番外編 獄炎の初宮参り
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獄炎side
こんがり焼けたトースト、半熟の目玉焼きとカリカリのベーコン、千切りキャベツとドレッシングを日替わりで。
これに野菜が沢山入った具沢山のスープが毎朝の日課だ。
うちは奥さんが先に飯を食うと言うルールが昨晩決まった。
世の中の旦那達は腹がいっぱいになると言うことが、どれだけ!大事なことかよく覚えておくといい。経産婦は赤子を産んだ後、本能で守りの意識が強くなるからな。子供を守る、本能が。
それは夫に対しても有効だ。
ヒリヒリする頬の引っ掻き傷を撫でる。
いてぇ。
「あらー、ご機嫌だねぇ!紀京達に会いに行くのがわかるのかな?」
「ばぁ!ぶぶ!!」
炎華が赤ん坊を抱いて、寝室から出てくる。炎華もご機嫌だ。素晴らしい。
昨日の悪夢は塵になって消えた。
先日生後1ヶ月を迎えた長女。俺が神になってからできた子供だから、目玉が赤い。
髪の毛は俺と同じで真っ黒。顔は炎華に似てるかな…吊り目で強めの顔。
性格はどっちに似ても激し目だろうな。
これから紀京のところにお宮参りに行くんだ。
「エン、お土産持って行かなくて本当にいいのか?」
「あぁ。持っていくと怒られるんだよ。
結構過敏になってるからな。あいつらも気苦労が多いんだ」
「はー。神様社長も大変だなぁ」
「紀京の場合はファンが多いからな。市井に降りりゃ人だかりになっちまうし、その後貢物が山になる」
「それは仕方ないだろ。紀京は正しく神様なんだもん。施しと言うよりは働き手になって汗水垂らして作業に混じって働くんだ。ああ言うのはそりゃ愛されるでしょ」
「まぁな…」
最後のパン一欠片を齧って、食器を濯ぎ食洗機に突っ込む。
文明も発達したもんだ。家電製品はそりゃもう破竹の勢いで分布してる。
現代化が著しいが、景観に関しては統制してそのままの姿を保っている。
古き良き日本の景観を守ってるからな。
無くしたくない文化を守るのも務めってやつだ。
「ほれ、行くぞ」
「はいはい。
「だぁ!あう!」
「あいつらなら理解しそうだな」
マザーズバッグにオムツやお菓子、お茶を持って、炎華の荷物と一緒に抱え込む。
「ありがとな、エン」
「おう」
家のドアを開けると、真っ暗な出立ちの少女が一人。
「ええと、紀京様に言われてお迎えにきた」
お?こりゃ紀京の眷属のクロか。
一年目は鳥の姿だったが、それ以降時々こうして人間の姿になる時がある。
こいつら事務作業が早くてな。本当に優秀なんだ。
「わざわざ来てくれたのか?っておい。まさかあれに乗れってのか?」
真っ黒のリムジンが停まってる。
黄泉の国で開発されてる車で、公用車として紀京が使わされてるやつだ。
イザナミが押し付けた後、ほとんど使わないし倉庫で埃かぶってたヤツ。
それが今ツヤツヤのピカピカで庭の前に停まってる。
「紀京様が、炎華さんの体調が心配だと、いってた」
「あらぁー。相変わらずスパダリじゃんか。ありがとう!」
「仕方ねぇ…乗るしかねぇな」
ドアが勝手に開き、革張りの高そうな内装に怯みつつ後部座席に座る。
「ではまいります!」
クロが助手席に座り、エンジンがかかる。付喪神がついてるらしく、車は勝手に動く。
ふわふわ、キラキラと光の粉が舞って、車が宙を浮く。
静かに進む車の背後にもう一台同じ車がついてくる。
「殺氷んとこも今日だったか」
「同い年だしそうなるだろ」
後ろを振り向くと、窓から顔を出して櫻子が手を振ってる。
必死で引っ張ってる殺氷。
