第三十二話 大人の階段登らされる
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「紀京!事務員の評価書類出来たカ!?」
「ちょまって川上さん!あと、あと5分!!!」
「ダメ!その後電車の車掌面接の履歴書チェック、あと時刻表のチェックもあル!」
「ぐぇ」
「紀京!物価の上がり幅がおかしいぞ。野良マーケットの視察に行かなきゃならん。後任せた!」
「えっ!!清白抜けるの!?嘘でしょ!!」
「俺が帰るまでに新聞社の立ち上げ資料に目を通しておけよ!ハンコもな!」
「ヴァーーー!!!」
現在地、神域。本社社内の事務所……。
毎日毎日忙しくて、昨日ちょっと落ち着いたと思ったらこれですよ!
もう何日巫女とイチャイチャしてないのかわからん。精神力尽きそう。目がマジで回ってきた。
なんでこんなに忙しいの!?
川上さんは黄泉の国の電車開通のために神界に来てる。
黄泉の国の仕事を紛らせて仕事を増やしたり、手伝って減らしたり、川上さんマジ何してるのっ!?
でも川上さんすごいよ。溜まっていた書類が彼女が来てからあっという間に殆ど片付いた。
優秀すぎる。うちに来てくれないかな。
「おーう紀京。今月の犯罪者指数の書類と収監者名簿。あと公道での交通ルール講習会の日程持ってきたぞ。ハンコくれ」
「紀京氏~!収監した囚人さんでそろそろ外に出られそうな人のリスト、持ってきたッス。チェックして欲しいんですけど、あとハンコくださいッス」
「紀京、八幡の藪知らず内で迷子が出たようです。捜索隊を派遣しましたが戻ってきません。探索に行きたいのですが。ハンコは私はいいです」
書類が飛び交う中で獄炎さん、美海さん、殺氷さんまで現れる。
なんでみんなハンコハンコ言ってるんだ?
とりあえずしっかり見て、ハンコだけ押しまくる。
「よし行こう。人命優先!イザナミ!イザナギ!川上さん!あと頼む!!!巫女、行こう!!」
「はぁーい」
巫女が涼しそうな浴衣姿でとんとん、と揃えた書類をチェック済みのボックスに入れる。
はぁ。綺麗だ……。
「ちょっ、紀京!お前の印鑑が必要なのばっかりじゃないか!」
イザナギにハンコを投げる。
あとウィンクも。イザナギはこれでめちゃくちゃ働いてくれる!
「はわわ…紀京しゅき…」
「イザナギ、紀京のファンサに湧くのをやめろ。ふぅ。やっておくよ。紀京は少しダンジョンで羽を伸ばしておいで。後で2人っきりで夜の散歩でも行こうか」
「イザナミ!ありがとう!散歩は行かないぞ!肉まん押し付けてくるだろ!!」
叫びつつ書類を俺も提出ボックスに突っ込み、ダンジョン用の変装に着替える。
一応有名人になってしまったので。
そういえば、イザナミ変だよな?なんで黄泉の国に留める必要が無くなったのに色仕掛けとやらをやめないんだ??
まぁいいや。
八幡の藪知らずなら中級装備だな。
ポチポチ。
「紀京、メガネ。あとハンコは後でいいから持っていけ。失くすなよ?」
「おっ?ツクヨミ帰ってたのか。気が利くな……今日は止めないのか?」
ツクヨミが苦笑いで変装用の伊達メガネとさっきイザナギに投げたハンコを渡してくる。
「さすがに一週間缶詰だからな。たまにはいいだろ。ゆっくりして来るといい」
「えぇ……??」
一週間もここにいたとは知らなかったぜ!ここも立派なブラック企業だな!俺社長だけど!
「紀京、おにぎりですよ」
「サクヤ?あ、ありがとう」
サクヤが満面の笑みで竹の皮に包まれたおにぎりを渡してくる。ノリのいい匂いだ。
「紀京、私も書類やっておきますから巫女と二人で頼みます」
「えっ?なんで??それなら、殺氷さんが行けばいいのでは?」
「わ、私もたまには書類仕事をしたいんです!ほら!早く!」
「俺と美海もやっといてやる。はよ行ってこい」
「えぇぇ???獄炎さんたちも来ないの?なにごと?」
「紀京、準備できた?」
「あ、あぁ、うん。行こうか。」
「はあい!では!座標:八幡の藪知らず……」
「あ!巫女!待て待て。今日は途中にある店で買ってきて欲しいものがあるんだ」
「へっ?エンのおつかい?何買うのぉ?」
巫女がワープ先の座標を定めようとした瞬間、獄炎さんがメモを渡してくる。
なんかおかしいな?
みんなやけにニコニコしてるし、いつもなら迷子とか助太刀に我先にと食いつくのに。
殺氷さんは書類仕事リアルでうんざりするほどやったからっていつも避けてるのに。
「なんか変だな?殺氷さん。何隠してる?」
「な、何も隠してませんよ?」
じっと目を見つめて、手首を掴む。
脈が早い。目が泳いでる。眼球が左を見てる。嘘ついてるな。
「殺氷さん?俺の目を見てもう一度。」
「あわわわ……」
「紀京、いこ!おつかい結構あるから、帰り道に寄ろ?お買い物デートだねぇ」
巫女が戻ってきて、腕にくっつく。
久しぶりの接触……!!
