16話 ロッカールーム①

「「「「ウオォォォォ~~~!!!!」」」


 静寂が破られスタジアムには歓声が轟いた。それによって止まっていた俺の時間が再び動き出した。


 チームメイトたちが俺に寄ってきて、肩を抱き背中を叩いてくれた。

 エッシ、ポナプド、ハイリッチ……もし俺が生粋のサッカーオタクだったなら、これだけの世界的スターに囲まれて感動のあまり気絶していたのではないだろうか?

 まあこれは2部チーム相手のプレシーズンマッチ、しかもほぼ勝負の決まっていた状況でのゴールだから、彼らの祝福も感情が爆発したというよりは礼儀的な意味合いが強いのだろうが。

 だけどこのゴールで彼らの俺を見る目が少し変わったことは間違いない。少なくとも「ただ話題作りのためにやりたくもないフットボールをプレーさせられている哀れな元格闘家のピエロ」ではなくなったはずだ。

 ……別に彼らが俺をそう見ていたかはわからないけども……




「ゲイト~!!」「ナイス、ゲイト!!」「サムライ~!!」


(……観客席って意外と近いんだな……)


 チームメイトの祝福の次に聞こえてきたのはサポーターからの声援だ。アウェイスタジアムとはいえ、ここは同じカタロニア州であり半数以上がバッカスのサポーターだ。観客席には様々な顔が見えた。大人も子供も老人も、男も女も、白人も黒人もいた。

 俺は両手を高く挙げて客席に向けてアピールしてみる。


「「「ゲイト~!!!」」」


 再び歓声が上がり、太鼓や鳴り物が鳴る。


(……これが、サポーターってやつか!)


 今まで味わったことのない体験に俺は高揚していた。

 今日のスタジアムの入場者数は2万5千人以上だと聞かされていた。もちろん俺はWFCでタイトルを獲得したほどの男だ。大舞台には慣れている……………と思っていた。

 しかし、やはりそれとは少し違うようだ。

 まずそもそも規模が違う。格闘技の会場は基本的にここまで大きなものではない。WFCの会場の観客は最大でも1万人ちょっとなのに対し、このスタジアムにはプレシーズンマッチにも関わらず2万5千人が集まっている。


 そして何よりもこの一体感だ。熱狂感と言っても良い。恐らく格闘家の俺を応援しているアメリカの観客と、この場のバッカスサポーターは明確に質が違う。


 WFCのファンというのは多くが単にMMAという競技のファンであり、俺だけを熱狂的に応援してくれるファンというわけではないのだ(もちろん熱狂的に俺を応援して、俺の勝利に涙を流してくれるファンもいたが)。もちろんそれは戦いの場が、日本ではなくアメリカだったということも関係しているだろう。

 それに対して俺のゴールに歓喜したバッカスサポーターは俺が加入する前からバッカスを応援している人たちばかりだ。子供の頃から親に連れられて骨身に刻み込まれたバッカスサポーターも多いだろう。彼らはバッカスの勝利だけを願って本気で声を嗄らしている。

 彼らの歓喜の顔を見ているだけで、そんなことが感じられた。




 ぼんやりとそんなことを考えていると、残りの後半ロスタイムも夢見心地のままふわふわとして終わってしまった。

 試合終了のホイッスルを聞いても、未だ現実感がなかった。


「ヘイ、セニョール……」


 握手を求めてきたのは、試合中俺をマークしていた敵チームのDFだった。俺からボールを奪った時にスペイン語で何か言っていたアイツだ。

 しかし当然俺も握手に応え、肩を抱く。


「*****、****。**********!」


 ポンポンと肩を叩かれ、再び握手を交わすと彼は笑顔を見せてくれた。

「最後はやられたよ、クソ。まあお前も立場が立場だけに色々大変だと思うけど頑張ってくれよ!」とでも言ってくれているような気がした。

 離れ際、俺も彼に親指を立てて応える。

 試合が終われば敵選手だって同じ仲間だ。

 相手がいなければ試合そのものが成り立たない。敵選手も広い意味では仲間……それはサッカーでも格闘技でも何ら変わらない部分だ。




「ナイスゴールだ、ゲイト! おめでとう! ヘタクソだけどまあ頑張ってたからな、最後の1点は神様からの贈り物みたいなものだろうな!」

「そうだな。まあヘタクソだったけどファイトは立派だったぞ!」

「トラップもまともに出来ないヘタクソを試合を出すなよ……とは最初思ってたけど、よく動いてたぞ! まあウチの8歳の息子の方がフットボールは断然上手いけどな!」


 ロッカールームに戻ると何人かの選手に囲まれて祝福の言葉を賜った。

 俺が彼らの言葉をはっきりと聞き分けられたのは、ロッカールームには通訳の春田が傍らにおり、すべて同時通訳してくれたからだ。

 ……うん、春田君さ、《ヘタクソ》は別に正確に通訳しなくても良いんじゃないかな? 相手がどう感じるか多少配慮することも、時には通訳として必要なんじゃないのかい?


「ヘイ、ミスター。ナイスファイト!」


「ああ……ミスターポナプド、サンキュー!」


 一際強い握手をしてきたのは、左FWでプレーしていたポルトガル代表のクリス・ポナプドだ。ちなみにポナプドは英語が出来るので春田を介さず円滑なコミュニケーションが取れる。ポナプドはポルトガル人だが、長らくイングランドでプレーしていたためだ。

 そしてMMAやその他の格闘技ファンであることも有名だ。WFC観戦に現地を訪れたことも何回か報道されていた。彼が俺に親しみを持ってくれているのもそれが要因だろう。


「しかし、流石にゲイトはスゴい身体だな! 間近でMMA選手の身体を見れて光栄だよ!」


 ポナプドが俺を見て目を輝かせていた。


「ああ……いやいや、アナタには敵わないよ、ポナプド……」


 ポナプド自身も筋トレマニアとして有名だ。チーム練習後にも関わらずほぼ毎日ウエイトトレーニングを欠かさないそうだ。彼の身体を見ればそれが噓でないことは一目瞭然だ。

 そして……世界的に有名なイケメンでもある。世界的大企業の広告を幾つもしていることから彼の人気は明らかだ。

 格闘家である俺にとって男の上裸など見飽きたはずだが、彼にそう言われると思わず少し照れてしまう。

 イケメンでマッチョでストイックで……一体幾つ属性持ってるんだよ! せめてサッカー選手としての実力は大したことないんだろ!……と言いたくなってしまうが、当然彼が世界的に人気なのは、本職であるサッカー選手としての実績がずば抜けているからに他ならない。間違いなく世界最高の選手の1人である。

 特に右FWでプレーしていたレアンドロ・エッシとは元々別チームに所属しておりライバルと目されていた。エッシのいるバッカスがリーグ優勝すれば、ポナプドが得点王になる。ポナプドがバロンドールに輝けば、翌年にはエッシが獲る……といった具合である。まさにこの2人がここ10年のサッカー界を作って来た人物なのだ。




「オーケー! お疲れ様だ、みんな!」


 そこに入って来たのはレセルビ監督だ。

 監督の言葉も表情も柔らかいものだったが、和気藹々わきあいあいとしていたロッカールームの雰囲気は一気に引き締まる。


(たかだかプレシーズンマッチ……しかも5-0で勝った試合だぞ?)


 世界的スターばかりの選手たちがレサルビ監督をいかにリスペクトしているか、それだけでも窺える気がした。



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