俺達がいくら双子でも、まさか子供が同い年になるとは思わなかったがな。
雲を抜けると白い光に包まれて、神界に辿り着く。
紀京と巫女、清白に…全員勢揃いかよ。
白と黒に染まったお偉い神様達が立ち並んで迎えてくれる。
「お疲れ様!炎華さん、もし必要なら輿もあるぞ?」
「そこまでしなくていいよ。アタシは産後の肥立ちも良かったし。櫻子もそうだけど頑丈だからな!」
「そ、そうか?ゆっくり降りてくれよ。あぁあー!!そんなスタスタ歩いて大丈夫なのか!?」
「紀京、落ち着け。そこまで心配すんな」
「だって…命を産んだばかりなんだぞ!?ちょっ、わああ!エン!ちゃんと手を繋いでくれ!」
「大丈夫だってのに。心配性だな」
炎華が赤ん坊を抱えたままウロウロするたびに紀京が慌てる。
「ヒョウ!ちゃんと支えてよ!わあーー!!櫻子さん!やめて!」
「あっちもか…」
殺氷の方に行った巫女も正装で慌ててるし。
心配性な夫婦だ。
「おう。蜜月はどうだ?」
「紀京たちみたいにイチャラブか?」
清白とツクヨミがニヤけながらやってくる。
俺も殺氷も育休もらってるもんだから、警察を動かしてるのはこの二人だ。
「蜜月って何だっけってな毎日だよ。夜泣きもすげーし、炎華がイライラしててな。産後の奥様は獣だってよ。上げ膳据え膳するくらいしかできねぇが」
「それでその傷か?」
「そうだよ。清白も嫁もらったら気をつけろ。」
「俺はそんな予定はない」
清白が土笛を取り出して、ニヤリと笑う。
「お前回復スキルにも手を出したのか?」
「あぁ。まだ全然ランク低いがな。」
そっと笛に口をつけて、息を吹き込む。
ピィー!
「おい。なんだそれ。いてっ!」
清白の笛から出てきたキラキラした塊が、ベシッと音を立てて頬の傷にぶつかる。
炎華の引っ掻き傷がシュワシュワと消えて行く。
「治ったからいいだろ。楽器なんて触ったこともないんだよ。紀京が吹くとそれはそれは優しい音になるんだが、俺はこの通り。」
「回復してくれたのはありがてぇが、なんかこう、損した気がするな?」
「性格が出るんだよ。我慢しろ」
腑に落ちねぇ。殴られただけの気分だ。
殺氷がスーツ姿でヨロヨロと歩いてくる。
目の下に真っ黒なクマを拵えて。
リアルだった頃の、見慣れた姿に戻ってるじゃねぇか。
「エンは何でそんなに元気なんですか」
「俺は子供が生まれるのは三回目だぞ。慣れてんだよ」
「くっ…産後の女性の扱いですらままならないのに、赤子があれほど泣くとは思わなかったですよ」
ある程度は泣かせないとダメなんだが、こりゃ泣くたびに構ってんな。
「放置も必要だぜ。赤ちゃんのうちは泣いて筋肉鍛えてんだからよ」
「そうなんですか!?はぁ…」
「エン!炎華さんをちゃんと見てくれ!ああっ!そこ石があるから!」
「あっはっはっ!大丈夫だっつーの」
「櫻子さん、ゆっくり歩いて!」
「巫女ちゃん、大丈夫よぉ。」
うーん。騒がしいお宮参りになっちまったな。
「ほれほれ、主神は準備して!この度はおめでとう!二人とも女の子なんだなぁ」
アマテラスがピカピカしながらやってくる。
「アマテラス!頼んだぞ!奥さん達がじっとしてくれないんだ」
「心臓が止まっちゃうよ。とと様ちゃんと見ててね」
「はいはーい☆」
アマテラスが苦笑いで紀京と巫女を送り出し、ツクヨミたちと清白を連れて社にむかっていく。
ツクヨミがチラッと振り向くが、手を挙げて応えるとまっすぐ社に歩いて行く。
「そう言えば紀京やっとタメ語慣れたのか」
「炎華はそういや聞いてなかったな。散々しつこく言ってやっとだ。敬語自体禁止になってる」
