第四話 禁じられたログアウト、称号の謎


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 巫女と転移したのは俺の店先。

周囲を警戒しながら中に入って、鍵を閉める。


結界足しとこうかな……?

御札もいるか?


結界師じゃないからうまく張れないが、簡易的に結界を張り巡らせる。

家には建設時に核と呼ばれるエネルギー源を設置するのが普通なんだ。

水晶みたいな宝石を八角形にくり抜いたもので、玄関の真上に貼り付けてある。

それに触りながら法術を展開すると、家に対しての法術適用になる。


防犯性も高くなるし、予め知人を設定しておけば仲間は出入り自由だ。巫女も登録しておこっと。




「結界の張り方雑だよぉ…紀京」

「えっ?そうか?」


巫女が壁を見つめながら眉をしかめてる。


「こことか、こことか隙間空いてる。御札も作り方違う。」

「マジ??」

「んもぉ。ボクが張ってあげる」



 巫女が結界の核に触れる。ふわふわと赤い光が漂い、ビシッと一気に回路図が展開した。

 パソコンの中身みたいな線と丸が、綺麗に隙間なく家中に張り巡らされる。

凄いな。隙がない。


「うわ…お見事」

「スキル頼りだから仕方ないと思うけど、結界と御札は後でお勉強しようかぁ。紀京はまだ時間平気なの?」


「ん?あぁ、俺は時間関係ないから。しばらく平気」

 次の回診は2日後だから問題ないな。




「…あの、紀京体どこか悪い?」

「えっ」

 ドキリ……心臓が跳ねる。

ま、まだ教えてないぞ?何でわかった?


「ボク視えるから。仲良くなると見えちゃうんだ。ごめんね」

「や、いいよ。巫女には話すつもりだったし。ちょっとそこ座ろう」

「うん…」

 来客用のソファーに二人で向かい合わせに座る。どう話そうかな…。




「言いたくなければいいよ?」

「そういう訳じゃないよ。実はそれも話そうと思って家に呼んだんだ。大丈夫だよ」

「ん、そっか。じゃあ教えて」


「んー、そのー…俺、生まれた時から病気でさ。治療法がなくて。進行性疾患なんだ。

 ずっと病院に入院していて、対処療法しかないから、もう少ししたら死んじゃうんだよな」


「それでここに来たの?」


「そう。ゲームしてる間は痛いことも無くなるし。ここが出来てから、回診の時以外はずっとゲームしてる。

 筋肉が萎縮していく病気だから、息をしても痛いんだ。運動なんてもってのほか。動いただけで心臓発作起こすし。


 緩和ケアって言うんだけど、死に行く痛みから解放してもらえるってやつだな。

 色んなゲームをしたけど、ここが終着点のゲームってわけさ。

 巫女みたいに縛り付けられてるわけじゃないし、俺は対処療法してもらってるから。巫女のことも助けられない。ごめんな。

俺はここが好きなんだ。他のゲームと違って知覚が全部あるから。巫女が感じていたものを同じように感じていると思うよ。

 俺が生きられなかった、この世をやり直してるような気持ちになる」


 巫女が複雑そうな顔をしてる。

 顎に手を置いて、眉を顰めて……。

「やり直し…やり直し、か…」

 

繰り返し呟く巫女の顔は哀愁に満ちている。


 

 

「…巫女もここにいるうちは、上手く言えないが楽しいこと、沢山しよう。

巫女が戦闘のやり方変えるなら手伝う。

これを言いたくて呼んだんだ。他の人よりはログイン時間も長いし。危ない思いをしてるの放っておけない。痛い思いするのは嫌だろ?」


「お互い痛みには縁があるしねぇ…いっしょにダンジョン行ってくれるの?」

「うん。ヒーラーしかできんけどさ。しばらくここにいるならそうしよう」


 膝を抱えて、巫女が丸くなる。顔も耳も赤くなって、ぷしゅーっと音が出そうだ。

 

「嬉しい。誰かといっしょにダンジョン行くのはじめてなの…お住まいにお邪魔したのもそうだけど…」

 「ごめんな、男の住処になんか呼んで。嫌じゃないか?今からでも俺外出てきてもいいから遠慮なく言ってくれな」


「えっ!?なんで?出るなら紀京じゃ無くてボクが…」

「ネットに晒されてるから、身の危険があるのは巫女だし、女の子を放り出すのは男の沽券に関わる。」


「じ、じゃあここにいればいいじゃん。紀京、一緒に居てよ。一人じゃ嫌だよ…」

 

