19話 ペイマール①

「よう、ゲイト。やっぱりスゴイ身体だな!」


 午前中の全体練習が終わってシャワーを浴びるため着替えていると、すでにシャワーを終えたクリス・ポナプドが俺に声を掛けてきた。


「ああ、ありがとう。……いや、アナタの方が凄い身体だと思うけどね」


 俺は彼の裸を見て、自分の身体と比べてみた。

 俺は身長183センチ。MMAの時は通常体重85キロほどだった。日本でのバカンスで少し太り90キロを超えていたが、今はだいぶ元の体重に戻ってきている。最近は走る練習ばかりをしているせいだろう。

 ただ言っとくが総合格闘家の90キロというのは、一般人のイメージする脂肪の乗った肥満の90キロとは程遠い。90キロでも腹筋は割れている。どうしても組技のあるMMA選手は全体の筋肉量が増えてしまうのだ。子供の頃は痩せているのがコンプレックスだった俺も、いつの間にかかなり筋肉が付いていた。この身体を試合時のライト級リミット約71キロに減量するのがいかに過酷なことか……一般人にはなかなか想像し難いものだと思う。


「はは、まあ俺も結構良い身体だとは思うけどね。でもゲイトの身体に俺は憧れるよ、本当の強者の身体って感じがしてね!」


 クリポナは世界的な下着メーカーのモデルなどもしている。腹筋もバッキバキの6パックだし、マッチョなイケメンの代名詞だろう。練習後のウエイトトレーニングを毎日欠かさないというのは有名な話だし、間近で接しているとそのストイックさは疑う余地がない。恐らくこうして一度シャワーを浴びても、また午後にはトレーニングを行うのだろう。

 だが、周りを見渡すとクリポナほどマッチョなサッカー選手というのは実は少ない。

 流石に腹に脂肪が乗ったような選手はいないが、ウエイトトレーニングをして身体を作っている選手はざっと見たところ半分ほどだろうか? クリポナのライバルとも目されるレアンドロ・エッシは反対に一切ウエイトトレーニングをしないそうだ。もちろんそれも一つの考え方だ。サッカーに必要な筋肉はサッカーで身に付く。野球に必要な筋肉は野球の練習でつく。その競技に必要な筋肉はその競技の練習で身に付くもので、余計な筋肉を付けることはマイナスにしかならない……という考え方もある。

 超一流クラブであるバッカスの選手たちでさえバラバラなのだから、この辺りはそれぞれの選手の個性や考え方が許容されるのだろう。

 

「まあゲイトにはゲイトの良さがあるんだからな、それを生かせば良いさ」


「そうだね……サンキュー」


 どちらにしても俺はまだサッカー選手の身体にはなっていない。自分ではそう強く思っていたので、この時はクリポナのこの言葉も単に慰めとしてしか受け止めていなかった。






「帰国が遅れていたペイマールが今日から練習に合流する。シーズン開幕までもう2週間もないからな。皆わかっていると思うが気を引き締めていけよ」


 次の日の練習開始前、1人のブラジル人をレセルビ監督は紹介した。

 もちろんサッカーに特別詳しくない俺だって知っている。ブラジル代表の10番を背負うペイマールだ。


「ハロハロ~、みんな久しぶりだな! 俺がいなくって寂しかっただろうけど、もう大丈夫だぜ? 今年もサクッとリーガもコパもマスターリーグも全部優勝して、みんなで美味い酒飲もうな!」


 ペイマールは実に軽い調子で自信たっぷりに、チームメイトを見渡して言った。


「帰ってくるのがおせーよ!」「どうせリオのカーニバルで遊び惚けてたんだろ?」


 チームメイトは実に親し気にペイマールを取り囲むと、背中を叩いたりハグをしたりしていた。


「ち、ちげーよ! ちょっと地元で小さいケガしちまってな……それでちょっとばかし出遅れただけだっての!」


 たしかペイマールは俺と同い年くらいだったはずだ。

 いかにもニヤケ面のおチャラけた青年に見えるが、言うまでもなくその実力は本物だ。サッカー王国のブラジル代表セレソンで10番を背負う選手が本物でないわけがない。レアンドロ・エッシとクリス・ポナプドという、この時代の象徴とも言える2人がいなかったら何度もバロンドールを受賞していただろう……とも言われている。

 特にそのドリブル技術や一瞬のスピード、ゴール前での意外性あふれる閃きはセンス抜群だ。




「ああ……お前が例の新入りか?」


 1人1人チームメイトに挨拶を返していたペイマールが、俺に目を留めた。


「日本から来た鷹輪ゲイトだ! よろしく、ペイマール! あなたのことはサッカーを知らない俺でも……」

「ったくよぉ、あの爺さんの気まぐれもいい加減にして欲しいもんだぜ、なあ! 振り回されるのはいっつも現場の俺たちだっての!」


 ペイマールは俺との握手を自然な形で拒否し聞こえよがしにそう言うと、口笛を吹きながらグラウンドに転がっているボールに向かってゆき、ポケットに手を突っ込んだままリフティングを始めた。


(……ち! だがまあ、その通りだわな……)


 他のチームメイトたちは真面目に練習している俺を認めてくれ始めている……という実感があっただけに、ペイマールのこの態度には俺も腹が立った。

 俺だって男だ。というかMMAという世界一野蛮なスポーツのチャンピオンだぞ? 俺のテストステロンをなめんなよ! ……と一瞬頭が沸騰しかけたが、まあどう考えてもヤツの言うことが正論だ。まともなプロ選手だったら自分のチームに素人が参加するなんていう暴挙を許容出来るわけがない。それも「半分の試合には出場する」などという制約がバルベルデ会長の口から公言されてしまっているのだ。


(……まあ良い。練習で認めてもらうしかないだろ……)


 俺はすぐに気持ちを切り替えた。

 誰かに認めてもらうには実直な努力を見てもらうしかないのだ。



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