「まぁそうだよねぇ。目上の人なんだもん。紀京は嫌そうだけど」
紀京は偉くなっても敬語を辞めないもんだから随分前からしつこく言って、最近やっと敬語を辞めた。
自分に対してもあまり敬語を使わせないんだからこっちにもそうしろ、と言ってやっとこさだったからな。
そう言うところは、相変わらずなんだ。
「さて、初宮参りと行くか」
でっけー社の入り口に四人で立ち並ぶ。
真っ白な鳥居の前で頭を下げた。
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社の最奥に紀京が何とも言えない顔で偉そうな椅子に座っている。
巫女がその横に座って、ほのかに微笑む。
偉そうな椅子が狭そうだな。
本当は膝の上に乗せたかったんだろうな。
「二礼二拍手一礼」
手前に立ったツクヨミに言われて、紀京に向かって礼をする。
嫌そうな顔を収めて、無になってる紀京。
諦めろ。この世で1番偉い神様はお前なんだ。
俺と殺氷が玉串を納め、紀京の手前にいるアマテラスの祓いを受ける。
-掛けまくも畏き 光影大神の御前に申さく
現世に住める獄炎、炎華並びに殺氷、櫻子が真名子「
大神等の恩頼を蒙り奉りて
満月の月、6日に生まれ出でしより
33日の今日の足日の善き日
初宮詣仕へ奉らくと、
初穂の
優れて良き民草と成し
桃花為すすくすくと
生ひ立ち栄えしめ給へと恐み恐みも白すー」
これも祝詞だな。アマテラスに祝詞を奏らえてもらい、紀京に祈りを捧げる。
俺たちの子が、紀京や巫女のように綺麗な心を持った優しい人に育ちますように。
紀京の神様としての名前は光影大神ってやつだ。
灰色を冠するあいつに相応しい。
いつだったか、巫女が言っていた「光と闇の間に優しく佇む」ってやつ。
人間らしいあいつにピッタリだろ。
光も闇も持つ、人間らしい神様だ。
ちらっと紀京を見ると、顔が真っ赤だ。
殺氷と目を合わせ、ニヤリと微笑う。
「汝等の子孫に幸福の限りを与えんとする。世を和やかにし、安らかに生きるよう導かん。まことめでたく候う」
頬に赤を乗せながら、紀京が微笑む。
はー。全くちゃんと神様やってんな。
返事が来るお宮参りとは恐れ入るぜ。
「翻訳するっぴ?」
「アマテラス、自分で言うよ。
二人の子の未来に幸せを約束する。この世を平和に保ち、心穏やかに過ごせるようにしよう。本当におめでとう」
「おめでとう!」
「「ありがとうございます」」
紀京と巫女がニコニコしてる。
なかなかいいお宮参りだ。
「巫女ちゃん、抱っこしてみる?」
「紀京も。ほれ」
炎華と櫻子が〝のしめ〟の中からふわふわのドレス姿の赤ん坊を手渡す。
二人とも腕で頭を支えて、手慣れた様子で抱っこしてるが…何で慣れてんだ?
「かわいいな。白雪ちゃんか。名前の通りに綺麗だな。」
紀京が微笑みながら白雪の顔を覗く。
白雪は殺氷のキャラメイクを引き継いで、銀髪に青い目。何でだよ。
「紅炎ちゃんも可愛いねぇ。お目目がキラキラしてる」
ウチの紅炎は髪が黒くて目が赤いんだが。殺氷んちのルールでいけばウチの子は髪の毛赤い筈じゃないのか?
「エン、現世では奥さんの願い通りの見た目で子供が生まれてくるんだ。知らなかったか?」
微笑みながら紀京に言われて、驚く。
「は?!そ、そんなの知らなかったぞ」
「私達は知ってるわよねぇ。炎華ちゃんが内緒にしてって言ってたから、獄炎は知らないのよ〜」
「櫻子、言っちゃってますよ!」
「バラすなっ!!!やめてよ!!」
炎華が横で真っ赤になる。
俺の見た目と同じがいいって思ってたのか?
