第十六話 年の差婚
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「ギルドのルール決めるの忘れてたけど、これでいいのか?」
「どこかで見たことあるッス。現状だと笑えないですけど」
「うるさい。寝ぼけながら作ったんだよ!分かりやすくていいだろ。これから先にピッタリだ!」
俺と美海さんで微妙な顔しているのを、清白が怒ってる。
「ギルドルールってなぁに?」
「俺たちのギルドの決まりだよ。約束って感じ。入る人は全員これを守らなきゃならないんだ」
「へぇ!スズ、なんて書いたの?」
「生きろ」
拗ねた顔で清白が呟く。巫女が微妙な顔になった。
「……そ、そうなんだぁ。いいと思うよ?ピッタリだねぇ?」
「巫女に慰められた」
ガックリ項垂れる清白。
巫女が肩を叩いて慰めてる。
いいとは思う。うん。ただな、現状かなり重たい言葉だ。
いつかこれを見て、笑う日が来ればいいとは思うけど。
「おし!次は俺が倒すぜ!!」
「準備完了、参りましょう」
現在地北原天満宮、ボス部屋前。
次は獄炎さんが倒す順番だな。
何周目だっけ?もう分からん。
百週を超えたあたりから数えるのを辞めました。
ここに来るまでのモブで戦闘の練習をして、まぁまぁ戦えるようにはなったけど。俺はあくまで回復役なので相変わらず紙装甲だ。新しいスキルがひとつ増えて、それを優先してあげてる最中。
何を上げているのかは内緒だ。
多分これはヒーラーのマスターでないと出てこないスキルだな。ふふふ。
「誰か祝詞やってみる?」
「あ、じゃあオイラやってみたいッス」
「ボス部屋入る前にやろっか。ゆっくりねぇ」
「オイッス!」
美海さんが目を閉じて、習ったばかりのひふみ祝詞を唱え始める。
ふよふよと僅かに風が起こりはじめた。
いいぞ、その調子だっ。
この祝詞は祓い清める効果もあるが、反魂に使われることもある。
三回唱えて最後に十種神宝の力を借り、その効果を増幅する。
日本語の清音四十七~八音を使用していて、同じ文字がひとつもない不思議な祝詞だ。
色んな意味が含まれた祝詞だが、ヘブライ語にすると…天照大神が天の岩戸に隠れた時に
ガウス素数を入れると数字の単位が増えていくことを示す。ただ単に数字が増えていくんじゃなくて、数字自体が意味を持つってのが凄いんだ。
五十音に満たない言葉の中に意味が複数あり、言霊が宿ると言われる祝詞。
悲しげな音調に乗せて、謳う事で効果が出る。
「海、中止。あまねく神に申し上げる。奏上に相違あり、改め奏らえ上げて申さく」
おおう、間違えたか。難しいなぁ。
しょんぼりする美海さんの肩を叩きつつ、巫女が謳い始める。
「ひふみ よいむなや こともちろらね しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか うおえ にさりへて のますあせゑほれけん……」
目を閉じた巫女が高い声で唱え始めた瞬間、足元からゾクゾクとした冷気が上がってくる。これは四十八文字の方だ。
ぬあー、これはすごい。
ぱわーを感じる。
パワーじゃなくてぱわー。不思議なものはぱわーなんだ。
大祓祝詞は清浄な朝の空気、不動明王真言は炎が元だから実態化した炎の熱さがあるし、ひふみ祝詞は鎮魂につかわれるからか、冷気が漂う。
間違えてしまった美海さんがうっかりさんじゃなくて、音階や区切りが決まってるからそれに合わせてやらなきゃならんのが本当に難しい。
これは練習するしかない。
祝詞が三回終わり、最後の言葉になる。
「
三回唱えて、巫女が微笑む。
「最初は難しいからね。大丈夫だよぉ。ボス終わりにお勉強しよっ」
「すいませんッス」
「ちゃれんじ精神?が大事。次は紀京だからねっ」
「ふぁい」
くっ。やるしかないか。
「焚き火設置してくる」
「頼んだ」
ボス部屋の一角、何周もしてお馴染みの結界ゾーンになったそこを清白が焚き火で囲む。
さらに追加して道真が固定できるよう、予め設置。モブ湧きの途中で出現してくるし、しっちゃかめっちゃかになるから道真だけひっかけておく必要があるんだ。
同時に美海さんが形代を繰り出して、モブ湧きを引っ掻き回し、中に入った清白と共に時間経過で現れる道真以外を入口付近におびき寄せる。入口はボス部屋に入らなければタゲロックなし、攻撃も当たらない。
ちょっと狡いけど、ボス部屋に入る前にモブを一掃できる方法を見つけたんだ。
レベルはかなり上がらないと出来ないし、ナチュラルボーンである巫女の知識がなければできない技だけど。
高速周回をやるためにこうなった。
「
殺氷さんの凛とした声が響きわたる。
前に使ってた、広範囲氷の法術改ってとこだな。
法術を使うのに担当の神様へお願いしないと本来おかしいんだってさ。
…呪文長くなったな。
ふわふわと上空から白い雪が降ってくる。
可愛いふわふわだが、モブ鬼の頭に触れた瞬間、バキッと音を立てて鬼が氷漬けになり、パーン!と破裂して粉々に散っていく。
エグい。絵面が怖い。
鬼がかわいそう。
サクっとモブを倒した後、何度も張り治してる結界に俺だけ移動して、美海さんも含めた四人で道真を取り囲み体力を削っていく。
もう慣れたものでお互い言葉を交わさなくても動き回れるようになって、みんな強くなった。
体力も増えたな!まったく!
