10話 入団会見②

「セニョール、ゲイト! 初めまして。あなたにはフットボールの経験が全くないという冗談がまことしやかに囁かれているのですが、まさかそれは本当ではないですよね? 日本人特有の謙遜ですか? それともあなたはアメリカ生活も長かったというから、一つのアメリカンジョークですか?」


 最初に質問をしてきたのは眼鏡を掛けた細身の若い記者だった。いかにも真面目そうでどこか日本人的な要素を俺は彼に感じた。

 球団が用意してくれた若い日本人男性の通訳が、やや言葉を選びながらといった様子でそれを俺に伝えてきた。


「いや、最初の挨拶でも言ったがほとんど全くその通りだ。俺は子供の頃から格闘技に邁進してきた。もちろんサッカーというスポーツのことは知っていたし、体育の授業や学校の休み時間にプレイしたことはある。だからまあ全く経験が無いとは言えないかもしれないな」


 俺は彼の目を見て真っ直ぐ答えてやる。自分のことや自分の気持ちはなるべく正確に話すことが俺の信条だ。

 フットボールの経験がほとんどないという俺の返答に記者団がざわつく。


「……まさか、本当だったのですか……。では、バッカスというチームのこともほとんど知らないということですか?」


 最初に質問してきた記者はどこかおっかなびっくりといった様子で質問を続けてきた。


「いや、もちろんバッカスについては知っていたさ。フットボールは世界的なスポーツだ。俺も純粋なファンとして世界最高のバッカスというチームのことは認識していたよ」


 実際俺はサッカーについて多少の知識があった。

 というか俺は各種スポーツを観るのが好きだったのだ。サッカーだけでなく、野球、バスケ、アメフト……それはやはり格闘技との比較に於いて各種スポーツ業界の様々な事情に興味を持っていたという側面もあるし、純粋に人間の運動の様子を見るのが好きだったというのもある。自分とは全く違う分野の選手の動きを見ることが時として自分の動きのヒントになったりもするものだ。


「ヘイ、ゲイト! ではバッカスの偉大さを知っていたら余計に怖くなることはなかったのかい?」


 別の記者だった。

 おっかなびっくりといった感じの先ほどの記者とは違い、威勢のいいどこか怒気を含んだ物言いに聞こえた。


「まあ、もちろん驚きはしたよ。だけどな、俺は格闘技の世界でとても苦労してチャンピオンに上り詰めたんだ。それはそれは本当に血の滲むような苦労だった。……だからまあそれを見ていたフットボールの神様がこっちの世界では少し近道をさせてくれたのかな、なんて思っているよ。ははは! ともかく世界最強のクラブからオファーが来て断るなんていう選択肢は俺にはなかったよ」


 俺の冗談もお気楽な物言いに彼らには聞こえたのだろう。ざわざわとした雰囲気が広がっていくのが手に取るように分かった。言葉の通じない世界にいることの多かった俺はそうした雰囲気に人一倍敏感だ。


「バルベルデ会長、あなたに問おう! どういうつもりなんですか! これはフットボールに対する冒涜ではないのですか!?」


 隣にいた日本人通訳は俺と同年代の実直そうな男だった。

 俺に直接的に向けられた質問ではないので、俺にそれを伝えるのを躊躇っていたようだったが、どっちみち記者の語気で大体のニュアンスは伝わっている。促すと正確にその言葉を伝えてくれた。


「……冒涜? 何を言っている? ワシほどフットボールを愛している人間はいないぞ?」


 ジジイは人を食ったような笑みを浮かべて、その記者を一笑に付した。

 もちろんそれで引き下がるような記者はここにはいないだろう。


「これが冒涜でなければ何だと言うんですか! フットボール経験ゼロのフットボーラー? そんなものがあってたまるか! 幾らマスターリーグを6連覇して、国内リーグでも敵なしとはいえ、何をしても許されるわけではないでしょう!?」


「……何を言っておる? ワシはクラブのためにゲイトの獲得がプラスになると判断したから、そうしただけのことだ。クラブの経営に関して記者の諸君にご教示をお願いするほど、ワシのバッカスは成績不振なわけではないと思うがのう?」


「その姿勢が冒涜だと言っているんですよ! たしかにバッカスは強い。文句なしの結果を残している! だからといってこんなお遊び選手を入団させて良いわけがない! おおかたゲイトの加入を話題えさ日本ハポンでユニフォームやグッズを売って、さらにはテレビの放映権なども見越したビジネスの道具としてしか彼を見ていないでしょう? 元からある金にモノを言わせて更なる金を得ようとする……そんな姿勢が拝金主義でフットボールに対する冒涜だと言っているんですよ!」


 ジジイは一瞬だけ目をぱちくりとさせてその記者を見つめていたが、すぐに笑い出した。


「なんだそんなことか。それはある意味でその通りとしか言いようがないが? バッカスはプロのフットボールクラブで慈善活動ではないからな。自分のクラブが話題になるために選手を獲得するというのは、別にどこのクラブもしていることだと思うがの?」


「選手はあなたのコレクションではないんだぞ! あなたはただ単に自分のおもちゃが一つ増えて自慢したいだけなのかもしれないがな、バッカスという世界最強のチームでプレイするには何よりもフットボールへの愛を持っていなければならないのではないか!? そもそも飼い殺される彼自身のことも少しは考えたらどうなのか! 有り余る金を使った悪趣味な遊びにしか見えないですよ!」


「……飼い殺される? ゲイトが日本でのグッズを売るための道具でしかなく、バッカス加入が話題になっているこの一瞬のためだけにワシは彼を獲得したとでも言うのか? 幾らワシだってそんな非効率的なことはしないさ。ゲイトはチームのお飾りマスコットではなく、もちろん戦力として試合に出場してもらうに決まっておろう!」


 その瞬間に記者たちのざわめきはさらに増した。カメラのフラッシュも一際多くなった。

 


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