7話 何だったんだろうな? 俺のしてきたことは……

 その後は、何とか盛り返した……ように思う。飲み会の話だ。試合の話じゃない。

 真奈美にフラれた後の俺は、普段飲まない酒をムリにあおって途中からは何となく光景も曖昧だ。

 まあでも場の雰囲気は何とか和気藹々わきあいあいとしたものに戻っていった。それは何も俺や真奈美の力ではない。俺の暴発的な告白を無かったものにして腫れ物に触るような雰囲気になっていたら、流石の俺も耐えられなかっただろう。




「っていうか、帰ってきていきなり告白とかするな! お前はホント自分勝手で空気読まないのな! ……まあそんなヤツじゃなきゃWFCチャンピオンになんてなれねえんだろうけどよ……。っていうか品川もな、ゲイトが格闘技をしてたことくらい知っとけ!」


 ハッキリと話題にして公開処刑にしてくれた相田の対応が、この場合はむしろとても助かった。

 相田の対応に、真奈美もはっきりとその話題を出して良いと判断したのだろう。


「ごめんなさい……、だって鷹輪君がチャンピオンになったって聞いたから、てっきりバスケとか野球だとかだと思ったんだもん。アメリカでスポーツっていったらそういうのが有名でしょ?」


「……いや、そうだけどよ……っていうか、お前どんだけ天然なんだよ! 何も知らずのゲイトのことを応援してたんかよ!」


 どうやら本当に真奈美は俺のやってきたことを知らなかったようだ。そのことが明確になると方々からツッコミが入っていた。

 まあこの純真で天然なところが真奈美の良い所で、俺が好きになったのもそういう所なのだと思う。俺を含めアスリートはどうしてもピリピリと神経の張り詰めるような時期が出てくる。家に帰ったらなるべくリラックスしたいものだ。そうした光景を何となく俺は思い描いていたのかもしれない。

 ……ハッキリとフラれてから俺は、ようやく自分の意図が少し理解出来た。


「まあ別にしょうがねえけどよ、品川……。ゲイトは本当にスゴイ奴だぞ? 日本人でWFCのチャンピオンになった人間なんて今まで1人もいないんだからな? 金も相当持ってるはずだし、かなりの優良物件だと思うぞ?」


「そうなんですか……いや私もゲイト君のことは全然嫌いじゃないですよ! むしろ目標に向かってずっと努力し続けて結果を出すなんて尊敬しています。……でもやっぱり、格闘技みたいなものが私はどうしても生理的に受け付けないんです。ウチは父も母もと平和に生きてきた人間だし、きっと私とは合わないと思うんです。だから本当にごめんなさい……」


 そういうと真奈美は改めて俺に頭を下げた。


「……おい、相田! 何で俺がもう一回フラれなくちゃいけないんだよ!」


 当然俺は殊勝に頭を下げた真奈美に怒りを抱けるはずもなく、この話題を振った相田に苛立ちをぶつけた。


「ははは、悪い悪い! 数々のベルトを掴んできたWFCチャンピオンといえども、女心だけは簡単に掴めなかった……というオチだったな!」


「うるせぇ! バカ!」


 学生時代からの友人とはいえ、皆に会うのは数年ぶりのことだ。

 これまでは皆が多少なりとも俺に気を遣っていたのを薄っすらと感じていたが、これで完全にそれが崩れた。昔と同じ単なる学生時代の友人同士の関係に戻ったように思う。誰もが俺に遠慮せずにズケズケと勝手なことを言ってきた。

 もちろん俺にはそれがたまらなく嬉しかった。






(……何だ、まだ朝の4時か……)


 その後しこたま酒を飲んで、朧気な記憶で自室に戻って来たことはなんとなく覚えていた。

 身体を酷使しているアスリートは眠りも深い。俺も夜中に目が覚めるなんてことはほとんどない(もちろん試合が近付いて緊張が高まっている時期はその限りではない)。アルコールが睡眠に良くないのは確かだろう。まあ今は試合を終えたばかりのオフ期だ。羽目を外しておくことも精神的リフレッシュのために大事だ。さして気にする必要はない。

 

(……何で俺は「世界最強の男になる!」なんて無邪気に言えたんだろうな?)


 さっさともう一度寝ようと思ったが、アルコールの中途覚醒の作用のせいか中々寝付けず、色々な考えが浮かんできた。


(……いや、別に品川のために頑張ってきたわけじゃねえぞ!)


 不意に今日の飲み会で頭を下げた真奈美の光景が浮かんできたので、その次に浮かんできそうになる思いを俺は先に潰しておいた。

 もちろん、そうだ。俺は品川のために戦ってきたわけじゃない! 高校卒業の時の彼女への告白は美しい思い出だった。時々そのことを思い出すこともあったが、それもこれも単なる美しい思い出としてだ。


(……でももし仮に俺が何か格闘技以外のことをしていたら、どうなっていたんだろうな?)


 あくまでも眠れない慰めに妄想をするだけだ。

 例えば俺が学業に真剣に打ち込んでいたら、真奈美の俺への評価は変わっていただろうか?

 ……いや、俺は勉強の才能はからっきしだった。机に座っている授業の時間は休憩の時間でしかなかった。授業時間中に今みたいに眠れない……なんて経験は一度もなかった。

 だとしたら真奈美の言ったように、野球やバスケを選んでいたら俺はどの程度活躍できただろうか? MMAの実績に比するほどの結果を出せただろうか?

 俺は183センチ、通常体重85~6キロという日本人としては比較的恵まれた体格だ。ただ運動神経自体は割と普通というか、そこまで抜群というわけでもない。どんな運動も初見で何でもこなせるという天才タイプではなくて、地道な反復練習を飽きることなく続けられるというタイプだ。格闘技以外でもそこそこは活躍出来たかもしれない。……だが流石に世界トップレベルに辿り着けたという気は全くしない。やはり俺は格闘技の才能が最もあったと考える他はないだろう。


(……いや、ちげーよ! 日本のMMAに対する理解が低すぎるだろ!)


 散々考えを巡らしてからやっとそのことに思い至った。

 そうだ! 日本に着いてからずっと感じていたことだった。MMAは本当に素晴らしいスポーツだ。他のスポーツももちろん素晴らしいもので尊重に値するが、俺にはどう考えてもMMA以上のスポーツは考えられなかった。単に日本人が無知で不勉強でセンスがないだけなのだ。


 MMAを選んだ俺が間違っていたわけがないのだ!


(もう良い! 寝よ寝よ!)


 俺は再び眠ることに集中した。



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