11話 入団会見③
「……正気ですか、バルベルデ会長? 彼はフットボールの経験がないのですよね?」
別の記者の
「おい! いい加減にしろよ! たしかに俺はほとんどフットボールの経験はない。だがそれだけで戦力にならないなんて思うなよ! 俺は何もお飾りやお情けでこのチームに来たつもりはないからな。曲がりなりにも俺はWFCではチャンピオンになっているんだ。必ず有意義な戦力になるからな、少しは黙って見ていてくれよ」
日本に限らずビジネスの世界では、異分野間のヘッドハンティングも盛んだと聞くではないか! それなのに記者どもときたらどいつもこいつも俺が戦力にならないことを前提にベラベラとまくし立てやがって! その様があまりにムカついた。
「そうさ! もちろんコンディションやチーム事情もあるから、具体的にどれくらいと約束するのは難しいが……そうだな、全試合の半分ほどに彼は出場することになるだろう!」
会長の言葉に再び記者からは声が漏れた。
出場機会についてクラブのボスが明言する。……もしこれが本当ならば、ただならぬ事態だということは俺にもすぐ理解出来た。
「ヘイ、ミスターゲイト! あなた自身にもう一度質問したいのだが!」
珍しくスペイン語ではなく英語が聞こえてきて、俺は思わず声のした方を向く。
顔を見るとやはりアメリカ人記者のようだった。
「WFC時代からあなたを追っている者です。ゲイト、あなた自身はこの現状をどう思っているのですか? なぜあなたのような偉大なファイターがフットボールに転身するのですか? しかもあなたはまだ25歳、ファイターとしてのキャリアはこれからでしょう? 馬鹿げた茶番にあなたのような偉大なファイターが利用されているように見えて、私は純粋に辛いですよ」
記者の声はやや悲愴感のこもったものに聞こえた。
もちろんそれは単純に俺が英語に慣れていて、細かいニュアンスも聞き分けられることが出来たからかもしれないが。
「……そうか、アンタは昔から俺のことを追ってくれているのか。そうだな、たしかに俺の次のファイトを待ち望んでいたMMAファンには残念な気持ちをさせてしまったかもしれないな。俺は自分の直感を信じてすぐにこの話に飛びついてしまったから、彼らの気持ちは二の次になってしまったかもしれない。……だがな、昔から俺のことを知ってくれているならば、なおのこと俺のこの新たな舞台での活躍も見ていて欲しいんだ! もちろんフットボールの世界が甘い世界だとは微塵も思っていないよ。だからすぐに俺が活躍できるなどとは思っていない。……けどな、俺がWFCに入りたいと言った時だって誰もがそれを不可能だと言ったさ。『日本人にはムリだろ?』『世界最高峰の舞台だぜ?』……そんな言葉を跳ね返して俺はWFCチャンピオンになったんだぜ? そして俺はまた新たな不可能を覆すためにこの舞台を選んだんだ。まあ見ていてくれよ!」
「……もうMMAの舞台に戻ることはないのかい?」
俺の覚悟が多少は伝わったのだろう。会場の空気はまた静かなものになっていた。先の記者が慎重に尋ねてきた。
「さあな、先のことはわからないさ。もちろん俺が1年でここをリリースされる可能性もあるだろう。そうなってしまえば俺も食い扶持を稼ぐためにMMAの世界に戻らなければならなくなるかもしれないな。ま、俺が1年くらいMMAを離れていれば今のランカーたちにもちょうど良いハンデになるんじゃないかな? ははは!」
俺はバッカス加入に当たって、すでにWFCのベルトを返上していた。試合のオファーが来ても俺には試合をすることが出来ないのだから当然だ。
だが実は格闘技の世界に於いては1年くらい試合をしない選手というのは結構ザラにいる。毎週1試合以上……多い選手だと年に50試合以上に出場する……というサッカー選手の話を聞いた時は驚いたものだ。格闘技では特にレベルが上がれば上がるほど試合の頻度というものは下がる傾向にあって、トップレベルの選手だと1年で多くても3~4試合が限度だ。減量やケガの影響がそれだけ大きいというのもあるし、1試合毎の負担がそれだけ大きいのだ。
だから2~3年試合をしていなくて、もう引退したのか……思われていた選手がひょっこり出場してきてあっさりとチャンピオンベルトを巻くという事態も驚くほど多い。こういったバケモノじみたヤツらばかりがWFCでは君臨しているということだ。才能を持った連中にはどうしても勝てない部分がある……才能というものの残酷さをこれだけ味わう世界もないだろう。
逆にもっと頻繁に試合をして、試合の経験を積めばそれだけ強くなれるのではないか……と思う人も多いかもしれない。たしかに真剣勝負の試合でしか積めない経験というものはある。一般的に言って3試合目の選手よりも30試合経験している選手の方が強いだろう。
だが格闘技というものは相手の壊し合いだ。他のスポーツと違う。残酷だがこの部分を見ずに格闘技は語れない。
脳や関節などにダメージは蓄積してゆき時として不可逆的だ。回復には長期間掛かる場合があるし、時には二度と回復しない場合もあるということだ。特に脳に負ったダメージは不可逆的で、打撃でノックアウトされると次からはもっと弱い衝撃でも簡単にノックアウトされてしまう……という事態が頻繫に起こる。
だから1年2年と試合から遠ざかっていた選手が、コンスタントに試合をしていた上位ランカーを倒すという事態も起きうるのだ。
そして試合から遠ざかっていたファイターがひょっこり戻って来るには別の理由もある。試合での勝利というものは何物にも替え難い快楽だということだ。あれは特別なアドレナリンが出る。どんな薬物もセックスもあの快感には及ばないだろう、ということだ。あの快楽を味わうために40歳を過ぎても現役復帰してくるファイターが多いのも、俺は当事者として理解出来る。
「まあな、未来にはすべての可能性がある。誰にも未来のことはわからないさ、そうだろう?」
俺自身もそうだ。1年後格闘技の世界が恋しくなって戻っている可能性も充分ある。あるいはまた全然別の世界に行って別のことをしても良い。人生は自由だ。
だがもちろん今はこの新たな舞台、俺が一度も降り立ったことのない緑のピッチ上の戦いに心はときめいていた。
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