20話 コイツら上手すぎ……

「ゲイト、今日は全体練習に参加するんだ」


 最初のランニングメニューが終わり、いつものように自分だけ別メニューの練習を行うのだろうと思っていたら、レセルビ監督がそう告げてきた。


「……オーケー、ボス!」


 初得点を決めたプレシーズンマッチ後、練習に合流してから1週間が経っていた。

 最初はランニングメニューに全く付いていけなかった俺だが、今ではなんとか付いていけるようになっていた。もちろん未だその中ではほぼ最下位ではあるが。


 ここ最近は午前中の練習で2時間以上様々な種類のランニングをこなし、午後からはキックやトラップといった基礎的な練習をコーチとマンツーマンで行っていた。その後は夕方までビデオを用いて、こういう局面ではどう動くべきかという基礎的な戦術を学んでいた。

 初めての体験のことばかりにもちろん戸惑いもあったし、頭脳的にも体力的にも大変だったが、同時に新しいことを学んでゆく楽しさをも俺は感じていた。

 久々に感じる学びの楽しさだった。




(よっしゃ、一丁やったろうじゃねえかよ!)


 久々のチーム練習に俺は闘志を燃やしていた。

 わずか1週間という短い期間ではあるが、その中で俺は自らの成長をはっきりと感じられていたからだ。

 走る能力は目に見えて向上していたし、基礎的な技術も間違いなく向上していた。

 最近はボールを触るのが楽しくて仕方ないくらいだ。それからサッカーにおける体力配分というのにも慣れてきた。もちろんこの世界最高峰のチームの中で、すぐに彼らと同等のプレーが出来るとは微塵も思っちゃいないが。

 だけど俺にしか出来ないプレー、俺にしか示せない価値というものもきっと存在するはずだということもわかってきた。それが何かは未だ具体的に掴めてはいない。ともかくこうした練習や試合の中で自分の役割を見つけてゆくしかない。


(俺にとっては練習からずっと真剣勝負だな……)


 もちろん練習は試合で勝つためのものだ。試合で勝てるなら練習などしなくても良い……という考え方も一理ある。

 格闘技でも一流のプロは皆規律されてとても真面目だが、超一流のプロまで行ききると逆に当人任せな部分がある。練習は別にテキトーでも試合で結果だけ出せば良い……とも言えるからだ。そしてそれを地で行ってしまう理不尽なほどの才能を持ったやつがごくたまにいる。

 バッカスの練習の雰囲気にも少しだけ俺は近いものを感じていた。割と穏やかというか、緩いというか、和気藹々と楽しみながらサッカーをしている印象が俺には強かった。

 俺が彼らに追い付く隙があるとすればそこしかない。練習で死力を尽くし、そして最大限のものを吸収するのだ。それを続けてゆくしか彼らとの差を埋める術はない。


「オーケー、5対2の鳥かごから始めよう!」


 監督の声で、それぞれの輪が出来た。






(ふざけんなよ! 何なのコイツら?……上手すぎだろ。気持ちワル!)


 ぜ~ぜ~と肩で息をしながら、輪の外に出るとポンと肩を叩かれた。


「ははは、大丈夫かゲイト? ナイスファイトだ!」


 クリス・ポナプドだった。真っ白い歯が日焼けした端正な顔に映える。


「……ああ、クリス……ここの選手たち上手すぎじゃねえか? いや、キミやエッシが世界最高のプレーヤーだってことくらいは俺だって知っていたさ。だけど他の選手たち……20歳以下の明らかな若手も、DFの選手だって君らにも全然引けを取らないくらい上手いじゃないかよ! なんならGKのデルサールもノイマンもフィールドプレーヤーに引けを取らないくらい上手いし!」


 今やっていた5対2の鳥かごとは簡単なボール回しの練習だ。多分本格的な練習でさえなくて遊び半分のウォーミングアップみたいなものだ。

 5人が輪になってパスを回す。2人が中に入って鬼となりパスを妨害する。中の鬼にボールを触られたらミス。ミスした人間とボールに触った鬼が中と外で交代してパス回しを続けてゆく……という単純なものだ。恐らくサッカーを始めたばかりの子供たちも行っているような初歩的なメニューだろう。


 だが中に入ってみると、そのスピード、正確さ、それに中の鬼を騙すフェイントの多さに俺は全く付いていけなかった。もちろん皆途中からは俺の様子を見て笑い、手加減してくれたのだが……。

 それにしても驚いたのは、そこまでボールを扱うのが上手い印象のなかったDFの選手たちが、エッシやクリポナに引けを取らないほど多彩なテクニックを持っていることだった。

 彼らにさえも俺は完全に遊ばれ、100万回パスで股を通された……くらいの印象だ。


「はは、まあパスを回すってのはフットボールの一番の基本だからな。それに今はDFをしている選手たちも元々は攻撃の選手が多いはずだ。彼らもずっと地元じゃ最高の10番や9番だったに違いないさ。けど自陣DFラインでのミスは即失点になるからな、試合ではテクニックを見せるよりもリスクマネジメントが求められるだろ?」


「ああ……なるほど。少し分かったよ」


 話を聞いて俺は何となくイメージ出来た。そういえばコーチも同様のことを言っていた。

 パスの重要性についてだ。「パスこそがフットボールの全てだ」とまでコーチは言っていた。ボールを蹴る、止める。そして自分がパスを受けるためにスペースを探してそこに走る。極論すればフットボールとはそれだけのスポーツなのだ……と言っていた。

 そしてDFも高いテクニックを持っているという点だ。要はこのチームはオールスター中のオールスターということなのだろう。10番というのはゲームメイカーやラストパスを出す人で、9番はエースストライカーというイメージだ。DFの彼らも元々はそうしたポジションでチームの王様として活躍してきたのだろう。


 だがレベルが上がるにつれて

→自分よりもっと高いテクニックを持った選手がいるという壁にぶち当たる

→それでも選手として生き残ってゆくにはどうするか?

→守備能力を身に付けてポジションを下げるしかない!


 という選択をしてDFとなりトップレベルまで辿り着いた選手が多い……ということなのだろう。

 もちろん初めからDFだった選手もいるだろうが、どちらにしてもDFの選手もボールを扱う基本的なテクニックが高い方が良いに決まっている。DF(ディフェンダー)というとディフェンス、つまり守備だけできれば良い……というようなイメージをしていたが、俺もチームに合流して1週間も経つとそんな単純ではないことがわかってきた。

 実際にはDFでも攻撃参加することもあるし、FWでも守備をすることもある。監督が俺にまずは守備を身に付けろ……といったのも恐らくそういうことだろう。

 

「最近はGKの役割も大きくなっているからな。ときにはペナルティエリアを飛び出してディフェンスしたり、パス回しに参加することも要求される。『GKだから手だけ使えれば良いんだろ!』なんてのは時代遅れも良いとこだろうな。ま、俺が今の時代のGKじゃなくて良かったよ、ははは!」


 クリポナはさらに笑いながら説明してくれた。

 どうやら俺のサッカー観はすこし古い時代のものだったようだ。まあこの15分ほどの練習でかなり一気に更新されたがな……。




 ええぃ! 伸び代ですねぇ! (ヤケクソ)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る