15話 スター選手たち

 だがその後の10分間ほど、俺はほとんど有効な動きを示せなかった。

 パスも俺に向けたものは出て来なかった。守備面では相変わらず全力でボールを追っていたが、向こうも俺の動きに慣れたのか簡単に早くパスを回し、俺が奪えそうな距離でボールを保持していること自体がなくなっていった。

 チームは俺とは関係なく何度もチャンスを作っていたが、追加点を奪えてはいなかった。


 一度だけ俺の近くにパスが来た。というよりも俺に向かってシュートをしてきたかのような勢いのボールだった。やはり新入りに対する手荒い歓迎なのだろう。




(……やっぱり、アイツがウチのチームのキーマンなんだな……)


 だが徐々にわかってきた。ピッチの外で見ているだけではわからなかった様々な部分が、中に入ってプレーしているととても感じられる。

 特に印象を強くしたのは中盤の真ん中、アンカーと呼ばれるポジションにいるクロアチア代表のハイリッチだ。金髪の長髪をなびかせてピッチを駆け回るハイリッチのことを俺は、実際にピッチに立ってみるまでそこまでキープレイヤーだと思っていなかった。

 バッカスはスター揃いだ。ゴールを奪うFWやドリブルで何人も敵を抜いていくウイング、それから屈強なDFや華麗なセービングを見せるGKにばかり俺は今まで目を奪われていた。

 ハイリッチは170センチ前半代の身長で体格的にも華奢きゃしゃだ。特別脚が速いわけでもなさそうだ。だが敵と対峙しても絶対にボールを奪われない技術がある。そしてバッカスが攻撃に転じる際には必ず彼を経由してボールが回るのだ。

 彼にボールが渡るとリズムが変わる。ピッチの中から見るとまるで生き物のようにバッカスの選手が連動しているのが分かる。速かったパス回しがスローダウンしたり、逆に一気にテンポを上げる。彼を経ることで周囲の動きが活性化するのだ。サイドの選手も、前線の選手も「自分にパスを出せ!」とばかりに走る。

 それはハイリッチからは必ず決定的なパスが出てくるという信頼なのだろう。彼には敵にボールを奪われない技術があり、狙ったスペースに確実にボールを蹴れる技術があり、どう考えても眼が4つあるとしか思えないような視野があった。


(……そういえば、さっきのパスもアイツからのものだったな)


 俺の体勢やタイミングなど全く無視したダイレクトパスだったので、ヤケクソ気味なのか、あるいは新入りで余所者の俺に対する意地悪なのかと思っていたが、恐らくはそうではなかったのだろう。




「ヘイ!」


 俺は自分の3メートル左前方に出来たスペースを指しながらパスを要求する。

 そして俺が言葉を発する直前、ハイリッチからそのスペースに鋭いパスが送られてきていた。


(なるほどね……)


 少しわかってきた。

 出し手も受け手も準備万端に整えてアイコンタクトで「今からパスを出すよ!」と合図した優しいパスなど通用しない……ということだ。特に俺のプレーする敵陣奥中央というのは四方を相手DFに囲まれたエリアだ。どのDFからも最も警戒されている。

 2部とはいえ相手もプロの選手だ。バレバレのタイミングで送られてきたパスなど簡単にディフェンスできてしまう。


(……おっと)


 ハイリッチからのパスは俺が欲しかったジャストの場所に送られてきた。俺が試合に投入されてから初めてのボールタッチだった。緊張もあったが自分としてはまあまあ良いトラップが出来たと思う。だが……


「**********! *****!」


 俺の足からボールが離れたのはたった40センチくらいだったと思う。その僅かな隙間に相手DFに足を入れられてボールは弾き出された。

 相手DFはボールをクリアすると、俺の顔を見てスペイン語で勝ち誇ったように何か言っていた。


(……クソ、コイツ!)


 間違いなく「お前にだけはやらせねえよ!」という意味のことを言っていたはずだ。

 当然相手にも俺の情報は入っているのだろう。格上のバッカス相手に4-0で負けている試合だとしても、遠く日本から来たフットボーラーでもない素人の俺に好き勝手プレーさせてデカい顔をさせることだけはプライドが絶対に許さない! というのがヒシヒシと伝わって来る。


(……結構燃えるじゃねえかよ、サッカーも!)


