがて人になり、あの日の神社に現れたのか



妹も流石にそこまで突っ込んだ質問は出来なかったが、皆が同じ事を理解していたし

妹は素敵な話だと言って眼を輝かせていた。



スイの意外な回答に少年だけが腑に落ちないでいたが、今は過去の出来事よりも

前に進む事で頭が一杯だった。


そして少年は皆に切り出した。


今年、村に飢饉が来る前にスイと祝言を上げる事

むしろ、祝言と言う儀式が飢饉を救う鍵なのかも知れない事

まだ方法は分からないが、必ずスイを救う事


妹はとても喜んだ。

自分もこれから毎日、祖母にお願いすると言ってくれた。

母も妹の恋人も喜んでくれた。



そして少年は続けた。


数日後、街に戻る前に村長に祝言の話をして来る

そして一連の出来事を全て告白する


結果、吉と出るか凶と出るかは分からなかったがそれが一番良いと自負していた。

少年にはその覚悟が既に出来ていた。


母は意外にも、村長ならきっと力になってくれると言った。

決して悪い様にはしないと少年を勇気付けてくれた。



少年が知った村の伝承や真実の中で

狐の生贄と言う儀式は、遥か昔の出来事或いは言い伝えである事も既に分かっていたし

実際に殺された狐は居ないと考えていた。

そして村長は既に、ある程度の状況を知っている気もしていた。


だからこそ、自分から出向き早くに話をしたいと考えていた。



幸せな一時も終わり、夜遅くに少年は妹の恋人と話をした。

祝言を終えた後、もし自分が居なくなる事があった際の仕事や家族の事を恋人にお願いした。

妹の恋人はとても辛そうで、最初は拒んだが最悪の状況に備える心構えを持った。


少年は


仕事と家族を宜しくお願いします


と何度も頭を下げた。




少年が寝床に行くと、スイは既に横になっていた。

長い銀色の髪がとても美しく魅力的に見えた。


こんな幸せな時間がなるべく長く続く事を願っていたし

今と言う刹那を大切にしようと自負していた。



少年がスイの横に入ると、スイもまだ眠っていなかった様で

少年に優しく抱きついた。

少年はスイの髪を撫でながら眼を閉じずに静かに考えていた。


その日の外も、星が非常に綺麗で明るかった。

狐の鳴き声はしなかった。





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