13話 いきなりのデビュー!

「ヘイ、ゲイト! そろそろ行くぞ?」


「オーケー、オーケー」


 レセルビ監督の「そろそろ行くぞ?」という言葉はスペイン語だったので正確には理解出来なかったが、ニュアンスと状況で俺の出場が間もなくだということを伝えてきているのはすぐにわかった。




 ここはバッカスの本拠地からバスで2時間ほど。同じカタロニア州のスペイン2部リーグに所属するチームのスタジアムである。

 本格的なシーズン開幕前、プレシーズンマッチにいきなり俺は出場することになったのである。チームに合流してまだ2回ほどしか練習に参加していないにも関わらずである。




「良いか、ゲイト? 後半も残り20分、チームは4-0で勝っている。特に気負う必要は無い。今の調子でいけば1人退場になってもバッカスの無失点勝利は揺るがないくらいだ。まずはとにかく試合に少しでも慣れることだ。なぜ練習もほとんど出来ていない中で急にゲイトを試合に出すか、わかるか?」


「……『半分の試合には出場させる』という会長から課せられたノルマを少しでも消化しておくためですか?」


「ははは! まあ、正直言ってそれもある。会長の機嫌を損ねると色々と面倒くさいからな! それに異色の存在であるゲイトを獲得したのは単なる話題作りのパフォーマンスではなく、こうして実際に試合に出すんだぞ! という対外的アピールの意味もある。……だがワシとしてはな、何よりもまずキミが試合で何が出来るかを見極めたいんだよ。練習ではどんなに上手くとも、試合になると萎縮して普段のパフォーマンスを出せない選手というのはプロでも意外と多いものだ。……そして練習はあくまで試合のために行うものだということだ。試合の感覚を知ることによって初めて練習の意味を理解出来るようになるものなのだよ」


「なるほど、オーケー……まあ俺は本番には強いタイプなんでね。大船に乗ったつもりで観ていて下さいよ!」


 俺は自分の胸をドンと叩いてアピールした。


「よし、ズアレズとの交代だからポジションはセンターFWだ。ゲイトには特に細かい注文はしない、好きにやって来い。……一応確認しておくが反則はするなよ? 相手を蹴ったり殴ったり、投げ飛ばしてもダメだぞ? オフサイドはわかるか?」


「大丈夫ですって! 子供じゃないんだから……。俺だってね昔からワールドカップの日本戦は見てきたし、アメリカではジムメイトたちとプレステでサッカーゲームもよくやってたりしたんですから!」


 ……まあ3日前チームの初練習でボールを蹴ったのは、高校の授業以来だったからおよそ7~8年ぶりというわけだったが。


「よし、頼もしいな。じゃあ次ボールが出たら交代だ」


 何が頼もしいのかは全く分からなかったが、レセルビ監督は笑顔で俺の背中を叩いて送り出してくれた。

 俺はウォーミングアップのために着用していたビブスを脱いでユニフォーム姿になり、タッチライン際でスタンバイする。今ピッチ内にあるボールが何らかの仕方でピッチ外に出てプレイが途切れると、選手交代は認められることになっている。

 その時俺はいよいよこの世界最高のチーム、バッカスでデビューを果たすのだ。




「……どうですかゲイトさん、緊張してます?」


 ピッチ横でスタンバイしていると通訳の春田が小声で聞いてきた。やはり日本語が聞こえてくると安心する。

 春田は俺より1歳年下の24歳。

 本来はこっちの大学院で教育学を学ぶ留学生で、元々は特にサッカーに詳しいわけでもなかったそうだ。

 だが俺の加入が決まって急遽通訳が必要となり、諸々考慮した結果春田が選ばれた。スペイン語が堪能な日本人であることはもちろんだが、ある程度体力もあり俺と近い年代の人間の方が良いだろうということがその理由だそうだ。

 この前までスペインの大学で教育学を学んでいたと思ったら、突如バッカスの世界的スーパースターと日常的に接すことになったわけで……春田もまた人生が急変した1人だろう。


「正直よくわかんねえな……なんか現実味が無さすぎて。まあデカい試合は今まで幾つも経験してるから特別緊張してるつもりはないんだけどな。でも、WFCのケージの中で1対1で向き合う感覚とはまた違うよな、多分」


「はぁ、そんなもんなんですね」


「つーか、ちょっと不満っちゃあ不満だよな。相手は2部のチームでこれは練習試合、まあスパーリングみたいなもんだろ? しかも4-0で勝ってる状態で投入されるってことは、ホントに俺に期待はされてないんだなってくらいはわかるぜ?」


「……この状況でそんなこと言えるのはゲイトさんだけだと思いますよ……スゴイっすね、マジで」


 春田は新種の奇妙な怪物を見るような目つきで俺を見てきた。


「あ、ボール出ましたね! 交代です!」


 相手チームの打ったミドルシュートがゴールマウスを大きく外れると、主審の笛が吹かれ交代が認められた。






 俺と交代でピッチを後にしたのはセンターFWとしてプレーしていたズアレズだった。

 グイス・ズアレズ。ウルグアイ代表でもあり、昨シーズンはスペインリーグで得点王も獲得したこのチームのエースだ。ただこのチームはどこを見渡してもエースと呼べるような人材ばかりで、時として彼の存在感も霞んでしまうこともあるようだが。

 ピッチ上では稀に気性の荒さを発揮し、悪質な反則行為で何試合もの出場停止になったこともある「悪童」だ。

 ただ練習中の様子を見ていると温厚で、こうして俺にも声を掛けてきてくれるような優しさもある。練習態度も真面目そのものといった感じだ。加入前に抱いていたイメージを最も覆された選手だ。


「おう、新入り! 楽しんで来いよ」


「グラシアス、セニョール!」


 ズアレズは交代でピッチを出る際、俺の肩を叩いて送り出してくれた。俺も同様にそれに応える。

 いよいよ俺のバッカスデビュー、そしてサッカー選手としてのキャリアがここでスタートしたのだ。



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