4話 再会

「はいじゃあ改めて、我らが鷹輪たかのわゲイトのチャンピオン獲得を祝して、乾杯!!!」


 相田が改めて声を張り上げて飲み会が始まった。


 こうして誰かと楽しく酒を飲むことなど何年ぶりだろうか? 本当に久しぶりだ。

日本でもアメリカでも高級な食事をご馳走してもらうことは度々あった。格闘家として名を上げてからは、スポンサーの厚意でそういう席に招かれることもかなり増えた。だがまあそれは半ば仕事みたいなものだ。

 自分を金銭的に支援してくれる大人に対して無礼な態度は取れないし、完全に心を開けるわけでもない。もちろん俺は接待が仕事のサラリーマンではなく格闘家だから、相手に必要以上のゴマをすることが求められているわけではない。

 だが相手の望む『格闘家鷹輪ゲイト』を演じることは時として必要なことだった。スポンサーを相手にして気持ち良く「サポートしたいと思わせる」のもプロ格闘家として必要なことだと俺は悟ったのだ。

 だから、俺が誰にも気を遣わずに酒を酌み交わしたことなど本当に数えるほどだった。寝起きを共にするジム仲間とは毎日一緒に飯を食っていたが、彼らも常に試合のため節制をしていたから一緒に酒を飲んだことなどほとんどなく、こうして誰かの祝勝会のような特別な時だけだった。




「え、ってか相田2人目出来たんだって?」


「おう、そうなんだよ……参ったよな……」


「何で子供が出来て参るんだよ! もっと嬉しそうな顔しろよ、パパ!」


 ひとしきり俺のアメリカでの格闘家としての話を聞き終えると、皆はそれぞれの近況の話を始めた。俺の祝勝会という名目で集まってはいるが、それぞれが久しぶりの再会なのだろう。

 この感じもとても新鮮だった。

 スポンサーに招かれた席では嫌でも俺が主役になってしまう。俺の一言一言に過剰に反応され、大袈裟に頷かれるのが気持ち良かったのはほんの最初の頃だけだった。 結局スポンサーは俺個人というよりも俺の肩書にしか興味がないし、俺の肩書が投資対象になるというだけなのだろう。


「え、ってかゲイトはまだ独身なんだろ? 彼女いないのかよ?」


「バカ、お前な、WFCランカーなんて向こうじゃ大スターだぞ! ハリウッド女優もプレイメイトも俺を見て目の色変えるんだぞ!」


「わかった、わかった。で、彼女はいないんだろ?」


「あえて! あえてな! ファイターとしてはパートナーが出来てあんまり角が取れて丸くなっちまうのも良くないからな!」


 俺の言葉に皆が大いに笑う。俺がアメリカから持ち帰った一種のアメリカンジョークだと思ったのだろう。

 ……むろん一部は嘘で一部は本当だ。

 WFCランカーほどの選手になれば実際のところモテる。エグイくらいモテる。WFCの選手たちのファイトマネーは時に1試合数億円とも言われる。その社会的地位は日本では想像も付かないくらいだ。

 俺だって道を歩けばそれなりの視線を浴びる。恐らくは有名なタレントだかモデルであろう美女からお誘いを受けたことも一度や二度ではない。これは本当だ。

 ただ、俺がファイターとして丸くならないためにあえて彼女を作らなかった……というのは完全なる強がりだ。それなりの年齢に達したファイターのほとんどはワイフなり彼女がいる。

 俺が向こうの美女たちからの誘いに乗らないのをチームメイトたちは不思議がり、二言目には実に邪気のない顔で(そして実際他意はない)「ゲイトはゲイなのか? 名前にゲイが入っているもんな! ハハハ」と笑われたものだ。(……色々とうるさい時代だからあえて補足をしておくが、俺にも彼らにもゲイの人を見下すつもりは微塵もない)

 ……いや、正直なことを言えば最初の頃一、二度は何事も経験だと思いそうした誘いに乗ってみたこともあったのだ。ただそれを踏まえた上で俺は、女性はやはり日本人が良い、という結論に至ったわけだ。もちろんこうしたことを詳細にコイツらに説明する気にはなれないが……。




「ねえ、お兄、飲んでるのぉ?」


 飲み会も1時間も経つと中々乱れてきた。最初は俺のアメリカでの格闘家としての生活に興味を持って神妙に話を聞いていたコイツらも、次第に輪を縮めそれぞれに盛り上がっていた。


「……雫、お前な。二十歳になって酒が飲めるようになったからって、あんま飲み過ぎるなよ? 酒は飲んでも呑まれるな!」


 あからさまに酔っぱらっている妹の雫の様子を見て、俺はため息を一つ吐いた。

 まあ普通の大学生なんてのは飲み会こそが必修科目みたいなもので、こうした様子を見せることの方が健全なのかもしれないが……それでも実の妹のこうした姿を見るのはあまり気持ちの良いものではない。


「あ! 良いのか、お兄? アタシにそんな説教くさい態度を取って? お兄の大好きな真奈美先輩を連れてきてやったんだぞ!」


 雫がえへんと胸を張った後ろには、確かに品川真奈美がいた。


「もぉ、雫ちゃん飲みすぎだって! ほら、ちょっと一回お水飲んでって!」


 雫は真奈美からのグラスを受け取ると一気に飲み干した。


「ふん、真奈美先輩も日和ったもんだね! お酒は飲まないって言うしさ……っちょ、一回トイレ……後は若いモン同士でよろしくやっときな!」


 そう言い捨てると雫は危うい足取りでトイレに向かった。


「あ、久しぶり……元気だった?」


「うん……ゲイト君は? って、元気に決まってるよね?」


 真奈美は口元を隠しながら自分の言ったことで笑った。

 その控え目な仕草に、俺の心がざわざわと騒ぎ立つ。アルコールの精神変容の影響も多少はあるのだろうか?

 他の連中はそれぞれの会話に夢中のようで、俺と真奈美の方には誰も目もくれなない。




 俺は渡米前の真奈美との会話を鮮明に思い出していた。



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