番外編:恋愛にはスパイスが必要
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巫女side
「紀京さま!スーツ姿も素敵ですわ!真っ黒なお姿が凛々しいですね」
「凛々しいけれど色気が溢れているのね。脱いだらもっと凄いんでしょうねぇ」
「いつも思っていましたが、力持ちですよね!田植えの行事も拝見しましたわ。腰もお強いですし。うふふ」
紀京の周りを女の子達が取り囲んで、チヤホヤしてる。
紀京は眉毛を下げて困ってるのに。
紀京は確かに腰が強いけどぉ。
「ありゃ全員不合格だ。ありえねぇ」
「ううん。そ、そうだねぇ」
「巫女。良いんだぞ。怒っても」
「うーん」
スズが不機嫌そうな顔で腕を組んでる。
そうは言うけど、良い加減各地の神社に仕える巫女さんを決めなければならないんだよねぇ。
神職も配置が決まって、あとは雑務や庶務をこなすサポート役が必要なの。
その、サポート役の面接が今日だったんだけど。
ボクも陰陽師兼巫女をやっていたからわかるけど、やってくる子達の雑念があまりにも強くて。紀京に取り入ろうとする人ばっかりだから面接が毎回無駄になっちゃう。
神職として宮司になった人達はちゃんとした人しかいなかったし、真面目な人ばかりだったのになぁ。
どうしたら良いのかなぁ。
「紀京様、側室はいつ頃お取りになるのですか?」
「そうですよ、古来の神様たちは奥様がたくさんいましたよね」
「たった一人でお支えするのは大変でしょう。あのように小さいお方では」
「夜もご不満なのでは?」
女の子たちがボクに目線を送ってくる。
やっぱりそう言う目的なのかぁ。
紀京の目が細まって、険しくなる。
「側室?うちの国ではそんなシステム認めていない。日本では一夫多妻はなかっただろ。ここでもそうだし神も同じだ。恋愛は自由だけど、俺は巫女しか愛してない。他の人なんて無理だよ」
スッパリ言い切ると、スズが満足げに頷く。
「では、お子様ができないのはどうしてですか?」
「私でしたらすぐにでも…」
「無駄な話をするな。不愉快だ。君達は全員不合格。帰ってくれ」
紀京が不機嫌そうに纏わりつく女の子たちを振り払って、こっちにやってくる。
あらー。結構怒ってる。
「紀京様!」
縋りつこうとした女の子が手を差し伸べた瞬間、ピーッと音が鳴り、その子が弾かれ、砂の上に転がる。
それを見て、紀京がさらに悲しい顔になる。胸元にさした扇に手をかけて、戻して目を瞑る。
走ってきた紀京が手が伸ばしてくる。
ボクはそれを受け止めて……ぎゅっと抱きしめられた。
「紀京」
「ごめん。我慢できなかった。ごめんな」
紀京の悲しい気持ちが伝わってきて、ボクも悲しい気持ちになる。
抱きしめ返して、背中をトントン叩く。
「あとは俺がやる。社に戻ってろ」
スズが土笛を吹いて、紀京のハラスメントシステムに弾かれた女の子を回復する。
べしっ!と大きな音を立てて。
あれは逆に痛そう。張り手みたいな回復なんだよね。スズのは。
「紀京、いこ?」
「ん」
手を繋いで、サクサクと庭園を歩いていく。
しょんぼりした紀京がため息を落とす。
「子供って、作らないといけないのかな。巫女があんな風に言われるなら」
紀京が眉を顰めてる。
「そんな風にして良いものなのかなぁ?そもそもあの子たちには関係ないよ。ボクと紀京が決めることでしょ?」
「そうだけど、巫女のことを言われるのも、側室って言葉を聞くのも耐えられない。俺のせいで、巫女が悪様に言われるなんて思ってもみなかった」
「紀京…」
紀京の優しい灰色がゆらゆらと揺れてる。
足を止めて、両手を握って背伸びする。
わずかに届かない距離を紀京が近づいてくれて、唇が触れる。
優しい紀京。そんなことで苦しまなくていいのに。
あの子達を傷つけた事も、苦しんでる理由の一つ。
紀京は本当に優しいから。
勘違いさせるから回復しなかったんだよね。ちゃんとわかってるよ。
「紀京、家出しよっか?」
「へ?家出??ど、どこに?どうして??」
びっくりした紀京の顔をじっくり見る。
疲れた顔。
ずっと忙しかったけど、事務所では眷属が働いてくれて、川上さんもしょっちゅう来てくれるし。
