17話 ロッカールーム②
「オーケー、お疲れ様だ、みんな」
ロッカールームに入って来たレセルビ監督はいつも通りの表情だった。5-0で勝利した試合後とは思えないほどフラットなテンションだ。
「まずは良かった点からだ。前半の早い時間で2点を決めて相手の戦意を喪失させることが出来た。試合開始直後からきちんとスイッチを入れて、相手よりも先に仕掛けられたことがそのままこの試合の勝利を招いたと言えるだろう。……だがその後の攻撃は凡庸だったな。結果的に追加点を3点奪ったとはいえ外した決定機も多い。相手が2部のチームでなかったら、試合はもっと競ったものになっていただろう」
レセルビ監督はそこで言葉を一旦切り、選手の顔を見渡した。
(おや、これは……まあ、選手たちも海千山千の怪物たちといったところか?)
勝ったにも関わらず、手放しの賞賛でなく苦言に近い監督の言葉に選手たちは畏まっているかと思いきや、どの選手の表情も不敵なものであった。中にはニヤケそうになるのを必死で抑えている選手もいた。
むろん監督もそれに気付いていないことはないだろうが、言葉を続けた。
「良いか? これがプレシーズンマッチだったから……という言い訳は通用しないぞ。相手にとってもまたシーズン前の試合だ。コンディションが出来ていないのは相手も同条件だ」
「ヘイ、ボス。でもな、俺たちだって急に素人が入って来るなんて聞いてないぞ?」
監督にそう言ったのは、さっきまで俺に親し気に話していたクリス・ポナプドその人だった。
彼に素人と呼ばれたことに俺はドキリとする。
「……監督のワシだって聞いていないさ。ボールは丸いんだ。どんなトラブルもピッチの上では起きる。そして想定外のことが起きるからフットボールは人々を魅了するのだ。どんな突発的なトラブルにも対処できるようになれ。お前たちはバッカスの一員だ。世界最高の選手たちだ。お前たちならそれが出来るだろう?」
「いや、いくら想定外ったってな……。つーかまあ、今日はテストマッチだったからゲイトを使ったんだろ? シーズンが始まったらゲイトはずっとベンチだよな?」
「なんだ、クリス。知らなかったのか? バルベルデ会長はゲイトを『半分以上の試合で起用する!』と言っていたぞ?」
レセルビ監督はそこで初めてニヤリと笑みを見せた。
「マジかよ、あの狸オヤジ! ふざけんなよ……」
「忘れるな諸君! キミたちはバルベルデ会長の下、巨額の資金を投入して集められた。単に強いサッカークラブとして結果を追い求めるというだけならば、ここまで各ポジションにスター選手を置く必要はハッキリ言ってなかっただろう。なぜこんなドリームチームが出来上がったのかというと……それは正直言って会長の道楽という意味合いが強い。ただただ『全ポジションに最高の選手を揃えてみたい』という無邪気な遊びの感覚に近いだろう。会長の子供のような思い付きがたまたま上手くいき、こうしてバッカスは最強クラブとしてマスターリーグ6連覇という結果にまで至ったわけだ。不満もあろうが会長がこのバッカスを作ったというのは事実だ。だからつまりな……これからも会長の理不尽な要求は出てくるかもしれず、ワシもキミたちも時にはそれを甘んじて受け入れねばならない、ということだ」
監督のこの言葉にも選手たちは特に動揺する様子を見せない。どこか余裕を持って聞いているように見える。
「ともかくだ、ここからコンディションを上げてシーズン開幕に備えるぞ! 一日一日の練習を大事にしろ!」
それだけ言うと監督はロッカールームを後にした。
「悪かったな、ゲイト。素人なんて言って」
ユニフォームから移動用のジャージに着替えロッカールームを出ると、後ろからポナプドが声を掛けてきた。
「ああ……大丈夫だよ。全然気にしてないさ。というか何も間違っちゃいないさ」
俺はややオーバーな身振りを示して、彼にアピールした。
「ウソだな。日本人はもっと自分の感情を正直に出した方が良いと思う。……だがな、あの時俺が言わなければ他の誰かが同じことを絶対言っていたと思う。あるいはもっとヒドイことを言っていたかもしれん。だから俺が口火を切った。わかるか?」
「……なるほど。理解したよ」
ポナプドが俺を軽く槍玉に上げることで、選手間に広がるであろう俺への不満を小出しにした、ということだろう。……コイツ、イケメンでサッカー上手くて(バロンドール4回受賞)金も唸るほど持ってて(世界スポーツ選手長者番付でも上位常連)、さらに性格まで良いのかよ。いい加減にしろ、チートキャラがよ!
「それに、俺も嘘の気持ちを言ったつもりはないぜ、ゲイト。個人的には俺はお前のことが好きだし、MMA選手ゲイトのファンでもある。……けどここに来て一緒にフットボールをやるとなってくれば話は変わってくる。俺たちは皆プロだ。勝利を得るために言いたいことは言わせてもらう。……まあ、お前にはお前の立場がある。いずれにしろお前が気に病むことはないさ、常に堂々としていろ」
「ああ……サンキュー。ポナプド! これから楽しくなりそうだよ!」
「そいつは良かった。フットボールの本質は楽しむことだからな。俺たちが最高に楽しんでなきゃ、観客も楽しくないだろ?」
ポナプドと再び握手をして、俺もまた帰路に就いた。
まあ前途は多難に決まっているが、ともかく今日の俺は試合に初出場し、そして得点したのだ!
最高のスタートというしかないだろ? なあ!
(つづく)
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