番外編:美海の桃源郷事件簿
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「ハー……あっちいッス」
ギラギラと照り付ける太陽の中、畑の野菜たちに水を撒く。
ここは現世での罪を犯した人達が収容される収監施設。
黄泉の国にあるから、タルタロスなんて通称があります。
タルタロスは元々はギリシア神話で、冥界の奥にあるから牢獄として扱われたらしいですが。
でっかい壁に囲まれてはいるものの、中はオイラたちのギルドハウスみたいな社が沢山建ち並んで、小さな村の体をなしている。
畑、草原、森や川があって、懐かしくて温かい場所。タルタロスじゃなく、正式名は桃源郷ッス。
オイラはここと、自営の美容室、会社を行き来してるッス。
最近じゃ現世も大分形になって、紀京氏と巫女が色んなところに出向いては色んな事件を拾って来てるッス。
相変わらずラブラブだけど、まだ子供は作らないらしいっス。
ちなみに色気が増してるのは紀京氏。
人妻みたいな色気にみんな時々やられてます。ハイ。
巫女は男前ッス……あの夫婦はなんなんですかね?ホントに面白い。
紀京氏も巫女も現世との人の交流をこまめにするもんだから愛されちゃって。
あの懐の深さじゃ、仕方ないッスね。
「美海!トマト畑に虫がいるぉー!虫除けの薬ってあるー!?」
だいぶ前に収監された元マスター、皇が日焼けで真っ黒になって畑の向こうから叫んでる。
「ちょっとまってて〜。午後に持ってくるッス!ちゃんと水分取るッスよ!」
「はーい!」
麦わら帽子、Tシャツにジーパン。
収監された頃から比べて、心も体もすっかり健康になった。
そろそろ現世に戻してもいいんじゃないかって感じかな。
清白氏が度々来て、話してるし…本当にいい子になったッス。
草むしりのゴミたちを端に寄せて、農薬庫に向かう。腰に着けたたくさんの鍵がジャラジャラ音を立てる。
……昔こういうの、流行ってたんスよねー。懐かしい。歳がバレるな。
薬庫の前で、新人スタッフちゃんと、一番最初に収監された名無しが立ってるのが見える。…妙な雰囲気だ。
「あなたが何故ここにいるのかと聞いています!!」
「なんでも何も、通りかかっただけだお。ヒス起こしてんのワロタ」
あー。また喧嘩かな。
ひと月前に配属された彼女はちょうど二十歳。
負けん気が強くて元気なのはいいんですが、血気盛んなんッスよねぇ……。
「お?どうした?何喧嘩してるんだ?」
あれっ、珍しい。紀京氏が黄泉の国に来るなんて。
喧嘩してる2人の、名無し側から現れた紀京氏。
涼し気とは言えない真っ黒のスーツ姿。
とっても暑苦しいっス。
おっ!今日はハーフアップで髪の毛流してるッスね。うむ。かっこいい。セット教えた甲斐があったっス。
やはり洋服の方が似合うな。
「どなたですか!?ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ!」
おや、紀京氏を知らないとは……新人スタッフちゃんモグリっすね。
ちと様子を見よう。まだだいぶ距離があるからゆっくり歩く。
「関係者って言われるとそうだけど…名無し、水分とってないだろ。顔色悪いぞ」
「あー。忘れてた…新芽つむのが楽しくて…」
名無しがフラフラしてる。
熱中症かな?
紀京氏が胸元から冷たいスポーツドリンクを取りだし、木陰に名無しを引っ張っていこうとすると、新人スタッフちゃんがそれを引き止める。
ん、これは良くないっすね。様子見るんじゃなかったな。走り出して、距離をつめる。
「ちょっと!囚人を勝手に連れていかないで!」
「…具合が悪い人を手当するだけだよ。そもそも目の前にいてなんで気づかない?こんなに顔色が悪いのに」
「紀京、いいお。この人新人だから」
「ダメだよ。収監されていたって人権はある。ほら、木陰で休もう」
「ダメだって言ってるのに!!」
新人スタッフちゃんが法術を唱え始める。
紀京氏が眉をしかめて、瞬時に身代わりスキルで名無しと位置を変える。
炎の術が紀京氏の盾スキルに弾かれて、霧散した。
うおぉ……教えておいてよかった…。
「紀京氏!怪我は?!」
「こんなところで役に立つとは…美海さんごめんな、騒ぎを起こして」
「はぁ、はぁ、こっちこそすいません。紀京氏……ここはオイラが。」
「うん。名無し、行こう」
紀京氏がフラフラの名無しを支えて木陰に腰を下ろす。
冷たいタオルをおでこ、アイスノンを脇の下に挟んでスポーツドリンクを飲ませてくれる。
胸元収納マスターしたんだな...。次々に物を出してるッス。
さて。彼女にはちゃんと伝えないと。今回のは看過できない。
「志保さん。何したんスか」
息を整えて、腰を抜かした新人スタッフちゃん……志保さんに向かってしゃがみこみ、じっとその目を見つめる。
「み、美海様。無関係な人が突然囚人を」
「あなたが何をしたかと聞いてます。
それに、何度言えばわかるんですか?囚人と呼ぶなと。オイラたちは警察じゃない。
収監された人たちと手を取り合って、社会復帰をめざす為に助ける役割だって研修で言いましたよね?