ヒーローが沢山味方についてくれたから警察も手が空くようになって、エンもヒョウも事務所に来てくれた。
突然暇ができたから、紀京は疲れがどっと出てきたんだと思う。
少しでも休ませてあげたいし、落ち込んだ気持ちを消したい。
「どこでもいいの。二人だけで、誰もいないところに行こ」
「巫女…?」
「いいぞ。行ってこい」
スズが後ろから歩いてくる。
さくさく、と砂利を踏みながらボク達を追い抜いて、すれ違いざまにニヤリ、と微笑む。
「見逃してやる。ちゃんと帰ってこいよ」
「えぇ…公認の家出とかあるのか??」
「ふふ、スズありがとう」
片手を上げてゆっくり歩く、頼もしい相棒の背中を見送った。
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「ほぁー」
「はー。気持ちいいねぇ」
神界から降りて、街からかなり離れた山奥の宿にお泊りに来てます。
みんながおすすめを送ってくるから、家出じゃ無いよね。これ。
その中でも人がいないところ、と言われてるお宿に来てみたら、もう予約してあって。
スズに完全に読まれてる。こわい。
こんなに山奥にあるとは思わなくて、びっくりした。
小さな宿は茅葺の屋根がついていて、おじいちゃんとおばあちゃんが趣味で経営しているんだって。
埴生の宿ってこう言うこと?な感じの、とっても大切にされた古い家屋を見て紀京がニコニコしてた。
美味しいご飯をいただいて、楽しみにしてたお風呂に入ってるところ。
とろとろした乳白色のお湯。
ほわほわとたちのぼる湯気の向こうには白銀の雪が降り積もってる。
夕暮れ時の露天風呂、二人きりで広い湯船の中、ぴったりくっついて空を眺める。
黄色、橙、朱、白、いろんな色が鮮やかに流れて、だんだんと真っ黒な夜の闇が広がっていく。
風が冷たいけど、お湯が熱めだから本当に気持ちいい。冷たい空気で頭が冷えて、体がポカポカして。あー気持ちいい。
ぼーっとしてると、空には満点の星空が浮かぶ。なんて素敵なところなんだろう。
「冬の温泉ってこんなに気持ちいいんだな」
「本当だねぇ。山奥だから誰もいないし。貸切だから一緒に入れるのいいねぇ」
腕に体を絡ませると、紀京が真っ赤になる。
「み、巫女!当たってる!」
「当ててるんだよぉ」
「うっ…」
体が硬くなって、目をつぶってプルプルしてる。
そういえば、ハラスメントシステムがちゃんと動いたの今日初めて見たかも。
ボクは最初にワンちゃんが設定してから何にもいじってないのに、紀京に作動したことは一度もない。
紀京も一度もボクを弾いたことないし。
「紀京ハラスメントシステムちゃんと入れてるの?」
「入れてる…けど」
「あの子達弾いてたもんね?普段は我慢してるの?」
「ん、まぁ。あれは心理状態が勝手に作用するものだからさ。最初から拒否はしないように気をつけてはいる。
巫女に対しての発言で完全に無理になって弾いたんだろうな」
「はーん。ということはイザナミの肉まん攻撃はいやじゃないってこと?」
「ち、違う!!イザナミは何故か作動しないんだ」
「姉姫様もだよねぇ?」
「そ、それはその…」
イザナミは本当にシステムを歪めてそうだけど、姉姫様は違う。
なーんか最初から紀京は照れたりしてて、モヤモヤする。
「紀京って姉姫様みたいな人が好きなの?」
「俺が好きなのは巫女だけだ」
「でもたまにくっついてるよね?」
「そ、そういう意味じゃないだろ?サクヤはツクヨミと夫婦なんだから。夫婦ならそういう意味じゃない」
「ふうん?」
紀京はずっとこう。夫婦っていうものに対しての認識がすごく堅い。
イザナミの対処が雑なのも、イザナギという夫がいるのにそういう事をするのが本当に理解できないって感じ。邪な気持ちなんか無いはずなのになんで揶揄うんだ?って本気で思ってる。
姉姫様はツクヨミの妻だからそういう意味はないって信じてるし。
イザナミは微妙なところだけど。お互い生まれてすぐ二神だけしか存在しなかったし、好きでくっついたわけじゃ無い夫婦だから。紀京の事、最初は本気で狙ってたんだ。
今もちょっと怪しい時はある。
対して、姉姫様は姉としての接触しかしてない。
でもくっつかれると、ボクがモヤモヤするんだ。その辺わかってるの?
