第二十九話 虚構対真実

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 美海side


 紀京氏がアマテラスの設置した簡易法廷の裁判長席に座る。


 煌びやかな神様の格好で浄衣のままだけど、普段優しげな彼の猫目が釣り上がり、引き締まって冷たい光を放っている。


 巫女が隣に座ってデータ記録をするみたいで、目がキラキラしてる。

 力を使うとああなるッスかね?

オイラは裁定者三人が神様になったと聞いてすぐに納得した。




 元々紀京氏も、巫女も元々常人ではなかったと思ってる。2人ともスキルに関しても飛び抜けてるし勘がいい。

 紀京氏の精神力、巫女の陰陽師の技術。そして、何より人としての深みがある。



 

 オイラでは思いつかないような深い考えは…驚かされてばかりッスね。

 清白氏は敢えて人側であろうとするような気配を感じるけど、それはおそらく二人の為だろうと思う。


 ふたりは何処までも飛んで行っちゃいそうなんですよねぇ。羽でも生えてるような気がする。

 生きてる世界が違いすぎるんス。


 それでも、オイラたちは二人の傍にいたいッス。ずっと。

 紀京氏が黄泉の国に旅立ってから、皆彼の事がどんだけ好きなのか、大切なのかを思い知ったッス。


 巫女や清白だけじゃなく、自分もそうだった。

 その紀京氏が今はここにいる。

 それだけで心が落ち着いて、あったかい。こんな気持ちで、この席に座る日が来ようとは思ってなかったな。


 見慣れた被告人席に座り、開放的な裁判所を見渡す。

 ぜんぶ真っ白なんだなぁ。黒々とした社の前でほんのり光を放つ、大きな机や台が並んでます。紀京氏を含めて、神々しい。


 


 オイラの正面に裁判長の紀京氏と記録係の巫女。

 向かって左側が弁護士で原告の皇氏。

 右側に殺氷、獄炎氏とオイラの弁護士の清白氏。

 物々しい雰囲気ッスね。


 これでオイラの悩みが終わると思うとホッとすると同時に、紀京氏が背負ったものの大きさを目の当たりにする。

 彼はこの先もこんな顔する時が多くなる気がします。


 以前遊んでいた頃は、ニコニコしている事の方が多かったのにな。

 オイラは笑っている時の紀京氏が好きッスよ。

 なんにもできないけど、せめて笑顔にするお手伝いが出来たらいいな、と思ってる。




『さて、みんなお茶でも飲んで休憩出来たか?

 続いて皆が転生してからの一番最初の問題について裁判をしよう。

こちらで法廷を作った。一時的なものだが裁判所まで行く手間が惜しい。

 誤解をとくためにワールド内のみんなにも同時に見てもらう。

 ちょうど被告、原告、検事、弁護士いるのかな?あ、本人ね、はいはい。

全員ここに揃っているという事で始めるぞ』



 

 手のひらサイズの画面がふわふわと目の前を漂っている。

 これはこのゲームワールド内全員に巫女が繋いでいる中継画像。

普段はマップを表示したり、メッセージのやり取りなんかに使っているコンソール。


 半透明のスクエアが、オイラの背中側から全体を映し出している。

 カメラどこなんスかね?

 カンカン、と開廷の合図の音が鳴る。




『では、裁判を始める。

 原告 皇。

 被告、美海。検察側は自警団の獄炎、殺氷が対応する。 原告側弁護人は本人、被告側弁護人は清白。


 告訴状を読み上げる前に一度確認するぞ、皇。

 これはゲームマスターかいる裁判だ。嘘をつく度に神の裁きの雷が下る。死ぬことは無い。…俺が回復するからな。撤回するなら今のうちだが。どうかな?』


 おかっぱ頭の皇氏。優しげに微笑む紀京氏に油断したのか、鼻息が荒くなる。

 リアルは小さな女の子では無い。肩で切りそろえた髪型は変わらないけど。

 あまり印象に残らない顔。マスターの頃とは大違いだ。

 判断力も落ちたな。紀京氏の目を見りゃ本気でやばいことくらい分かりそうなのに。



 