無関係と言うなら、その人に向かって攻撃するとは。どういうつもりですか」
少しキツめの口調で志保さんを窘める。
オイラはおこですよ。
どうもこの子は収監された人達を見下している節がある。
面接の時にそれを感じた清白氏が落とそうとしたが、紀京氏が熱意があるなら分かってくれる…と入社してきた子なんス。
「何の音だ!!紀京っ!…あれ?美海さん?紀京は?あぁ、あそこか」
「名無しが熱中症っぽくて、面倒見ててくれてるんス」
「そうか…美海さんは、大丈夫か?」
「はい。紀京氏の所へお願いします」
「分かった。何かあれば呼べよ」
ちら、と志保さんに目をやり、清白氏が木陰に走っていく。
はっや。また足が早くなったのでは……。
「あ、あぁ!清白さま!!?」
「清白氏のことは知ってるのか…」
「知ってるも何も……私は疾風の神、清白さまのファンクラブに入ってまして」
えっ、そんなのあるッスか???
マジか。
「美海様のもありますよ。初代神様のファンクラブは全員分存在します。」
じっと熱視線を送ってる志保さんがはっと息を飲む。
紀京氏が扇を翻しはじめた。
結構重症だったんだ。名無しに悪いことした。
「あ、あれは……あの扇…まさか……」
「紀京氏の名前呼んでたでしょう。あなたこの世で一番偉い神様に、攻撃したんですよ」
「あ……あ……」
ガタガタ震えだしてるけど、今更ッス。
「志保さん。いきなり人に対して攻撃は二度としないで。
それから、囚人予呼びは禁止。収監された人達は名前で呼ぶと決まりがあるはずですよ。なぜそのように固執するんですか?」
「は、あの、でも、名無しは重罪なんですよ!か、神殺しの共犯で」
「それとあなたが彼を侮ることは結びつかない」
間髪置かずに応える。
志保さんは頭の回転が早いから、間を置かない方が解決が早いんス。
「罪人に、配慮しろと言うことですか」
「名無しの罪の宛先はオイラと紀京です。あなたが関与する部分じゃない。この前も名無しにきつく説教したのを見てました」
志保さんが顔色をかえる。
伊達にここの責任者やってるんじゃないんスよ。頭ごなしに説教するのはダメでしょ。
「名無しが、あまりにも言うことを聞かなくて」
「志保さん。正論を押し付けてその人を屈服させることは、オイラたちの仕事ではない。それこそここを立ち上げたオイラや紀京氏の意に反してますよ」
「…………」
俯いた志保さんのサラサラの黒髪が顔に陰を落とす。
困ったな。納得してくれない。
《美海さん、名無しが畑を気にしてるから移動するよ》
紀京氏がメッセージを飛ばしてくる。
それに頷き、志保さんに手を差し伸べる。
「行きましょう。本来どういう風にして欲しいか、見本を見せてもらいましょ」
目つきの険しい志保さんが手を重ねて、それを引っ張りあげる。
紀京氏の後を追って、名無しのトウモロコシ畑に向かう。
畑のあぜ道は綺麗に雑草が取り除かれ、歩きやすい。
名無しがこまめに草むしりをして居るから、彼の担当の畑の周りはいつも綺麗なんス。
「見事なトウモロコシだな…美味しそうだ」
「そっちはまだ食えないお。今新種の白いやつが収穫時期だ。そんなことも知らないのかお」
「名無しはよく知ってるなぁ……こんなに大きいのにまだダメなのか?」
「そっちはまだ大きくなる種類なの。こっちがミライ、こっちがミルキーウェイ。これも知らんのかお?」
「へぇ、沢山あるんだな。白いやつってどれだ?巫女にひとつくれんか?」
「紀京は巫女の白にこだわりすぎwwワロスwww」
「へへ。白とか黒とかだとついな」
「……紀京様にあのような……」
「しー。黙って見てるッス」
イライラしてる志保さんの肩を叩き、落ち着かせる。
清白氏は畦道から紀京氏を見てる。
紀京氏はスーツだから革靴だけど、なんにも気にせず畑に入って草むしりを始めた。
名無しがそこじゃない、こっちだと言うと、頷いて移動し、話をしながら一緒に畑仕事をしてる。
「畑仕事は囚人…いえ、名無しの仕事のハズです」
「それがなんなんですか?」
「何って!あんなふうに紀京様に作業させて」
「うん。それで?手伝ってはいけないなんて決まり、ありませんでしたよね?」
「…………」
沈黙する志保さんに目を向けず、紀京氏を見つめる。
楽しそう。紀京氏は本当にあれを計算せずにやるんだから。
だから愛されるッス。
「志保さんは、罪を背負った人がそれを忘れていると思ってるんですか?」
「そうでなければ、あのような態度に……」
志保さんを見つめ、悲しい気持ちになる。
「罪の意識を二十四時間保つことなんて、出来ると思うんですか?それに、それを持たせたとして、彼が立ち直る、罪を見直すきっかけになるとでも?」
「それが……収監された罪人の役割だと思います。そもそも見直すなんて、許されるんですか?