「巫女?どした?そんな顔して」
「ボクは旦那さんの身持ちを堅くして欲しいです」
「えっ!?浮気なんかしてないよ」
「そういう事じゃないの。女の子に触られるのが嫌なの」
「わ…ヤキモチ妬いてくれるのか?嬉しい」
ニコニコしながら紀京が寄り添ってくる。
もう。何しても喜ぶんだから。
困った人。
「巫女が言うならそうする。うまく避けられるように、回避でもスキルショートカットに入れとく。もう女性に絶対触れないし触られないようにする。本当に嬉しい」
「むーむー。」
ボクは随分前からそうしてる。
そもそも触られることなんかない。
紀京がガードしてくれるから。
「紀京、身代わりはちゃんと外したんだよね?」
「ウ、ウン?」
あっ。目を逸らした。
ショートカットから外したって言ったのに。また戻したんでしょ。
「いくら海に盾スキル習ったからってダメだよ。ボク紀京の身代わりスキル地雷だからね」
「うぐ。わ、わかった。」
画面をぽちぽちしながらため息ついてる。
ダメだよ。本当に。
一番怖いのは、紀京が殺される可能性を生んでしまうこと。
今日の話は、結局のところそこに行き着く。
神殺しは血縁でしかできない。
だから、子供を作るのが怖い。
エンの初宮参りの時に、イザナミに追加知識を教わってちゃんと手順を踏まなければ子供ができないことは、お互いもう知ってる。
でもボクも紀京も怖いことは一緒。
ボクは紀京を殺される事を、紀京はボクを殺される事を恐れている。
ボクが殺されそうになったら、紀京はあのスキルを絶対使う。
もう、そんなのは嫌なの。
お互いあの時のことは大きな傷になって心の中に残ってるんだ。
手のひらからこぼれ落ちた紀京を思い出すと、苦しくて苦しくて息ができなくなる。
「紀京。好き」
「ん、俺も」
おでこをくっつけて、キスしてこようとする紀京を止める。
「巫女ぉ」
「んっふふ」
紀京は、いつまでボクのことを可愛いって言ってくれるだろう?ずっと小さいままで、年上のボクを。
心は大人になっていくのに見た目は変わらない。
いつか飽きられてしまうんじゃないかって、時々不安になる。
「そんな事になるわけないだろ」
「んぁ。頭の中覗かないでよぉ」
「巫女は俺の中ちゃんと見ててくれよ。誰にくっつかれたって巫女の事しか考えてないし、巫女しか好きじゃない。何回言ったって足りないんだ。
どれだけ好きなのかわかってるだろ?」
「うん…」
「言葉で足りないから、キスの先があるんだってわかった。
そう言うのはその、ずっとしたいし、くっつきたいし、キスしたい。本当にずっと変わらない。
だからそんな顔しないでくれよ」
「うん。…ごめんね、紀京」
ちゅっと音を立ててキスすると、抱え込まれて唇が深く重なってくる。
蜜を絡めるように掬い取られて、鼓動が早くなる。
「巫女、お布団行きたい」
「うん」
手を引っ張られて湯船を上がり、真っ赤になった紀京の耳を見て…どうしようもなく心が満たされていくのを感じた。
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「それで、お互いキスマークだらけで帰ってきたと。なるほど?」
「すまん」
「すみませぇん…」
スズやイザナミ、イザナギとツクヨミ、サクヤ、この前神様になったばかりの影が取り囲んで頬杖をついて事情聴取されてます。
この場合は情事聴取?