 着物の裾を控えめに引っ張られて、胸がキュッとする。

 

「うん…」

 やっぱり可愛いよな?何だこの子……。ちょっとくせになりそう……。何かするたびにドキドキしてしまう。


 


「ねぇ、紀京の病気のことは、みんな知ってるわけじゃないんだよね?」


「うん。ログイン時間が長いから、マスターと清白は知ってるよ。獄炎さんと殺氷さんは知らないから内緒な。

 目下の悩みは死んだらどうなるかだなぁ。ここに残れるか、もしくは消えちまうのか」

 

ふう、っとため息をこぼすと、巫女がじっと翠の目を大きくして見つめてくる。

 …なんだろ?元々大きいんだからこぼれちゃうぞ?



 

「紀京は…直近でいつログアウトした?」

「えっ?ログアウト…いや、それが最近記憶が曖昧でさ。もしかしたら呼吸器つけたかな?生命線漂ってるのかもしれない。何かあれば強制ログアウトさせられるけど、まだないっぽいし」


「うん、そうか…わかった。変な事言うけど、聞き流してくれる?」

 …そんな真剣な顔で聞き流せって、どういう事だろう?


「ログアウトボタン、自分で押さないで」

「へ?な、何?どういう事?」

「んー、あー、そのー…ほら、なんかあれば強制ログアウトされるんでしょ。リアルで危ないなら戻らない方がいいよぉ。ボクと遊んで!」


 にこ、と表情を変える巫女。

 なんか引っかかるけど。うーん?

 多分、何か理由があるんだろうな。


 


「巫女が言うなら、そうするよ。痛いのやだし」

「んふふ、そうして。ボクお腹空いたよぉ。簡易食作るの忘れてた」

「じゃあ一緒に飯作ろう。夜は外出るの危ないし、オムライス屋さんはもう閉まってるから」

「うん!」


 巫女と連れ立って、二階に上がる。



「あっ、ちょい待って。中確認してきていい?」

「いいよぉ、見られたらまずいものは隠してきてねぇ」

「そんなのないからっ!」

 

 叫びつつ、部屋の確認をする。

 く、臭くないかな。お香たいとこ。ゴミは捨てたばかりだから、大丈夫。掃除ももう1回しておこう。

あとは…なんだ?あっ、布団!昨日使ったままだ。お掃除しておけば平気か?こっちも臭くないよな?布団を引っ張って匂いを嗅ぐ。

 …多分大丈夫だと思うんだが…正直どうしたらいいのかわからん!!

 悩んでいると、ドアがカラカラと音を立てて開いた。



「紀京、そういう趣味なのぉ?匂いマニア?」

「なっ!ま、待ってって言ったのに!」

「遅いんだもん。もういーい?」

「どうぞ…」


 お邪魔します、と巫女が入ってくる。

 靴を脱いで、まっくろくろすけが俺の部屋に現れる。

 

「畳!いいね。あっ!神様居る!ご挨拶しなきゃ」

「ほぁ?」


 思わず間抜けな声を出してしまう。神棚の事?これは家を買うと着いてくるんだが神様いるの?




 巫女が正座で座り、三指を着いて平伏する。

「突然おじゃまして申し訳ありません。しばらくお世話になります。私は伊邪那美の眷属として生まれ移ろう者です。よろしくお願い致します」


 伊邪那美??あっ、もしかして生まれ変わりってそれか?!


 神棚が一瞬ピカっと光り、直ぐに収まる。

うぉっ……な、何事??? 