罪を忘れる瞬間があるというのが、許せません」
ため息を落とし、あぜ道に腰掛ける。
ぽんぽん、と横を叩いて志保さんを座らせる。
「ねぇ志保さん。
罪を犯せば反省は必要です。
どんな罪を犯したのか、誰を悲しませたのか、それを再認識させることも大切です。
24時間それを保つなんて、反省してたって無理ですよ。反省してるからこそ耐えられない。
志保さんのやり方では彼らは心を開けずに反省してる心を閉ざします」
紀京氏がトウモロコシの収穫の仕方を教わってる。
紀京氏の知らない事なんて、この世にひとつとしてない。新種のトウモロコシや、名無しが何をしているのか。何を育てているのか。収穫の仕方だって、全部知ってる。
落ち着いたとはいえ一番忙しいのに、全ての事柄をきちんと知って、必要なところにこうして現れてくれる。
すんげー神様なんスよ。
オイラも手を煩わせたこと、反省しなきゃ。
「心が開かれなければ、その人の本当の気持ちが分からない。オイラたちの仕事は、上から押付けて……反省しろ、罪の意識を持て、と正論で殴ることでは無いんです。
ああして収監された人によりそって、優しさを与えて、彼らの心の中から自発的に罪について見つめ直せるように支えることですよ」
「……より、そう……」
僅かに揺らぐ、青い瞳。
志保さんは正義感とやる気が強すぎる。
それも必要な事だけど、強さってのはひけらかす物じゃない。
体や心の内に隠して、人を助けることでその強さが本当の意味を持つ。
紀京氏のように。
「紀京氏はトウモロコシのことでも、名無しのやってる事でも、この世の全てを常に把握してますよ。リアルの日本史だってそれこそアマテラスの時代から知ってる。
物を知らなければ物事の奥底を見ることが出来ない、といつも言ってます」
紀京氏がトウモロコシを山ほど抱えて、クルクル回る。
名無しが僅かに微笑む。
泥んこになってるもんだから清白氏がおしぼりを取りだして、名無しにも渡して紀京氏の顔を拭いてる。
世話焼き女房か…と突っ込みたいッス。
自分の心の中の緊張もほぐれて行く。そろそろ口調を戻すかな。ここが分岐点ッスね。
「名無しが……笑いました」
「そうッスね。いつもはあんまり笑わないけど…名無しは感情を随分表すようになった。
紀京氏には特に素直に感情を見せるッス。普段無表情だからって、何も考えてないわけじゃない。名無しの資料見ましたか?」
「はい…転生前の資料と、罪状は把握しています。」
ん、基本は出来てるッス。真面目な子なんですよねぇ。努力も常に欠かさないし…紀京氏の目は確かなんだ。育てていく時間が必要なだけ。
「名無しは感情を表に出せない。転生前にたくさんの人に裏切られ、家族をなくして、酷い目にあって…それをひっくり返してやろうと色んな悪い事してたッス。
名無しにしてもらうべきは、罪の意識を持つ事ではなく、自分の中の感情を呼び覚ますところから。
そうじゃなければ自分のした事を理解できないでしょ?」
「…罪を犯した人にそこまで心を砕かなければならないのですか?美海様……」
ふ、と笑う。オイラも様付けされるようになってしばらく経ったけど、こうしてまだ紀京氏に助けられてる。
まだまだ未熟者ッス。
「様はつけんで下さい。オイラはまだまだ学ぶ立場ッスよ。
どこまでも心を砕くべきです。ここは、そのために作られた施設だ。
紀京氏の優しさの塊なんス。オイラはそれを正しく運用して、紀京氏の優しさを広めたい。その結果、幸せになる人が増える。
ここは、彼らが幸せになるために出来た施設なんス。罪を犯した人全てに勧善懲悪を押し付けないと言うのが決まりです…それを胸に刻んでください」
「……はい……」
二人で紀京氏を眺める。
清白氏のいる畦道で腰掛けて、名無しに水分を取らせてる。
