最強クラブ加入
9話 入団会見①
「それでは、お集まりの記者の皆さん! ただいまから
いかにもネアカという感じの陽気なスペイン人の男性司会者が声を張り上げて、会見は始まった。
もちろん言葉はスペイン語だったから何を言っているか俺に正確なことはわからなかったが、ニュアンスや言葉の調子で何となくは分かる。それに俺の隣にいた白髪の太った爺さんが俺の肩をポンと叩いたのだ。俺の獲得を強引に進めたバルベルデ会長である。それが俺の登場タイミングであることは疑いようがなかった。
パシャパシャ、パシャパシャ! 無数のカメラのフラッシュが俺に向けられる。
もちろん俺にとっては慣れたものだ。というかこの前のWFCチャンピオンになった時に比べれば全然大したことのない規模だ。通常の試合前の会見にすら見劣りするほどだ。
俺はいささか拍子抜けしそうになったが、ここはスペインであり、WFCの功績はここでは何の意味もないことを考えると、これが正しいのだと考え直した。
一応軽く手を挙げて俺は記者に向かって挨拶をするが、特にへりくだるでもなく尊大になるでもなくフラットな態度を心掛けた。彼らの俺を見る目があまり好意的なものでないことにすぐに気付いたからだ。
「いやぁ、記者諸君! 忙しい合間を縫ってこうして我がバッカスの新戦力加入のために取材に来てくれたこと、とても歓迎するよ!」
用意されたイスに座ると、俺と共に登壇したバルベルデ会長がまずは記者に向けてそう挨拶した。ちなみに俺の隣にはクラブが用意した専属の通訳が付いており、すべて日本語に同時通訳してくれることになっていた。
「ゲイト、皆さんに挨拶してくれるか?」
「ええ。わかりました」
俺は立ち上がり軽く一礼するとマイクを握った。
「日本から来た鷹輪ゲイトです。今回このバッカスFCに加入出来てとても光栄に思っています。フットボールの経験はほとんどないのだけれど、WFCチャンピオンとしての経験を活かして勝利に貢献できるように誠心誠意頑張るので、応援よろしくお願いします!」
再び頭を下げて着席すると、脳裏に加入の経緯が浮かんできて俺はニヤケを抑えるのに必死だった。
「は? ふざけるなって、ゲイト! 何度も言うがサッカークラブだぞ? 格闘技団体ですらないんだぞ!?」
中村先輩は何度も俺に念を押してきた。
そんなに念を押すなら始めからバッカスからオファーがあったことを俺に言わなければ良かっただろうに、やはりこの人は妙な所で律儀だ。それこそが空手が培ってきた精神なのかもしれないが、まあともかくこのバカ正直さがあるから俺はこの人を信頼しているのだ。万が一この人のミスで俺がどんな不利益を被ることになったとしても、この人のしたことなら構わない。それくらい俺は中村先輩のことを信頼していたし、何より人として好きだった。
「だからわかってますって。何度も聞いたっすよ。そして俺の次なる挑戦はそこだって、俺の直感が言ってるんですよ」
俺は笑いながらそう答えた。
直感としか言いようがなかった。誰がどう考えても俺の選択はバカげているとしか言えないだろう。俺ももし身近な人間が同じ行動を取るとしたら絶対に止める。殴ってでも止める。もちろん俺が殴られたら倍にして殴り返すが。
だけどその話を聞いた時、これはやるしかないな! と本気で思ったのだ。
これで次のステージに行ける。今まで感じていた閉塞感から解放されるのだ。……そんな気持ちだった。
「……一応バカ話として理由くらいは聞いてやるよ。何でだ? 何でそんな選択肢を選ぶ?」
「……なんて言うんでしょうね? 俺はずっと挑戦していたいんですよ」
それは俺の本心だった。
誰に尋ねても俺のこれから成すべきことはWFCという世界最高峰の格闘技の舞台で戦い続けることだと言うだろう。
日本人として初のWFCチャンピオンの座を可能な限り防衛し続けること……それが誰もが思う俺の成すべきことだし、俺もそのつもりでいた。そしてそれは恐らく言葉でイメージするよりも遥かに難しいことだ。
2回、3回と連続して防衛出来るWFCチャンピオンは近年特に少なくなっている。技術体系と共に分析技術が洗練された現代格闘技では、様々な角度から選手が解析されて丸裸にされ攻略方法もすぐに立てられてしまう。チャンピオンを5度防衛してWFCの殿堂入りした絶対王者ムルハドメゴフを俺が倒すことが出来たのも、俺のチームの綿密な解析あってのことだ。
だから一度チャンピオンになったからといってそれを防衛するのは容易なことではない。いや、その座を狙う誰からもターゲットとされるわけで、確率論的にもチャンピオンの座に就くことよりも、防衛することの方が実際難しいことなのかもしれない。
だけど俺はチャンピオンになる過程でほとんどのランカーを倒してしまっていた。それは俺の実力が認められるまでに幾分時間が掛かったということでもあるが、ともかく俺は現在チャレンジャーとなり得る上位ランカーのほとんどと試合をして彼らに勝っているのだ。
もちろん今までは彼らとの防衛戦に向けてモチベーションを上げていたのだが、このバカげたオファーを聞いて一気に気が変わった。どう考えても全くの新天地で新しいことをする方が面白そうだ、と思ってしまったのだ。
その後も中村先輩だけでなく色々な人から猛反発を食らい、必死の引き止めにあったがそれらは全て逆効果だった。「ムリだ!」「バカげている!」「身の程を知れ!」そうした言葉は俺を後押しする言葉にしかならない。
だって今までの格闘技人生に於いて俺はずっとそうだったのだ。周りの誰からも「ムリだ!」「やめとけ!」と言われながら、俺だけが俺を信じて自らの道を切り開いてきたのだ。
俺がやってみようと思ってしまったらそんな言葉では俺を止められない。引き止めようとする人間たちも本気で俺を格闘技の道に引き止めるつもりならば、もう少し俺の境遇や性格を考慮して言葉を考えるべきだっただろうな笑
まあ、そんなわけで俺は自らこのバッカスFCというサッカーチームに加入することを選んだのだ。
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