14話 まずは何が出来る?
(さてと……まずは何をすべきかね?)
センターフォワード、自チームバッカスの真ん中の最前線にポジションを取った俺は周りを見渡し状況を確認した。
ゴングが鳴った瞬間に敵に飛び込んでゆくのは賢い戦い方ではない。まずは相手の様子を観察し、それによって事前に立ててきたプランとの微調整を図る。どのタイミングで攻めてゆくのか、あるいは大幅なプランの修正が必要なのか……そうした判断が速く的確に出来ることが賢いファイターの証だろう。
もちろんサッカーの目的はゴールだ。相手のゴールにボールを入れれば得点となる。俺に与えられたCFM(センターフォワード)というポジションは相手ゴールに最も近い位置だから、普通に考えれば最もそのチャンスが多いだろう。
だが相手ゴールの前で味方からパスが送られてくるのを待っているだけではダメなはずだ。俺にもそれくらいのことはわかっていた。俺はさっきまで俺のポジションを努めていたズアレズの動きに特に注目して試合を見ていた。
ヤツの動きは複雑だった。基本的には最前線にポジションを取る時間が長かったが、時には中盤にまで下がってきたり、サイドに流れたり。敵陣でダラダラ歩いているかと思ったら、全速力で自陣のゴール前まで戻って守備をしたり……。そして約70分のプレーで1ゴール、2アシストという見事な結果を残していた。
「ヘイ!」
バッカスのMFハイリッチが中盤でボールを保持していた時、約15メートル前方にいる俺と目が合った。その瞬間俺は夢中で手を挙げパスをくれ! と要求していた。
だがパスは出て来なかった。まあ俺にパスを出してもチャンスになる可能性は低いと考えられたのだろう。言うまでもなくそれは俺が信用するに足らないからだ。彼らも味方とはいえプロだ。俺にパスして、俺がミスり、簡単に敵にボールを渡してしまっては当然ダメだ。何ならパスを出した側として責任を問われる……と考えているのかもしれない。
(クソ……だが、まあ良いのか?)
まずは一回どんな形でも良いのでボールに触っておきたかった。だけどパスを貰ってもミスして簡単に相手にボールを渡してしまうくらいなら、まだボールには触らない方が良いのだろうか? その方がチームのためになるのだろうか?
今まではリングに上がってしまえば戦うのは自分1人だった。だから究極的には自分のエゴを貫き通すことが出来た。だがサッカーは違う。11人で1つのチームなのだ。味方の意図が俺にはまだ全然理解出来ていない。
(ええい、ビビるな!)
だがまあ今は俺にとって最初の試合だ。まずは存分に自分のやりたいようにやるべきだろう。ミスが出るのは当然だ。とにかくガムシャラに動き続けるしかないだろう。残り時間もあと20分ちょいしかないのだ。
次の試合以降修正して改善してゆくためには、とにかく今積極的にプレーして課題を明確にするしかないのだ。
(よっしゃ、追うぞ!)
ボールは相手チームに渡り、DF陣でのパス回しが続いていた。
相手チームは試合開始直後と比べると全体的に動きがかなり落ちていた。4-0で負けており相手は世界最強クラブの我がバッカス。2部リーグでプレーする格下チームではやはり勝ち目がない……という諦めを言外に語っているかのような動きの落ち方だった。
DF陣でのパス回しも攻撃の機会を窺うという積極的な意志をあまり感じられない……何となくのパス回しに見えた。
俺が貢献することが出来るとすればまずは守備に於いてだろう。ボールを扱う技術が劣っていても、味方との連携の方法が分からなくとも、全力で走って相手ボールをもぎ取れる可能性は多少ある。ともかく俺に今出来ることはそれくらいしかない。
「……チッ、クソ!」
一瞬追い付けそうな間合いに入ったが、相手DFのフェイント一つであっさりとかわされ、ボールは逆サイドにパスされた。
掴みかけたチャンスが遠のいて一瞬失望しかけたが、俺に失望している暇などない。とにかく今はボールを追うことくらいしかやることがないのだ。
すぐさま俺は反転して再びダッシュした。
俺の走る能力がトップレベルのサッカー選手と比べてどの程度のものなのかはよくわからない。
俺は自分の身体能力全般に自信があった。高校生の頃は100メートルで11秒台を出したこともある。ただMMA選手はサッカー選手ほど走ることに重きを置いて練習してきたわけではない。俺も高校時代よりも10キロ近く体重が増えている。(もちろん筋肉による増量だ。運動不足で脂肪を溜め込んでいる読者諸賢とは違うのだ!)
だが俺とてトップアスリートだ。長い距離や長時間走り続けることは本職のサッカー選手には敵わないかもしれないが、30秒や1分といった短時間フルパワーで動き続けるのはむしろ俺たち格闘家の本領だろう。
「……チッ」
俺が再度全力でダッシュしてくることは相手DFにも想定外だったのだろう。前方への有効なパスを諦め、再び消極的な横パスが展開された。
そして明らかに俺が追ってくるのを嫌がっていた。言葉がわからない分だけ、表情や仕草から相手の感情を読み取ることが俺は得意になりつつあった。
「ナ~イス、ゲイト!」
味方の左FWでプレーするポルトガル代表クリス・ポナプドから声が掛かる。
彼は俺の動きの意図を察したのか、俺とタイミングを合わせて相手のパスコースを切ってくれていた。
サッカーのピッチは広い。縦に100メートル以上、横は60メートル以上。流石に俺1人ではどれだけ全力を尽くしても有効な守備にはならなかっただろう。
少なくとも第一段階として、俺にきちんとフットボーラーとしてのモチベーションがあることくらいは示せただろうか。
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