22話 ペイマール③

(クソ、なんだコイツ! ……いやいや、熱くなっちゃダメだ。それにヤツの言う通りだ……)


 ペイマールがなぜあそこまで執拗に挑発してくるのかその意図はわからなかったが、まあともかく俺は自制しなければならなかった。

 ……まあホントのホントを言えばそうでもないような気もする。

 別にヤツと大揉めに揉めても先に仕掛けてきたのは明らかに向こうの方だし、万が一それで俺がチームを追い出されるようなことになったとしても、それならそれで俺のサッカー生活はそこまでだったという運命だったのかもしれない。


(ま、最悪アイツくらいは5秒あれば締め落とせるからなぁ……)


 俺はヤツの身体を見てそう判断した。

 ペイマールはもちろんサッカー界のトップオブトップの選手だ。身体能力も運動神経も一流だろう。……だが体格は違う。ヤツは175センチ、68キロくらいの体格だろうか。本気の殴り合いになれば俺がテイクダウンを取ってバックチョークを取るまで3秒もかからないだろう。


 俺は脳内でヤツを一瞬で落とすと、ニコリと現実のヤツに向かって微笑んだ。

 もちろん本当にそれを実行するつもりはない。ただ万が一になれば自分の方が100倍強いということを確認しておくだけで、精神的には余裕を持てるものだ。多少格闘技をかじっておいて良かったな……と、こういう時は思える。


「な、なんだよ……」


 あからさまな挑発に対する俺の返答が微笑みだったことに、流石のペイマールも少し不気味に感じたのだろう。その声音はずいぶん上ずったものだった。


「ナイスゴール、流石だな」


 俺はヤツの肩に手を置き先ほどのゴールに対する賞賛を送った。

 




 ミニゲームは続いていた。

 別に練習内のミニゲームだから点数を競っているわけではなくて、まさにスパーリングという例えがピッタリ来る。真剣にやってはいるが全力でパンチを振り抜くというよりも、それぞれの形を確認することを念頭に置いて動いている……という感じだろうか。

 それにしてもゲームのレベルは高かった。鳥かごやパス回しよりも実際のゲームに近いぶん、さらにプレーの選択肢は増える。その中でどの選手も本当に周囲の状況が見えているし、その中で最適な判断をしていた。


(ってか、あれだよな……この前のプレシーズンマッチよりも断然レベルが高いよな。って、そりゃあそうか!)


 この前の2部チームとの練習試合を俺は思い出していた。

 ここバッカスは世界最高のチームなのだ。レベルの低いチームの真剣勝負よりも、バッカスの日常的な練習を放送した方が喜ぶサッカーファンは多いのではないだろうか? ふとそんなことを思った。




 ボールはこちらチームが保持していた。

 左サイドに開いたクリス・ポナプドがボールを持つと、ゴール前に向かってカットインした。

 

(この辺だろ!)


 ただ何となく俺は閃いた。理屈はない。中に切れ込んだクリポナが必ずファーサイドにシュートを打つような気がしたのだ。

 そう思った1秒後にクリポナは実際にファーサイドにシュートを打った。GKのドイツ代表ノイマンが長い手足を生かし見事セーブしたが、ボールはちょうど俺の前に転がって来た。

 俺はGKに当てないことだけを意識して右足でゴール上にちょこんとゴールに蹴り込んだ。


(へへ、やっぱり俺は持ってるよな!)


 それはそうだ。強運を持っていなければWFCチャンピオンになどなれなかっただろう。そして、いきなり世界最高峰のサッカーチームであるバッカスでプレーすることなど叶わなかったはずだ。




「……あんま調子乗るんじゃねえぞ、ヘタクソがよ……」


 俺のラッキーゴールに対するチームメイトの祝福の声がゲーム再開で途切れると、耳元でそう囁かれた。

 振り向くまでもなくその声がペイマールのものだというほどには、コイツとの会話にも慣れてしまった。不本意ながらではあるが。


 ボールは相手チームに渡りペイマールにパスが通った。

 かなり低い位置、敵チームエンドラインに近い左サイドだった。こちらにとっては最前線だ。

 当然俺はヤツからボールを奪うべくプレッシャーを掛けに行く。俺が今チームに最も貢献できるのは前線からの守備しかないのだ。


「おら、来いよ!」


 ペイマールは再び俺を挑発し、クイクイと手招きしてボールをわざと俺に晒した。

 別に挑発に乗るつもりはないが守備はきちんとしなければならない。俺は最短距離でボールにアプローチした。

 だが短い距離のダッシュではやはりペイマールの方に分があるようだ。先に触れる!……と思って飛び込んだ俺よりも一瞬早くヤツがボールに触り俺の股を再び通して来た。


(させるか!)


 だがそうしてくることは俺にも予想済みだった。股を通された瞬間俺は急反転し、ヤツに食らいついていった。


 ピピー!


 コーチの笛が鳴りプレーが止まった。

 気付くと2メートルほど向こうでペイマールがグラウンドに寝転んでいた。

 ……どうやら俺は夢中になってディフェンスするあまり、ボールよりもヤツに向かって突っ込んでいってしまったらしい。これはどう見ても反則だ。俺が悪い。


「……テメェ、何しやがるこのカス! ……テメェみてえな木偶でくの坊はとっとと荷物まとめて日本に帰れよ! やる気のない無能よりもやる気のある無能の方がタチが悪いもんだぜ!」


 まさか俺からタックルを受けるとは思ってもみなかったのだろう。起き上がったペイマールは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに例の調子で俺を罵倒し始めた。


 いやどう見ても今のは俺が悪い。きちんと謝ろう!

 そう思い彼に手を貸して起こそうと近付いた際に俺の口から出たのは、俺自身が思ってもみない言葉だった。


「何だよ、練習からマリーシアかい? 世界で一番有名なダイブが間近で見れて光栄だぜ、このイカサマ野郎!」




※マリーシア……ポルトガル語で「ずる賢い」の意味。反則にならないギリギリのプレーや、スポーツマンシップに反するプレーを指すことが多い。


※ダイブ……ファールを受けてもいないのに飛び転んで、大袈裟にファールを受けたとアピールする様子。ペイマールは世界的名選手だが、ダイブが多いと批判されることでも有名だ。



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