21話 ペイマール②
「よし、1回給水しておけよ。5分後から6対6のミニゲームを行うからな」
レセルビ監督の声で俺はようやく我に返った。
鳥かごの次はシュート練習を幾つか行った。ポストプレーからのシュート、パス交換からトラップしてのシュート、DFを1人付けて1対1で相手をかわしてのシュート……この練習でも「コイツら上手すぎ!」という印象が変わることはなかった。
普段の試合では堅実なプレーをしている選手も、DFとして守備ばかりしているような印象の選手も、皆驚くほど多彩なテクニックとアイデアを持っていた。
そして練習の中でそれを発揮することを何よりも楽しんでいた。
自らのプレーが成功すると声を上げ、見ている周囲の選手もそれを見てはやし立てる。彼らは本当にフットボールをエンジョイするためにこの場に集まっているかのようだった。
「ヘイ、ゲイト! 同じチームだぜ!」
肩を叩いたのはクリス・ポナプドだった。
「……ああ、よろしく頼むよ」
今の所、俺に一番気を遣って接してくれるのはこの男だった。
(ま、ここから良いプレーを見せればいいだけのことだよな!)
彼の笑顔を見ていると俺は気持ちを切り替えることが出来た。
今までのパス練習もシュート練習も、まあ言ってしまえば一つの技術練習でしかない。このチームの中で俺が最も技術が劣っているなんてのは分かり切っていたことだ。
対してこれから行うミニゲームはそれに比べてかなり実際の試合に近い練習だ。
格闘技に例えるなら今までの練習がミット打ちや打込みみたいなもので、ミニゲームはスパーリングだ。技術的に粗があってもスパーリングになると強味を発揮するタイプもいる。
そう、俺は本番に強いタイプだ! この間の試合でもゴールという結果を出したしな!
「ゲイト、ゴー、ゴー!」
後ろからクリポナの声が掛かる。言われるまでもく俺は全力でボール追う。
ミニゲームが始まっていた。
まず俺は先日監督に言われた通り守備を意識してプレーすることを心がけた。FWだが守備を重視する……それは大きく矛盾しているようでもあるが、練習を続けるうちに自分の役割や求められているものが少しわかるようになってきた。
守備を意識しろというのなら、DFでプレーさせるのか? と監督の起用に対して俺も疑問を持っていたのだが、依然FWとして起用されているのは理由がある。
FWに求められるディフェンスとDFに求められるディフェンスは質が違うからだ。
前線からの守備は基本的に相手のボールを奪うため、もしくは相手の攻撃を遅らせるためのものだ。それに対してDFに求められる守備はゴールを奪われないためのものだ。後者の方が圧倒的にリスクが高いというのはわかってくれるだろ? 自陣ゴール前の守備でミスをしたら即失点だ。サッカーはあまり点の入らないスポーツだから、その1点が勝敗を分けるという可能性は普通に高い。
もちろん前線からの守備が簡単かと言うと全然そんなことはないのだが、ともかくリスクの面ではこちらの方が低いのは確かなのだ。
「……おい、ヘタクソ」
耳元で急に英語で囁かれて振り向くと、そこにいたのは今日から練習に参加してきたブラジル代表ペイマールだった。そう言えば彼もイングランドのプレミアリーグでプレーしていた経験があったはずだ。その期間で英語を身に付けたのだろう。
何となく練習前の最初の接触から、彼が俺に対して嫌悪感を抱いていることは予想していたことだったので、さして驚きはしなかった。
俺は軽くため息を一つ吐いただけで、彼の言葉を無視してプレーに集中する。
「……お前みたいなモンがここにいることはな、フットボールの神への冒涜なんだよ。皆がお前を受け入れているみたいに勘違いしているかもしれないけどな、ホントはお前のこと邪魔な余計なお荷物だと思ってるからな? わかるか? ああ? ジャポネがよ!」
俺が走った先にも、ペイマールは付いてきて言葉を続けた。
完全に無視するつもりだったが……まあ仕方ない。
「……まあ、そりゃあ俺が決めれることでもないしな。俺の獲得を決めたのはバルベルデ会長だし、こうして練習に参加させてもらえてるのもレセルビ監督の判断だからな。直接俺に言われても困るぜ?」
だがペイマールは俺の言葉には何の反応もしなかった。
相手チームが回していたボールがペイマールにパスされ、彼の足元に収まる。
当然最も近くにいた俺が彼に対するディフェンスに行かなければならない。
ペイマールは顔を上げて、次のパスコースを探しているようだった。俺がディフェンスに来ているのも見えていないのだろうか? さっきまで俺に向かってゴショゴショと耳元で余計なことを言ってきたくせに俺の存在を忘れてしまったのだろうか?
ともかく俺はダッシュし横から彼の保持しているボールに足を伸ばした。
「……バーカ、ヘタクソ!」
だがペイマールは俺のディフェンスを足裏でするりとかわした。俺のことを見ていた様子はなかったが、俺が向かって来ることは完全にわかっていたということだろう。
……まあ、周りのレベルの高さに驚かされるのももう慣れていた。俺はペイマールが俺を認識しているのに気付けなかったが、どこかのタイミングで俺を見てその動きを完全に予測していたということなのだろう。
「はは、どうした新入り! もう一回チャンスをやるよ、ほら来いよ!」
俺をかわしたはずのペイマールは一旦動きを止めて、今度は正面からわざわざ俺に向き合い、おまけにクイクイと手招きして挑発した。
「ペイ! 良いから出せよ!」
その時声を掛けたのはペイマールの(このミニゲーム内での)チームメイトのエッシだった……と後になってクリス・ポナウドが教えてくれた。
だが当のペイマールにその声は届かなかったようで、俺との1対1に集中していた。
ペイマールは挑発してきたが、俺の方では特に意識することもなくもう一度彼の保持するボールにアプローチを仕掛けた。……こっちは最初から全力だ。挑発されたからといって今の実力以上のものが出せるわけでもない。
だが……
ペイマールは再び足裏で軽くボールを転がし、俺の股間をいとも容易く抜いた。
そしてそのままスピードに乗ってドリブルでゴール前に侵入し、右足を振り抜くと簡単にゴールを決めた。
ゴール後のパフォーマンスとして両手を上げてガッツポーズを取ると、笑顔のまま俺の元に近付いてきた。
「おい、ヘタクソ。今のはお前の責任だからな? わかってるんだろ?」
他の誰にも聞こえないような声で、そう囁いた。
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