俺は笛吹いて状態異常と体力の回復に勤めます。ひとりぼっちだよ!寂しい。
でも俺、楽器でよかった。呪文唱えるの噛みそう。無理…。
相変わらずぴょんぴょん飛び回る巫女をじっと見つめる。
白い髪の毛は外では目立つから、俺と巫女は清白に染色アンプルを貰って、黒髪にしてる。
巫女は今日は髪の毛を纏めてないんだ。
ストレートの髪の毛が長い刀を滑って、さらりと舞広がる。
髪の毛も黒にしたら全部お揃いじゃないか。あー幸せ。
ほわほわするんじゃぁ。
ふと、桃の香りが鼻をかすめる。あれ?巫女あんなに遠くにいるのに。
なんでだ?
最近追加された精神力のゲージを見てみると、ぐんぐん減っていく傍から桃色のゲージが追加されていく。
えっ、なにこれ。
今度は清白を見てみる。
うわ、早っ。敏捷に全振りしたって言ってたが、最早残像しか見えない。忍者か??
精神力ゲージを再度確認。
桃色の追加分と共にゲージ減少。
なるほど。何となく分かってはいたけど、巫女を見てるとマジで精神的な物が回復していたようだ。
桃色かぁ。
再び巫女を見つめる。
俺の視線に気づいた巫女が振り向き、微笑む。途端にギューンと伸びる桃色数値。ゲージの伸び幅すごいな。
精神力の桃色が増えると香りがするのか。これはいい事を発見したな。
笛を吹きつつ口の端が上がってくるのを必死に抑えた。
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「はい、では問題です。
ひふみ祝詞はどんな意味で使われるものですか?」
みんなで地面に座り、岩に乗った巫女が先生をしてくれてる。
凛々しい顔もかわいい。
人生でこれだけかわいいと思う瞬間があるのは、巫女に会ってからの方が多いかもしれない。うん。
「はいッス。
「海せいかーい。さて、鎮魂法とは何のことでしょうっ?」
「うっ」
「えーと」
「みんな難しいかな?じゃあ紀京」
「鎮魂法とは古神道の行法、神様の魂を招き自分の命を広げる方法の『おおみたまふり』、自分の魂が拡散するのを防止する『みたましずめ』の事」
「正解!次、ひふみ祝詞は四十七から八音を使い、字謎遊びになっています。数字の一から十までをヘブライ語にすると、天照大神が天の岩戸に閉じこもった際に奏上した文になります。
日本語で言うとどんな言葉になりますか」
字謎遊びはアナグラムのことだな。言葉を変えて意味が同じ文章を作ることを、昔はそう言ってたんだ。
「「「「…………」」」」
「はい、紀京」
「また俺か?ヘブライ語ではハイアファ ミ ヨツィア マ ナーネ ヤカヘナ タヴォと訳し、『どなたがその美しい女神をだすのでしょう、彼女を誘い出すためにはどんな言葉をかけたらいいのでしょう』だな」
「正解!凄いね紀京、先生する?」
「俺は教わったことしか知らないぞ?アヒルクサ文字の意味と、ガウス数の意味と、あと十種神宝の詳細しか分からん」
「そんなに覚えてんのかよ」
「一度しか聞いてませんよね?なぜ覚えてるんですか?」
「マジパネェッス」
「紀京に負けるとか、屈辱なんだが」
「もー!勝ち負けじゃないのっ。
祝詞は全ての言葉に魂が宿るから、言葉の意味や背景をきちんと知っていなければならないし、ひふみ祝詞の場合は十種神宝の力を借りるから神宝をイメージ出来ないと繋がらないし。
簡単な祝詞は覚えるのが楽なんじゃなくて、言葉の単略化だから基本の祝詞が出来るようにならないと教えられないかなぁ」
「ふふん。俺は巫女が言ったことなら一度で覚えられるぞ。
でも一つの祝詞でこれだろ?大祓祝詞とかあの長い文はもっと大変だな」
祝詞は思っていたよりも奥が深い。単純に覚えればいいだけじゃなくて、本当の意味を知っていなければ効果が薄いんだ。
逆に悪縁を招く可能性もあるし簡単に使うものじゃない。
「紀京もしや頭いいのか?巫女限定か?」
「もしやとはなんだよ。頭いいのかはわからん。学校通った事ないしな。
巫女限定かどうかは分からん。そうかもしれない。好きな人の言葉は頭に焼き付くだろ?」
「「「「…………」」」」
「ボクも学校行ったことないよぉ」
「すいませんでした許してください」
清白が地面に這いつくばってる。何してるんだ?皆微妙な顔してるな。そんな顔せんでもいいのに。
