6話 世界最強クラブ

※ゲイトが複雑な気持ちで祝いの夜を過ごしている頃、これはスペインでの出来事である※






「バルベルデ会長、流石にそれは……正気ですか?」


 秘書のブロンドの若い美青年が引きった笑いを浮かべると、白髪交じりの老翁はムキになって反論した。


「当たり前だ! ワシが正気でなかったことなど一度でもあったか? 皆がバカげたことだと一笑に付すことを遂行してきた結果、今のこのバッカスがあるのだ。違うか?」


「いえ……それはその通りですが、流石にこの件はお戯れかと思いまして……。彼はフットボーラーではないのですよね?」


「ああ。もちろん日本ハポンも最近はフットボールが中々強くなっておるでな、例の日本人ハポネもボールを蹴ったことくらいはあるのかもしれん。……だがまあ、間違いなくアイツはボールよりも相手の身体を蹴ることの方が得意だろうがな! ガハハ」


「……笑いごとではありません、バルベルデ会長。ではなぜそんなハポネにわざわざオファーを?」


 恐らくはこのオファーを思い付いた時から温めてきたギャグも秘書を笑わせることに成功しなかったのを見て、会長は白い髭を一撫でして眼光鋭く青年を見つめた。


「おい小僧。我がバッカスは世界最強だな?」


「……もちろん言うまでもありません。欧州最強のクラブが集うマスターリーグを6連覇しているのですから。歴史的に見ても現在のバッカス以上に世界最強と呼ぶに相応しいチームなど存在しないでしょう」


「だが、それゆえに良からぬ噂が流れておることも当然知っておろうな?」


「ああ、八百長の噂ですか? そんなものは試合をロクに見てもいないニワカの戯言ですよ。試合を見ればどの選手も全力でプレイしていることは一目瞭然です。どうせ手も足も出ないライバルクラブが嫉妬混じりに流したものでしょう。捨て置くに限ります」


 秘書の美青年は露骨に軽蔑の色を見せては鼻を鳴らし、そうした噂が如何に取るに足らないものであるかを示した。


「……無論そうかもしれん。だがな、実際問題チケットの売り上げが微かにではあるが落ちてきている。これが何を意味しているか分かるか?」


「……それは、言うまでもなく我がバッカスが強すぎるからでしょう。万に一つの勝ち目もない弱小クラブのサポーターは、自チームが無慈悲にボコられるのをわざわざスタジアムに来て生で観ようとは思わないでしょうから」


「俺たちはそれを良しとするのか?」


 老翁は眼光鋭く青年を睨んだ。


「は? ……それは私たちの責任ではないでしょう? 現に私たちバッカスのファンは以前よりも強い熱量で応援を続けています。何も我がクラブが他チームの事情やサポーターのことまで勘案する必要はないでしょう? 悔しかったら強くなれば良いのです。単に彼らの努力が足りないだけでしょう。……あるいは、そこまで自分の応援するチームに力がないことを痛感したならば、我がバッカスのサポーターに乗り換えれば良いのです。むしろ私には、未だ律儀に弱小クラブを応援し続ける彼らの義理堅さが不思議でなりませんよ」


 秘書はあからさまに皮肉な笑みをこぼした。


「だがな、我がバッカスは強いがゆえに資金力も豊富で、毎年的確な選手補強も可能だ。それを卑怯だと思うファンがいてもおかしくないとは思わんか?」


「は? 卑怯? ……いえ、全くもってそうは思いません。資本主義にのっとり強いクラブが賞金もスポンサーからの広告費も多くを受け取り、さらなる強化のために資金を使える。富める者はさらに富み貧しい者はますます貧しくなる……何もフットボールクラブに限ったことではございません。それはこの世界の当然の摂理ですので」


 秘書の青年は依然としてその姿勢を崩さなかった。


「普通はそうだ……だがな業界全体の発展を考えれば、そうとばかりも言っておれんのだ。ノブレス・オブリージュ。持てる者はそれだけの義務をも負わねばならんのだ」


「……それが、巡り巡って例の日本人の獲得に至ると?」


「ああ。圧倒的に勝つことが容易くなってしまった以上、我々はまた新たな種類のエンターテインメントを客に提供せねばなるまい。10人の世界最高のフットボーラーの中にただただ屈強な素人が1人混じるとどうなるのか? ワシにもまるで予想はつかん。それゆえに中々面白そうな試みだとは思わんか?」


「……それであのハポネを選んだのですか? 何か他の方法は無かったのですか? 例えば下部組織の13歳の少年をトップチームに引き上げるなどはどうでしょう?」


 秘書の思い付きに会長は首を振った。


「それはダメだ。大人の中に混じった天才少年は、嫉妬深い相手DFにフィジカルで潰されてしまう構図がありありと想像出来てしまう。そんな単純で残酷な図式をフットボールファンは見たがらない。ましてやウチの下部組織で活躍出来るほどの才能を持った少年ならば、尚更大事に育てねばならぬだろう?」


 バルベルデ会長はそこで初めてニヤリと笑みをこぼした。それは持てる者特有の自然で尊大な笑みだった。

 下部組織の少年ならばそのキャリアを考え大事に育てていかなければならない。それに対し外部の者……例えばフットボールとはほとんど縁のなかったであろう遠い日本の25歳の格闘家ならば、どんなに無様なピエロになったとしても構わない。批判が殺到し即退団となり今後の彼のキャリアがどうなろうとも、一瞬でも話題となれば儲けもの……そんな意図が透けて見えるようだった。


「……ふ、まあ格闘家ならそんなことにはならないでしょうね」


 秘書の青年もそれを理解し、皮肉な笑みを返す。


「当然ヤツの獲得にはマーケットの開拓という意味もある。日本は近年大きな市場になりつつあるが、当然のことながら我がバッカスに所属した日本人はまだいない。それが突然の加入ともなれば話題性も大きく、ユニフォームやグッズも大いに売れることは間違いないだろう。それに、ヤツはアメリカの格闘技団体でチャンピオンになったということだ。ヤツの人気は日本よりもアメリカでの方が大きいのだろう? アメリカは未だフットボール後進国だ。自分たちの応援してきた格闘技団体のチャンピオンがバッカスに加入したとなれば、流石にフットボール感性の低いアメリカの連中も注目せざるを得ぬだろう?」


「……なるほど。そこまでお考えでしたか。……会長の視野の広さなど私の想像の及ぶ範囲ではありません」


 そう言うと秘書の青年はやれやれと首を振った。


「すべて、仰せのままに物事を進めます」


 そう言って彼は会長室を後にしたのであった。



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