「ウチに脅しのつもりなのかお!?紀京は雷術弱っちかった気がするけど?」


 すう、と紀京氏の人懐こい目が細まる。

 うおぉ、こええぇッス。紀京氏は怒るとほんとに怖いんスよ……。

 オイラもこれを見るのは長い付き合いの上では二回目。その時彼は一度、ブラックネームになった。




『いいんだな?取り消さないぞ。

 雷は確かに得意じゃないな。でも俺個人の法術じゃない。神の裁きだ。覚悟しておけ。


 告訴状。第一の趣旨、被告人の下記の公訴事実の所為は、暴行罪及び強盗罪に該当と思慮する。捜査の上厳重に処罰されたく告訴する。


 第二、告訴の事実

 一 美海による皇への性的暴行

 二 同人による暴力行為

 三 同人による強盗


 第三、告訴に至る経緯


 満月始めの日、深夜一時半。蔵屋敷ゾーンに於いて美海が皇に告訴の事実を行った。

 被告人の行った行為は平穏なゲームの世界での治安秩序を乱すものであり、被告人は再犯の蓋然性も高く極めて危険な人物である。

 よって告訴人はこのような行為を断じて許せず厳重な捜査の上、被告人を厳罰にして頂くよう、ここに告訴する。


 陳述については既に既知されており、省略する。


 皇、間違いないか?』


「間違いないないお!」


 皇氏が言いきった瞬間、白い光が空から真っ直ぐに皇氏を貫く。

 耳をつんざく爆裂音が響き、黒く焦げた煤と、肉の焼ける匂いが広がる。

 皇氏は頭から雷を受けて、半分くらいのところまで体が裂けた。

 ワールド中継画像に映し出されるが、瞬時にモザイクがかかる。グロいッス。


『嘘をつくとこうなる。アマテラス、威力抑えてくれんか。いちいち反魂するのが面倒だ』


「紀京激おこプンプン丸ぢゃん。了解、威力半減するッピ☆」


 ニコニコしてるアマテラスと、冷たい目の紀京氏。

裁きの雷はアマテラスの領分か。日本を統べる神でしたもんね。強いわけだ。


 紀京氏がヒラリ、と扇を揺らすと皇が復活した。傷一つないその姿。

 一撃必殺の雷なんてはじめて見たッス。

 反魂のタイムロスもなし。

 二人ともこわい。



 

「ごほっ…い、異議ありだお!嘘だと分からないのになんで」


『嘘だからこうなったんだよ。

 ゲームマスターであり日本の全てを司っていた神の裁きだからな。個人的配慮はない。


最初に言ったはずだ。裁きの雷が下ると。


 今回こうして法廷を開いたのは、皇の嘘で騙された人達の誤解を解くため、そして散々痛めつけられた美海さんへの仕打ちをお前にきちんと理解してもらうためだ。

 誠実な行いをしなかった人には俺は優しくしない。知ってるだろ?では次に……』


 


 紀京氏が淡々と原告側の証拠を提示、動画を流したり、証言者を召喚してサクサクと進めていく。

 皇と召喚された証言者達がなにか喋る度に雷が落ちる。

 威力を落としたぶん体力が残るから、ギリギリまで紀京氏は回復しない。

 泣き叫ぶ皇氏は、それでも嘘を吐き続ける。

 この匂いはキツいッスね。

 

 ふと、紀京氏と目が合う。彼が頷いて巫女の肩を叩く。

……伝わっちゃうんスねぇ……


 


『匂いが強いから結界を張ってくれるか、巫女。みんなが可哀想だ』

「うん、わかったぁ」


 巫女が立ち上がり、柏手を打つと匂いが収まる。浄めって匂いも消すんだ…。



 

「こ、こんなのリンチだお!痛い!回復してよぉ!」


『まだ体力残ってるだろ。どうせ減るんだ。最低限の回復しかしない。

次は原告が提出した動画、及び証言について。動画については正式なゲームマスターの記録がある。

 当日撮影された防犯カメラの記録を流す。モザイクをかけているが、そもそも美海さんはギルドの社から出ていない。

 皇の行為相手は犯罪組織のメンバーだ。立証の説明を検察側で動画放送開始と同時に頼む。……清白、大丈夫か?』


 紀京氏が気遣わしげに清白氏に尋ねる。

 さっきまでとは打って変わって優しい色の瞳。

清白氏が静かに頷く。

 それを見て、獄炎氏が立ち上がる。



 

「検察側から、原告の証言について反論する。

 まず、蔵屋敷ゾーンでの該当時間のマスターデータ記録には美海の姿は無い。

 暴行を受けた際、モザイクなしの画像を見たが明らかに男性器がついてる。

 証拠の体液が美海のものだと言うのは無理がある。不可能だ。分泌物としてはほかの唾液や汗の成分ではない。

 ちなみに行為を行った該当者は美海が雇った他人、と言われる可能性がある。

犯罪者組織の人間であるこいつと、美海の接触履歴を全て辿ったが、履歴ナシだ。」


 衝撃なんですが。獄炎さんがニヤリ、と笑ってる。

オイラ初期からゲームやってるんですよ?そこからの記録を確認してくれたんですか?

 うわ…涙が出てきた…。



「事件当時、見た目は厳ついが美海のプレイヤー設定は女性だ。現状転生した後は男性だが。

 更に、DNAの複製を行なったと皇の元支持者から証言が出た。


 当時北原天満宮ダンジョン出口で皇を追っていた闘牛を倒し、美海が指先に負った怪我で血液が原告の衣服に付着した。

 それを元にDNA複製し、体液を作ったと言うことだ。

 また、北原天満宮へ送り届けたという全く関係の無いプレイヤーからも証言が出ている。街間移動の馬車が通る順路は存在しない。何故かわざわざ初心者向けではないゾーンに、自ら赴いた証拠だ。」


 獄炎氏が着席し、チラリと動画を確認しながら殺氷氏が立ち上がる。

 動画では皇氏が該当行為の最中だ。

 本当にしていたとは驚きッス。

あれぇ…顔色が悪いんですが、オイラがネカマってコト忘れてたのかな?皇氏。

 こういううっかりさんな所あるんスよね。




「そもそも、皇の元のアカウントはRMTにより凍結されています。そのような行為をした者が声高らかに美海を犯罪者と言う事自体、信ぴょう性はあるのでしょうか?