「な、なんだよ……おま……そう言うアレなのか?」
「そ、そうだよ!だって旦那の見た目も好きなんだからそうなるだろ!」
「んぐ。そうか…」
お互いそっぽを向いて真っ赤になる。
なんだよ。そう言うのアリかよ。
「じぃ……」
「紀京、変だね?こう言う時は抱きしめ合うのが普通だよね?」
「うん。変だな」
「お前らと一緒にするな。全く。小っ恥ずかしいだろ。」
「「えぇー」」
不満げに見つめる紀京と巫女。お前らはすぐ抱きつくからな。
「うるせぇ。そういや、紀京も巫女も何で子供の抱きかた知ってるんだ?」
話を逸らすしかない。俺はそう言う素直な表現は無理だ。
「俺たちは現世で初宮参りのお祝いを散々してるからな。アマテラスが主神だって言ってるから、子供が産まれれば大体こうして抱っこさせてもらえる。どうしても行けない時は遠隔でやるし。」
「そうそう。ちゃんと練習したんだよぉ。ねっ、紅炎ちゃん」
「あばぁー!ぶぶぅ!」
紅炎がご機嫌で答えてる。
そう言えば今日は全然泣かねぇな。
珍しいこともあるもんだ。
赤ん坊達は目を見開いて、紀京と巫女を一生懸命見つめてる。
「かわいいねぇ、小さいねぇ、ふわふわしてる……なんて尊い子なんだろう。」
「巫女が神様してる。巫女も尊い。」
「尊いのはお前達二人だろ。小さくても偉い神様はわかるんだな」
「そうとしか思えませんね。白雪は知らない人に抱かれると普段は大泣きですよ」
「ウチもそうだよ!エンだって泣かれるのに泣く気配すらないな」
「炎華ちゃんのところもなの〜?ヒョウも抱っこが下手なのよ〜。二人とも見習ってほしいわねぇ」
「ほんとにな」
「「くっ」」
「はぁ…かわいいな。手が小さい。巫女の手も可愛いけど、赤ちゃんってどうしてこんなに可愛いんだ?心が綺麗だな。だから可愛いのか?本当にかわいい。」
紀京がデレデレになってる。
巫女以外にこんな顔するとは驚きだ。
「お前も早く作れ」
「清白は二言目には絶対それ言うよな。と言うかコウノトリさんはどうやって連絡取るんだ?
タイミング的には別にその、いつでもいいとは思ってるが。それを知らないからよくわからんままなんだが」
「そう言えばそうだよねぇ?姉様の話だと閨を繰り返せばできるって言ってたけど。できてもいいと思ってるのにねぇ?」
「巫女、ちょっと来い」
「ほ?なぁに?」
「炎華、紅炎連れてってくれ」
「はいはい」
「お前たち、イザナミにどう聞いた?」
「ほぇ?ええと……」
ふんふん。なるほど。そりゃできねえ筈だ。なるほど。
「エン。これはどうしたらいいんでしょうかね」
「うわっ!殺氷居たのかよ!いや、肝心のこと伝えてねぇよな」
「まさか外に」
「いうな。やめろ。」
うーん。教え方が不味かったんじゃねぇのか?
「どう言うことだ?」
「清白、イザナミの教え方が悪いんだ」
「かくかくしかじかでして」
「は?!いや、それでもできてもおかしくないだろ?なんでだ?」
「お答えしましょう!」
「「「うわっ!」」」
「姉様?びっくりするからやめてあげてよぉ」
当の本人がやってきた。
イザナギは知らんぷりしてやがる。
「柱の方をやらないと巫女の体の準備ができないんだよ」
「柱のって?あ、あれか!!!」
古事記によると、天の御柱を巡って、二人が言葉を交わしてから寝所で云々ってやつだ。
「なんで教えてやらないんだよ」
「あれは柱がないとできない。天の御柱は国つ神の心の準備ができれば、勝手に建立されるんだ。周りに押されて『いつでもいい』なんて言ってるが、今のところ子供が欲しいわけじゃないんだよ。
お前達も押し付けずに静かに見守りなさい」
イザナミに正論を言われて言葉が出ない。
「紀京、ボクと赤ちゃんどっちが可愛い?」
「巫女」
「本当?」
「この世で一番可愛くて尊いのは巫女だ」
「へへ…ボクもだよ。紀京が一番可愛い」
「可愛いのは複雑だけど巫女が言うならいいか」
「んふふ」
両手を繋いでチュッチュしまくってんな。
「あの二人は、前世では人としての幸せを得ることがなかったんだ。お互いかけがえのない人を得て、今世でようやく幸せを掴んでいる。
お前達とは違うんだよ。優しく見守っておやり」
「「「はい……」」」
紀京達はまだまだ見守るしかなさそうだ。
いや、そうなってもずっとそばにいられるんだからな。
長い人生の先にある幸せを楽しみにしておこう。
「巫女、かわいい。この服が一番巫女らしい」
「そぉ?紀京はすっぽんぽんが一番可愛いけどねぇ」
「み、巫女!?何言って…!!」
「こことか、ここの筋肉がいいの。あとこことか」
「ひゃっ!」
「慎めばかたれ!」
いつもの締めで結局終わるのかよ。
でもな、息つく暇もないこの生活が俺を立ち直らせてくれたんだ。
紀京が居たから、そうなれた。
真っ赤になった紀京と、それに抱きつく巫女を見て俺は暖かくなる胸をそっと押さえた。
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