8話 中村先輩

 翌日、というかその日起きたのは昼の11時頃だった。

 時差ボケの影響なのか、アルコールの後遺症なのか、身体は睡眠をまだ欲していたが無理矢理に俺はベッドから出る。

 昨日のことはもう遠い過去のように思えた。すべてが美しい思い出のようだった。


「……っしゃ」


 何に向けてかは分からないが、とりあえず俺は気合を入れてみた。

 考えることも大事だが、身体の言うことを聞くことの方が大事だ。とりあえず俺は身体を動かしたくなっていた。




 2階の自室から1階の台所に下りると家には誰もいなかった。雫は大学で、母親は今日も仕事に出ているようだ。


「もう仕事しなくても良いんじゃない?」

 と帰国してすぐ、俺は母親に言ってみた。

 WFCは世界最高峰の格闘技団体だ。チャンピオンにならずともランカー入りすれば、母親と大学生の妹をしばらく養うくらいのファイトマネーは充分にもらえる。もちろんずっとその収入が保証されるわけではなくて、試合が組まれなくなりリリースされれば……つまりもうWFCファイターとしての価値がないと判断されてお払い箱になれば……WFCからの収入は無くなる。

 だが流石にチャンピオンともなれば別格だ。たとえWFCでの試合が組まれなくなったとしても、日本に帰国してからもプロ選手としての価値は別格だし、引退してからも解説や普及活動、指導者としてなど引く手は数多だろう。

 まあつまり、母親と妹1人を養ってゆくくらいは俺にとって容易いということだ。だが母親は俺の提案を一笑に付した。

「アンタのそんな不安定な収入をアテに出来るかいな!」

 と笑って取り合わなかった。

 いや、俺が若い時に苦労と心配を掛けた分だけ早く楽をして欲しいんだって……と説明しようと試みたが、多分そういうことではなさそうだった。

 言葉とは裏腹に、もう収入のために働く必要がないことを母親は分かっているようだった。だけど母親には母親としての意地があるのか、あるいは何か別の思惑があるのか……俺の想像を超えた気持ちがあるようだった。

 まあ別に無理強いするようなことでもない。母親もまだ50歳に満たない年齢だ。

 俺はそれ以上そのことについては言及しなかった。




(……走るか)


 朝飯(というよりももう昼飯だが)を食い終わると、俺は自然とそんな気持ちになった。

 つい先日まで最高峰の戦いに向けてコンディションを作り上げてきたのだから、本当はもっと身体をゆっくり休めるべきなのかもしれない。だが俺は自分の身体の言うことに身を任せることにした。




 子供の頃から走っていた近所の河川敷を久しぶりに走ると、まるでタイムスリップして高校生に戻ったかのような気持ちになった。

 しかし日本の7月というのはこうも蒸し暑かっただろうか? 天候は曇っていたのでそこまで暑くはないだろうと高を括っていたのだが、ほんの5分も走ると体中から汗が噴き出してきた。


 普段の練習の中ではジョギングのような長時間を一定のペースで走るということはあまりしない。総合格闘技に必要なのは瞬発力であり、高い負荷を掛けた状態での持久力だからだ。人間1人くらいの重量を抱えながら短距離のダッシュを何本もやるようなイメージだろうか。

 もちろん時期によっては走り込む時期もある。それでもやはり短距離のダッシュや階段ダッシュのインターバルトレーニング。それから400メートル走などの中距離を何本も走るというトレーニングが多い。ジョギングのようなゆっくりした運動は久しぶりだった。




(よっしゃ、次だ次!)