天石門別神あまのいわとわけのかみだねぇ。おうちを大切にしてるんだね。結界なくてもちゃんと守ってくださるよ」


「えっ!?神様マジでいるの?」


「居るよぉ。家宅六神かたくろくしんって知らない?伊邪那岐と伊邪那美が二番目から六番目に産んだ神様だから、とっても偉いんだよ?」


「そ、そうなのか…知らなかった。お供え物ゴージャスにすべき?」

 

「あっはは!神さまは水とお酒とご飯で十分。御神体がある訳じゃないから、果物やお菓子のお供えはしなくていいの。お掃除ちゃんとして、日光が当たるところなら大丈夫だよぉ」


「な、なるほど……気をつけます」

「はい。そうしてください。ご飯作ろ!」

「お、おう」


 なんか巫女が来てからすごい速さで身の回りが変わっていくな。神棚はオブジェとしか思ってなかったんだが神様いたのね。



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「料理スキルすごい」

「俺は苦労してコツコツあげたのにっ!!巫女と同じレベルかぁ…」

「逆にボクと同じって凄くない?レベルカンストしてるんだよぉ?」

「たしかにそうだ」


「ほいじゃ、ご挨拶しようかぁ。家主は紀京だから先導は紀京ね」

「せん…なんだって?」


 

 ズラっと並んだおうちご飯。

材料があんまりなかったから野菜炒めと春雨スープ、常備菜のレンコンのきんぴらとぬか漬けに炊きたてご飯。スキルのお陰であっという間に出来たけど…ご挨拶って何だ?


「あぁ、普通は違うのかなぁ?神職がやる挨拶なんだけど、普通は食事前にどうするの?」

「手を合わせていただきます、ってするな」

「あ、なるほどねぇ。でも、神様いるし……やっていい?」

「お、おう」



 巫女が正座に座り直す。なるほど?

 それに倣って久々に正座してみる。

「背筋を伸ばして…一拝一拍手」

 ペコリとお辞儀をして、拍手…ほうほう。

「たなつもの~ 百の木草も 天照す~ 日の大神の 恵えてこそ~」


「和歌は復唱しなくていいよぉ、これでいただきます、なの」

「い、いただきます…」

「うん。宗派によっても変わるけど神主はこれをやるんだよ、たべよ!」

「なるほど、すごいな」


 ご飯前に和歌詠むのか。それにしても巫女は声が綺麗だな。かなり高い声だし、お腹から発生してるのかな?響き渡って部屋中に広がるようだった。




「おいし!お味噌入れたのとってもいいねぇ。スキル無視して炒めてたよね?シャキシャキしてるぅ」


「うん、炒め時間は短めの方がくたっとしないから、美味しいんだよな。好みだけどさ。キャベツの甘みと味噌が合うんだ」


 こういうのができるのかこのゲームの醍醐味だよなぁ。出来上がりの星評価より食べるためなら自分の好きな味の方がいいし。

 ナチュラルボーンのお店の方が人気があるのはそれが理由だ。




「はぁーなるほど。お漬物も美味しいねぇ。ちょこっと酸っぱいのがいいなぁ。旨みがすごい」

「ぬか漬けは古漬けが好きなんだ。酸っぱいと乳酸菌が増えて旨みが増すんだぞ」


「乳酸菌?菌が美味しいの?」

「菌ってイメージ悪いけど、乳酸菌は身体にいい菌だからな。日本は菌を生かした食べ物が多いだろ?発酵食品は皆そうだよ。納豆とか味噌もそうだし。八百万やおよろずの神と同じく八百万の菌もいるんだ」


「はー!紀京いちいち面白いね。八百万の菌…んふふふ」


 なんか、よく笑う子だな巫女は。

 食事の作法は良家のお嬢様みたい。

 お箸を持つ時も揃えてから持ち直すし、置く時も綺麗だ。

 指先までしっかり神経が通っていて、食べる姿まで綺麗なのってすごいな。動く度にキラキラのエフェクトが見える。俺の目おかしいのかな。




「巫女の作法が綺麗すぎて、自分が恥ずかしい」

「んぁ?そんなことないでしょ。紀京も綺麗だよ。作法とか挨拶は心が籠ってこそだから。いただきますもご馳走様も、命への感謝とか作ってくれた人への礼儀だからねぇ。ようするに気持ちが大切。ガツガツ食べたっていいんだよぉ」


「そんなもんか」

「そんなもんだよ」

 

 微笑みが伝染してくる。なーんだコレ。

 めちゃくちゃ気持ちいいな。

 幸せってもしかして、こういうことか?