「いや、本当によく覚えてるッスよ。見たことも聞いたこともないのに」
「ん?あるぞ?」
「えっ!?どこでッスか?」
「リアルで。緩和ケアの一環でさ、色んな宗教の人が来るんだよ。話聞いてただけだが、なかなか面白かったな」
「「「「あー……」」」」
「紀京みたいな事言うと、みーんな同じ顔するよねぇ。世間ではそういう扱いなのかなぁ?」
「そうらしいなぁ。金儲けに走るヤツが多いからだろうけど。
でもさ、毛嫌いするのは勿体ないぞ?あれは文学や哲学の一種だ。日本は古事記や神話があるだろ?巫女みたいに秘匿された存在の現人神もいれば、そうじゃない神もいるし」
「たしかにな、八百万の神が存在するんだよな、日本は」
「そうだぞ。宗教云々は個人の自由だし、俺はそういう物に興味は無い。
それに伴う詐欺の可能性や依存には気をつけなきゃならんしな。
でも、昔の人の話は役に立つ。
八百万の神様がいると知って、物を大切にしたり、食べることに感謝したり、人にも感謝できる素地を貰える。
話を聞くだけでも、知識が増えて人となりを綺麗にしてくれるんだよ。
知っているもの、見たものを蓄えていれば人として深みが出るし、その知識を元に人を助けられる。
知識は人を助く、力あるもの歴史を知るって言うだろ?巫女を見てみろ」
「んふふ」
ニコニコ笑ってる巫女を見て、全員項垂れる。
「グゥの音も出ねぇ」
「紀京氏は本当にお坊さんになれそうッスね」
「頭の毛なくなるのはいやだ!」
巫女が岩の上から降りて、隣に腰を下ろす。手を繋いでお互い笑顔だ。
「熟年夫婦にしか見えなくなったじゃねーか」
「ちょっと。俺ギリギリまだ十代ですけど?」
「ボクは今何歳なんだろう?」
…それはちょっと気になるな。
「あの髪の毛の長さは10年は経ってるッス。いや待てよ、おかしいッス。人の髪の毛は七十五センチくらいが限界のハズ。十メートルはありましたよね?」
「あれは十五メートルほどですね。距離感は警察学校で叩き込まれますから、間違いありません」
「一体どういう事だ?」
「神さまだからって感じッスかね?でもあの長さは何年で伸びたのか気になりますね」
「…あのぉ、ボク、年号跨いでるよぉ」
「えっ!?最近変わったッスよね。
前のが30年…み、巫女?いつから神様やってたッスか?」
「三歳の時に社に連れていかれて、前の年号を見たのは7だったかな?」
「まさかの年上」
「ウッソだろ?!」
「少なくとも二十代後半くらいって事ですね…もしかしたら三十代?」
「ほぉーん?なんか問題あるのか?」
みんなして俺の事じっと見て、なんだよ。年上だからって問題ないだろ?十年くらい上かな?
あ、でも歳って言えば寿命は関係するのか?
「巫女、転生したら寿命ってどうなるんだ?」
「わかんなぁい。でも僕はもうほぼ人じゃないから寿命自体ないかもねぇ。
とと様が言ってたけど、人のいのちは瞬きの間だって。」
「ほぉん、じゃあ長生きするんだな。よかった」
「とと様の孫である
「おおう!?じゃあ巫女は赤ちゃんみたいなもんか。」
「そうだねぇ。紀京も長生きしてね?ボク他の人とは結婚しないよぉ」
「が、頑張ります。その辺も分かるといいな、とと様に会える時にさ」
「うん!」
茫然としてる皆を放置してしまってるが大丈夫かな。
あぁ、でもそんなに長い間巫女は一人で戦ってたのか。
「ごめんな、巫女。もっと早く出逢えてれば良かったのに。長い時間、一人で辛い思いしてたんだな」
「んーん。本当に瞬きの間だったよ。
時間は感じてない。一日の長さも知らなかったし、ほとんど寝てたから。
夜寝て朝起きるのも知らなかったし、実感はないかなぁ」
「そうか。俺たち似たような生活だったんだな。悪いことばっかりじゃないな。巫女とお揃いだ」
「ふふ……そだねぇ」
「話題についていけないッス」
「100万年単位。そして巫女は何十年寝てたんだ」
「歳なんて関係ないって言うレベルなのか?」
「言葉になりませんね」
うん、頑張れとしか言えん。
「さて、休憩終わり!次は紀京が祝詞やって、順番に練習しながらお金稼ぐよぉ!」
「「「「おう!」」」」
「よし、やるかぁー!」
みんなで立ち上がり、もう一度ダンジョンに走った。
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