日除けの傘まで持ち出してるッス。
名無しにまでスパダリ発揮してるのはさすがにウケるッス。
「な、生でたべれるのか?ほんとか?」
「これは茹でても美味しいけど生だと滴るほど水分が多くて甘い。食ってみるといいお」
「俺にもくれ」
「清白は働いてないからダメ」
「ケチだな。後で手伝ってやる」
「仕方ないな……皮むいて、髭ごと食べるんだお」
「髭も??」
「そう。髭は栄養豊富だし、これは柔らかいから収穫してすぐなら髭も生食可」
「へー……いただきます。…うぉ…あまーーーーい!!!」
「ほんとだな。凄い汁が出てくる…」
名無しがニコリ、とついに破顔して微笑む。
「ワイが作った野菜だから美味いんだお。…今度はナス食べさせてやる」
「ナスも育てるのか?」
「うん。よく冷やしてオリーブオイルと塩コショウで生食するとリンゴみたいな味がするんだ」
「凄いな。ナスがリンゴ……楽しみだなぁ…白いナスはないのか?」
「全く……どこに行っても巫女にくっつけるのやめた方がいいお。バカップル過ぎ」
「もっと言ってやってくれ。事務所じゃチューチューキスしまくって俺たちはもうなんとも思わなくなったぞ」
「マジか…紀京はほんとに巫女が好きなんだな」
「おう!世界で一番大切な人なんだ」
「そういうところだお……」
紀京氏の眩しい笑顔を見て、ほんのり笑う顔に僅かに寂しさが覗く。
名無しも、色々感じて…いつかきっと、本当の笑顔で笑い合える日が来る。
オイラはそう信じてるッス。
「寂しそうな顔、してますね」
「ん、よく見てるッスね。いい勉強になったでしょ?優しさが一番必要なんですよ、オイラたちの仕事は」
「……はい……すみませんでした」
しょんぼり項垂れる志保さんに笑顔を向ける。
「これからでしょ。志保さん。自分で気づけて良かったッス。一緒にやって行きましょ」
眉を下げた志保さんがこくり、と頷く。
ん、いい色の目だ。
「美海さん!いっぱい貰ったから事務所でトウモロコシ茹でとくよ!後でみんなで食べよう!」
「了解ッス!名無し!ご馳走様!」
「まだ食ってないのに変なやつだお…味わって食え」
「はいッス!」
紀京氏と目を合わせ、お互い微笑む。
適わないっすね。ホントに。
「さて、作業再開。農薬届けて来なきゃ。志保さん、名無しの事、お願いしますッス」
「は、はい!!」
志保さんが麦わら帽子を被り直し、畑にかけていく。入れ違いで、紀京氏と清白氏がやってくる。
志保さんが名無しに頭を下げて、名無しが慌ててる。良かった。
「大丈夫そうだな」
「生意気な感じが収まったな。さすが美海さん」
「何言ってるんですか。分かってて来てくれたんッスよね。…すいません。ちゃんと出来てなくて」
泥だらけのスーツから、いつもの涼しそうな着流しに着替える紀京氏。
着流しも色気が出るようになってから似合うッスね??うーむ。
「んー。何となく来ただけだよ。美海さんとこにも暫く来れてなかったしな。
いつもありがとう。美海さんがいるから、安心してここを任せられるんだ。」
「美海さん。イチャつきすぎてツクヨミに怒られて逃げてきたんだ。あんまり気にするな」
清白氏に言われて、紀京氏が口をとんがらせる。
カッコイイのに締まらないっすねぇ。
でも、そこがいいんですよ。
今日はツクヨミが休みなの、清白氏は忘れてるんッスか?オイラはちゃんと覚えてますよ。
二人に気遣ってもらって、ほんのりと心があたたかくなる。
「ほんとに……そういう所ッス!」
あはは、と笑いが落ちる。
お日様が真上から桃源郷を照らし、ジリジリと温度を上げていく。
今日も暑くなりそうッスね。
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