 サッカーはチームスポーツだと今まで思っていた。もちろんぬるいスポーツだと思っていたわけではないけれど、格闘技に比べればそこまで戦いという感じではないと思っていた。だがしっかりとサッカーの中にもファイトはある。1対1の戦いがあるとうことだ。

 俺はさらに燃えてきた。




(しかしアイツは上手いな、流石はエッシ……。まさかアイツと一緒にサッカーやる日が来るとはな!)


 試合時間はロスタイムを除き残り5分に迫っていた。

 ボールはバッカスの右FW、アルゼンチン代表のレアンドロ・エッシに渡っていた。言わずと知れた「神の子」エッシである。恐らくサッカーだけでなく世界で一番有名なスポーツ選手だろう。

 エッシも172センチと小柄ながら、抜群のテクニックと勝負強さ、その黄金の左足で数々のゴールを奪いチームに勝利をもたらしてきた英雄である。世界一の選手を決める『バロンドール』というという賞にも何度も輝いている。

 33歳とベテランの域に達し、かつての爆発的なスピードでのドリブル突破は少なくなったものの、ゴール前での落ち着きや技術、仲間を生かすプレーにはさらに磨きがかかり、今が選手としてのピークだとも言われている。……10年前もそう言われていたような気もするが。


(……エッシの得意な形だな……)


 エッシは右サイドでボールを持って仕掛けるのが得意だった。縦にドリブル突破して切り込むことも出来るし、ゴール前にカットインしてミドルシュートというのも得意のゴールパターンだ。

 今もエッシが右サイド、ペナルティエリアの角あたりでボールを保持していた。実にリラックスして悠然と周囲を見て、どう料理してやろうかと舌なめずりしているかのようだった。


(来る!?)


 エッシは左足アウトサイドで少しだけボールを内側に戻しキックモーションに入った。

 それを見て逆サイドのFWポナウドがゴール前に飛び込んできていた。ポナプドだけでなくMFの選手も2、3人ゴール前に飛び込んできている。

 だが誰もがクロスを上げる……と思った瞬間、エッシは切り返して縦にドリブルして対峙するDFをかわした。カバーに来る次のDFも対応は後手になっていた。2秒後にはエッシは易々とサイドをえぐり、ゴールまで7~8メートルの所まで侵入していた。


 相手DFももちろんわかっていたはずだ。エッシが世界最高の選手であり、ここが彼の得意な位置であり、最大限警戒しなければならないことを……。対峙するDFが1人ではドリブルで突破される可能性が高く、それに備えて別のDFがカバーに入らなければならないこともわかっていたはずだ。

 だがわかっていても止められないことが、彼が世界最高の選手である証拠だ。


(どうする!?)


 万が一、エッシからパスが来るのではないか……と思いながら俺もゴール前に走っていた。

 エッシはドリブルでゴールまで迫ったが角度はほとんどない。それにエッシは左利きだ。右足でも蹴れないことはないが、ほとんど左足でしかプレーしない。

 ボールはドリブルするエッシの右側に置かれていたから、右足でシュートを打つのか? あるいは中にいる味方にラストパスを送るのか……そう思った瞬間エッシは再び小さく切り返した。

 そして周囲が切り返したと思った瞬間には左足でシュートを放っていた。普通の選手とは切り返しのスピードが違う。


 だが、シュートはゴール前に戻っていたDFの脚に防がれた。意識してシュートを止めたというよりも、偶然ボールが当たったという形容が相応しい守備だった。




 そして……


 気付くと俺の正面3メートル前にボールがコロコロと転がっていた。

 相手チームの味方も誰もが俺の方を見て驚いた顔をしていた。誰もそこにボールが来ることを予想していなかったのだ。


(何だよ。サッカーゴールって結構大きいじゃねえかよ……)


 俺には不思議なほど冷静に状況が見えた。寄せてくる相手DFもスローモーションに見えたし、GKの位置から計算してどこにシュートを打てばいいのかも小学校でやる算数くらい簡単な問題に思えた。




 足元に寄って来たソイツを俺が右足で蹴ると、実にあっさりとゴール左側に突き刺さった。



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