 ━━━━━━


端座たんざ、一拝一拍手」

「端座ってなんぞ?」

「ぶはっ!おもしろ。正座し直せってことだよ。んふふふ」

「お、なるほど?そんな面白いか?」

「ふふ…面白いよ。

 朝宵に~ もの食うごとに 豊受けの~ 神の恵みを 思え世の人~……ご馳走様でした」

「ご馳走様でした!」

 

 始まりと終わりに和歌詠むのか。雅だなぁ。



 

食器を重ねている分を全部まとめて持って行くと、巫女が慌ててる。

 

「お片付けするよぉ」

「いいよ、俺やっとく。お茶飲んでなー」


「でも、お世話になるのに」

「いいからいいから。あっ!でも頼みたいことならあります」


「ほ?何だろ?いいよ?」

「聞く前に許可しないの!ちょっと待っててくれ」


 食器を手洗いして、水切りかごに入れる。

ふきんで手を拭きながら、慌ててちゃぶ台に戻り正座で巫女に向かって頭を下げる。



 

「巫女殿、お願いがございます」

「あっ、その喋り方ちょっと地雷ですー。やめてーリアルで散々聞いてるセリフー」

「えっ、そうなの?ごめんよ」

「大丈夫ぅ。それでお願いってなあに?」

「称号って付与効果どんな感じ?それ。」


 巫女の頭についてる「裁定者」を指さす。

 ヒーラーに必要なのかだけ知りたいんです。すみません。存在してることは知ってたんだ。

 ちょっと小耳に挟んだ程度だったけどあそこまできついダンジョンの報酬だし!!気になる!


「何だ、そんなことかぁ。ええと、システム!称号どこぉ…?あ、ここか」

 

 たどたどしい動作でシステム画面を開く巫女。

 システム画面は共有しなければ見えないからそわそわしながら俺は待つしかない。

 



「えーと、先ゆく者に与えられる称号、真実を知る物、ゲームマスターへのアクセス権利、他人譲渡不可、相伝不可、取得制限残数二だって」


「なんだそりゃ…譲渡はわかるが相伝不可なんて…取得制限ってことはこの世界で取れるのは三人だけってことか」


「さぁねえ?ちなみにステータスの底上げはないよ。何にもプラスマイナスされない」

「イベント参加権利とかかな。もしくはかっこいいだけのお飾り?気になるのはゲームマスターへのアクセス権利だな」

「ゲームマスターって言う人がいるの?それかすごい強い人のことかなぁ?」


「いや、名前とか強さとかじゃないと思う。アニメとかだと、ゲームをこう、操る人と会える権利とかそう言う…」

 

 

 ふっ、と巫女が顔色を変える。


「もしかしてゲームを作った人とか、ここを操作してる人のこと?」

「多分?そうじゃないかな?」


「これ、悪人に渡ったらかなりまずいものじゃない?世界に影響しちゃうよねぇ?」

「それは…まずいな」


 確かにそうだ。もしゲームマスターがそういう人としたら、かなりまずい。

 それに、もし人じゃなく機械なら?それを操作できる権利だとしたら。ゲーム内にいる人はいい人ばかりじゃない。何かを作り変えるまでは行かなくても影響がないとは言えないはずだし…。

 みんなの、俺たちの居場所がなくなったらと考えるとゾッとする。

 なぜこんなものが報酬に…。




「ど、どうする?」

 

 そわそわしてる巫女を見て、スッと冷静になる。

 よく考えたら、巫女くらいの強さがなきゃ称号取得なんて無理じゃないか?


「…慌てることは無いか。巫女が倒した菅原道真は、ぱっと見ただけて体力ゲージが五段あった。巫女だから二撃でどうにかなったけど、トップスリーギルドのマスターがモブに手子摺ってただろ?

 あれは数を揃えればいいってもんじゃないよ。直ぐに踏破されるようなダンジョンじゃない」


「そっか…」


 あからさまに巫女がホッとする。

 驚かしてごめん。ここを無くすようなこと、したくないよな。


「とりあえずマスターたちにはメッセージしておこう。みんなログアウトしてるし。明日にでも話せばいいよ」

「うん」

 しょんぼりしちゃったな。

 こういう時は風呂だ!


「よし!遅くなったし、お風呂入れてくるから、待っててくれぃ」

「あっ!ありがとう。」


「そういえば巫女パジャマあるのか?」

「このままじゃダメ?」


「寝づらくないか?浴衣ならあるぞ」

「お借りしたいです!」

「お、おう」

 

 なんだろうな。妙な雰囲気だな。

 こういうの経験ないから仕方ないな。なんだかドキドキしながらお風呂の掃除を始めた。


 

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