「あの、そう言う話を聞くのはお決まりなんですか?」
真っ赤になった影が顔を覆ってる。
「こいつらは世間知らずだからな。こう言う事は根掘り葉掘り聞かないと、変な方に転がっていくんだ。ウチの決まりなんだよ。影も慣れろ」
「うぅ。はい」
「神殺しが怖くて子が産めないとは。二人はどこまでバカップルなんだ」
「私たちだって同じでしょう。ツクヨミ。私は欲しいけれど、あなたが嫌がるからですよ?どこまでも紀京にそっくりですわね」
「うぐ」
「吾子達は臆病だな。殺されなければ良いだけのことだろう?何を恐れるのかわからんな」
「イザナミ。愛が深い故だ。子供ができれば同じように愛するだろう?愛する子が自分を殺したいと思ったら、受け入れてしまうよこの子らは」
「あぁ、そう言う事か。めんどくさい」
「イザナミなら返り討ちにするもんな。」
「清白だってそうだろう?」
「あいにく俺はそう言う予定は本気でない。」
「ふむ?」
スズがボクたちをうっとり眺めながら、ため息をつく。
「最推しカップルがいるのに、自分の恋愛なんか興味ないんだよ。もっとやれと思いながら、慎めって言う役割を手放す気はない」
「お前も面倒な拗れ方しているな。過激派ばかりで紀京達も厄介だろうに」
「イザナミ、わかってないな。俺は二人に容認されてる。許されてる過激派なんだ。そうだろ?」
紀京と目を合わせて、思わず笑ってしまう。
「確かにな。清白に言われるのは何一つ嫌とは思えない」
「そうだねぇ。スズは特別だからねぇ」
スズが胸を張って、得意げにふんふん言ってる。
仲間内でヘンテコな変化を遂げてるスズはボク達にとっても大切でかけがえのない人なんだ。
「そこで提案だ。お前達、今後は市井に正式に降りるのはやめろ。」
「「えっ」」
スズが真面目な顔になる。
「身近にいる力ある者、という状態は、黎明期にのみ許される。
紀京が望むゴールへの第二段階に移るべきだ。
お前達を誰にも見せない、触れさせない。偉い人を現世の世界に交わらせるのはここまで。
紀京にあんな態度で迫ってくる事自体あってはならない。巫女を悪様にいうのも許されない。
偉い、偉くないじゃなく、このまま交わるのは現世にも、お前達にもよくない。今回の事でよくわかっただろ?」
「そうか、そうするしかないのかも知れないな」
紀京がしょんぼりしてる。
紀京はみんなと田植えをしたり、工事を手伝ったり、相談所で話を聞くのが好きだから。
何よりも皆を平等に思っているからそうしてきたけれど……そろそろ離れないといけなかったのかな。
「がっかりしなくてもいい。お忍びならいいんだ。
お前たちの価値を正しい位置に戻し、ごくたまに人の行いを助けたり、本当にたまになら姿を見せるのはいいんだよ。
お忍びならいくらでもやればいい。
何も変わらないさ。面倒かもしれないが、自分の身を守る事、現世が自分たちの力で立ち上がる力を付けさせてやらなければならない。
時には助けないことも必要だ。子離れってやつだよ」
「子離れか……そうだな。最初からそのつもりではいたが、もうそこまで育ったか」
「紀京は近くで見てるから分からないんだ。少し離れて、遠いところから見ろ。
そういう時期だよ。
影のような人間が出てきたのがいい証拠だ。
独り立ちしようとする子供を邪魔したらダメだろ?」
近すぎると見えない事もある……。
僕たちも長く一緒にいるならそう言うスパイスも必要なのかもしれないなぁ。
黄泉の国に行った後の紀京すごかったもん。あの時には知らなかった事が今は知識として存在するし。
どうなるのか気になってる。
「いやだ。」
「へっ!?」
紀京が急に抱きしめてくる。
「巫女が離れたら俺バーサーカーになるからな。絶対にいやだ」
「でも今の話だとそう言う流れかなって」
「巫女の言う事なら何でも聞くけどそれだけは無理。一人になりたいならそうしても良いけど、俺は隠れてついていくぞ」
「えぇ?なぁにそれ。すとーかー?ってやつじゃない?」
「そうだ。俺は巫女のストーカーになる。それでも良いなら好きにしても良い。でも、離れてた期間の十倍は離さないぞ」
必死な様子の紀京を見て、なんとなく違う角度からの扉を開きそうな気持ちになる。
「それは良いかもしれないなぁ」
「巫女ぉ」
「だって十倍でしょ?いい保険になるよねぇ」
「なんでだよ!保険なんか要らないだろ?俺は巫女が好きなの。そんな事しなくたってずっと一緒だって言ったじゃないか」
「んふふ。じゃあ時々にしようかな。紀京をいじめるとかわいいなぁって今思った」
「うぅ。ひどいよ。」
胸元にぐりぐり顔を押し付けられて、ボクは満足する。
んふふ。これはとてもいいです。
「あー。こりゃ重症ですな」
「影、こう言う時はほっとくのがいい。当てられるぞ」
「いやぁ、それもなんだか癖になってきますなぁ。こう、抉られるのが快感と言いますか」
「なかなかわかってるな。過激派組織に入れてやろうか」
「おお!是非に」
「二人ともやめてくれ。そもそも過激派ってなんだよ」
ボクをぎゅうぎゅう抱きしめながら紀京が苦い顔になる。
「紀京と巫女がだいしゅきその笑顔見守りたい一生推すって派閥」
「おお、それはいいですな」
「聞くんじゃなかった……」
「んふふ。面白ぉ」
紀京の困った顔を見ながら、スズが今後はその方向でな。と言いつつみんなにメッセージを送ってる。
手が空くなら、二人で色んなことを試してみるのもいいかもね。
これから先がもっと楽しみになったなぁ。
紀京の灰色の髪を優しく撫でて、僕の名前を呼ぶ唇をなぞった。
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