 先程転生を終えた名無しが原告の訴えとなった動画を作成した事、更に犯罪組織を作り皇を手助けしていたと吐露しました。

 裁判長、証人を召喚したいのですが」


『許可する』

「ありがとうございます」



 アマテラスがパチン、と指を鳴らす。

名無し氏?なのかな。

 頭にバンダナを巻いて、チェックのシャツにデニムパンツ姿の男性が現れた。

 凄い細い。ヒョロヒョロっすね。


「名無し!お主裏切ったのかお!」

「皇。ワイは最初から誰の味方でもないお」


 ヌチャンネル言葉が飛び交う。キャラ被ってるッス。と言うかみんなが転生してる時には来なかったから、このゲームに転生してこないと思ってたッスね。

 尋問してくれた獄炎さん、殺氷さんの奥さんに感謝ッス。




「名無しさん。あなたが偽造データを作ったという事でよろしいですか」

「はい。やったのはワイです」


 入口にいる皇派の人たちがざわめく。

 あっさり認めすぎッス。

 今までの時間はなんだったんだ。





『何故そのようなことを?』

 

 名無し氏はオイラの左前で立って、紀京氏の目線を受けて冷や汗を垂らしてる。


「何故と言われましても。ワイは金の為に生きてるんで。報酬がありさえすれば何でもします。争い事が好きなもんで。」


『なるほど。それが犯罪行為と知りながらやったと』


「そうなりますな。元々ワイは税金収めてないし海外逃亡生活してたんで。

日本に帰ってきて死にましたが、倫理観なんて持ち合わせておりませぬ」


『なるほどな。名無し、お前は新しくできる更生施設の最初の入所者だ。一旦黄泉の国の牢獄に収監する。後日裁判を行うから通達を待て。イザナミ、連れてってくれ』


「分かった。」


 イザナミの足元の影から複数の兵隊さんがにゅっと湧き出てくる。

 おわー、禍々しいッスね。


「皇、グッドラックb」

「…………」


 皇氏は息も絶え絶えで、胡散臭いウィンクを送ってくる名無しに返答できずにいる。

bじゃねッスよ。腹立つな。

 兵に連れられ、イザナミの影に名無し達が消えていく。




『犯罪者については今後更生施設を作成する。申し訳ないがその辺についてはまだ検討中だ。

 今回は収容のみとなるが、収監されるのは黄泉の国。死にはしないが逃亡は不可能だ。

 皇、反論があれば発言を許可する』


「…………」


 出来ないっすよね、嘘だもの。これだけ正規の証拠が揃えば、何を言っても無駄ッス。



 カンカン、と閉廷の木槌が振り下ろされる。



『無いようなので判決を下す。

 被告人、美海は無罪。本件については今後の告訴は受け付けない。以上だ。さて、それでは原告と被告は位置をチェンジしてくれ』


「は?なに?えっ?なんなんだお」

『皇に対して俺、美海さん、清白から告訴する。はよ位置変えてくれ』





 青ざめた皇を殺氷氏が後ろ手に手錠を填め、被告席に連れて来る。



「美海さん、お疲れ様でした」

「ありがとうございましたッス」




 ボロボロの皇氏が被告人席に着席し、位置を変えてオイラ達は原告側に着席。





『続けて皇への裁決を行う。

 これは既に罪状が確定している。ゲーム内でのものと、リアルのものがまじる。


 リアルのものは順天頂衛星みちびきからの動画、画像を提供。ゲーム内は俺が殺人の被害者になった事。詐称の目的で妻の巫女を傷つけた事。美海さんは冤罪を偽造され、民衆を騙して煽動し、殺人未遂を犯した事。

 清白は…ギルド崩壊の原因となった詐欺行為について公表する。』





 紀京氏が裁判長席から降りてくる。

 オイラの横に腰掛けて、オイラの手を握ってくれる。


「美海さん、辛い思いをさせてすまなかった。本当にお疲れ様」

「紀京氏…紀京氏こそ、ありがとうございます。本当に…」


 紀京氏はオイラより小さい手なのに、暖かくて、その手に包まれると穏やかな気持ちにしてくれる。

 偉大で、清らかで、何処までも優しい手。

 オイラは何度この手に助けて貰ったんスかね。


 ぎゅう、と握り返すと、紀京氏が微笑む。…その目が見たかった。

 涙がじわ、と滲んでくる。

「後、もう少しだ。頑張ろう」

「はいッス」


『はいー紀京に変わりアマテラスが進行します。ギャル語禁止されたから……。キャラ薄くてめんご。書記官は変わらず巫女。では始めよう』



 カンカン、と再び開廷の音が鳴った。








 

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