 シャワーを浴びると俺の気持ちは完全に吹っ切れていた。

 帰国して懐かしい皆に会えたこと。品川真奈美と再び会えたこと。平和な家族の様子を確認できたこと。すべてが良いことだった。そして俺がムルハドメゴフを倒してWFCライト級の新チャンピオンになったこと。

 どんな好事もすべては過去のことだ。時間は未来にしか進まない。

 これまで何を成し遂げたかは重要ではないのだ。これから何をするか。それだけが重要なことだ。


 試合が終わって間もない時点だから……という気持ちはあったが、とにかく俺は次の目標を見つけたかった。やっぱり俺の身体は日本でのこの安穏とした時間ではなく、戦いの中でのヒリヒリとした時間を求めているのだ。




「あ、もしもし中村先輩? お疲れ様です、ゲイトです!」


 自分の気持ちを確認した俺は迷うことなく行動していた。アメリカに残っている中村先輩に電話を掛けてみた。


「……おう、ゲイトか……。ってかどうした? 何かトラブルか?」


「何ですか、先輩! テンション低いっすね! 先輩こそどうしたんすか!」


「うるせえな……あのな、こっちは夜中の3時だぞ? 寝てるに決まってるだろ」


「あ、そうでしたね! すいません! ……またかけ直します。マジでごめんなさい……」


「良いって……お前の声聞いてたら俺ももう目が覚めちまったよ。どうだ、久しぶりの日本は?」


 先輩と俺の付き合いは古い。

 中村先輩は、例の俺が初めて入門した伝統派空手の先輩に当たり、2つ年上だ。小学校低学年の頃は厳しく嫌な先輩だった。だが俺が空手での実績に比例して組手での強さも上回ると、立場は逆転した(もちろん先輩に対する最低限の礼儀は保っていたつもりだが)。

 その後中村先輩は高校卒業を機に空手を引退すると、アメリカの大学に留学した。俺と違って文武両道、勉強にも熱心に力を入れていた中村先輩は、アメリカで経済だか経営だかを学ぶということだった。

 その伝手つてを頼って俺は渡米したのだった。アメリカのジムから誘いがあったのも、中村先輩の伝手があったからだ。そして俺は高校で空手日本一になったのを機に(マイナーな競技だから世間的にさして話題になったわけでもない)18歳で渡米して、総合格闘技に完全に転向したのだった。

 その後アメリカで2年間MMAの練習をみっちりやり、最初のプロデビューは日本のマイナー団体だった。「空手一閃! 逆輸入ファイター、鷹輪ゲイト!」というのが当時の触れ込みだったが、これもさして話題にはならなかった。

 そこから数か月でポンポンと3連勝すると、今度はアメリカのマイナー団体に主戦場を移した。ファイトマネーは日本の方が良かったが、アメリカでの練習環境の中で成長を実感していたし、やはりMMAの本場はこっちだということを肌で感じていたのだ。

 そこから何戦かしてそのマイナー団体でチャンピオンになると、実績が認められWFCに参戦することになったのだ。


 中村先輩はずっと俺の世話を焼いてくれていた。

 最初のジムを紹介してくれたのも先輩だし、日本のマイナー団体に俺の映像を送って試合を決めてくれたのも先輩の功績だった。先輩がいなければ俺のプロキャリアはまた違ったものだっただろう。少なくともこんなにトントン拍子でWFCチャンピオンにはなれなかっただろう。

 先輩自身も本当は大学を卒業したら日本に戻って来る予定だったのだが、卒業を機に俺の正式な代理人兼マネージャーになってくれた。気心の知れた先輩が俺をサポートしてくれるのはとても心強かった。

 今も先輩はアメリカに残り、色々と事務作業や各所との連絡に奔走してくれている。

 俺のキャリアの中で、日本でもアメリカでも世話になった人たちはもちろん他にも沢山いるけれど、中村先輩がいなければ今の『格闘家鷹輪ゲイト』がいないことは間違いない。




「あ、そういえばな、妙なメールが届いてたぜ?」


 日本に帰国してからの近況報告をひとしきり終えると、先輩は笑いながらそう切り出した。

 早く次の試合がしたい! と意気込んで先輩に連絡した俺だったが、試合後まだ幾らも経たない時期に実現可能なオファーはなさそうだった。


「は? 何ですか?」


 まあ先輩の口調から、単なる雑談だろうと俺は軽い気持ちで応えたわけだが……その時はそれが俺の人生を一変させるとは露ほども思わなかった。






(つづく)


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