「はっ!?デート。よし行こう。サクッと迷子見つけて手を繋いで買い物しよう」
「んふふ。」
ホッとしてる殺氷さんとなにか企んでる一味達を眺める。
なんだろうなぁ。
「では今度こそ。座標:八幡の藪知らず入口!マスターアクセス!」
「いってら~☆」
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「迷子なんていなかった」
「なぁんだろうねえ?みんな何か企んでるよねぇ。ツナマヨ美味しいねぇ」
現在地、八幡の藪知らずの奥地。
全体を見て回ったが、結局迷子はいなかった。
2人して真っ黒衣装でお揃いのコート、黒縁メガネで変装までしたのに。なぜなのか。
「ツナマヨ美味しいか?約束してたのに、ずっと食べれなかったもんな」
「うん。ツナマヨが一番好きかも。紀京の作ったおかかも好きだよぉ」
「そうか。最近チーズが入ったのも流行ってるぞ」
「チーズ!美味しそぉ。今度はラーメンとそれ持ってピクニックしようね」
「そうだな、そう出来るといいんだが」
大騒ぎのワールド放送の後、俺たちは色んなものを立ち上げたり、事件解決したり、まだまだ先の長い繁忙期になってもうしばらく経つ。
季節は秋、冬を超えて今は春。季節の移り変わりもリアルと同じ周期になった。
竹林に囲まれたここにも山桜があって、ヒラヒラ舞い散る花びらの中でサクヤが持たせてくれたおにぎりをかじってる。
どうしてこうなった??
「紀京…ちょっとくっついていい?」
「んぁ。聞かなくてもいいよ。俺は24時間365日くっつきたい」
「んふふ」
おにぎりを食べ終わった巫女がくっついてくる。ふぁーひさしぶりだ。ドキドキする。ふわふわする。
んー……幸せだな……。
俺もおしぼりで手を拭いて、巫女を抱きしめる。
「結婚式いつ出来るかなぁ」
「うぐっ。まだ全然準備出来てないもんな。ごめん」
「紀京が謝ることじゃないでしょ?ずーっと一緒なんだもん、焦らなくていいよぉ。でももうちょっとくっつく時間欲しいな」
「俺もだっ!!!…夜は一緒に寝られるようにしような。寂しい思いさせてごめん」
「もーごめんはいいの。お仕事中にくっつけばいいんじゃない?」
「それはいいアイディアだな」
「んふふ……」
巫女の頬を包み込んでキスしようとしたその時……すぐそばの茂みからガサガサと音がする。
二人して飛び退ってじっとそこを見つめる。
なんだ?何かいる。
小さい……生き物?
「「「アキチカー!!」」」
「あきちか」
「あれっ!?ゾンビ達だよな?うわ!久しぶりじゃないか!」
赤、青、白、黒のゾンビだった頃の声。
小鳥さんになってる。
「紀京知ってるの?」
「知っている姿とは違うが、黄泉の国で世話してくれたゾンビ達だと思う。こっちおいで」
しゃがんで手のひらを差し出すと、ちょんちょんと小さい足で手のひらに乗る。
クロは一拍遅れて乗ってきた。
相変わらずだな……かわいい。
「アキチカ、契約して」
「俺たち転生した」
「アキチカ!アキチカ!」
「イザナミ様が…行っていいよって」
おん?契約?転生??
「ど、どういうことだ?」
手のひらに乗せて立ち上がると、巫女がじっと鳥を見つめる。
「なるほどぉ、紀京の眷属になりたがってる。小さけどちゃんと神様だよぉ。お手伝いさんになりたいって」
「そ、そうなのか?ピィピィ言って可愛いな…契約ってどうしたらいいんだ?」
「ハンコ持ってる?」
「さっき散々言われたからポケットにあるぞ」
「さっきのはみんなはそれでかぁ。頭の上に判子押せば契約になるよ」
な、なんだよぉ!?そういう事か。
これのためにここに行ってこいってことだったのか。心配して損した。
「お前たち俺の眷属になりたいのか?黄泉の国には戻れないぞ?多分」
「ボクたちは行き先のないイノチだったの…あきちかにあえたから、生きたくなった。だからけんぞくにして。そばにおいてよ」
クロが…すごいしゃべった。驚きつつも他の三匹を眺めると、ニコニコしながら頷いてる。
そうか、それなら…いいのかな。うん。
ポケットからハンコを取りだして、ポンポンと順番に頭に押していく。
不思議な作業だなこれ。
「うん、ちゃんと紀京の眷属になったよ。良かったね」
「お、おん。よく分からんがまぁ可愛いし…皆よろしくな」
「アキチカ!皆でお仕事手伝います」
「オレ決済手続き出来る」
「あたちも出来る」
「ボクも手伝う」
なんか知能が上がった気が。助っ人してくれるのは嬉しいな。クロはボクっ娘なんだな。
「そうか、みんなよろしくな。さてそれじゃデートして帰るか」
「うん」
巫女と手を繋いで帰ろうとすると、またもや茂みがガサガサ……ってイザナギとイザナミじゃないか。
「な、何してんの?!」
「やぁ紀京。ここに来てもらったのはそれだけじゃないぞっ」
「ふふふ…今晩必要な知識を与えるためだよ」
巫女と顔を見合せて、はてなマークを浮かべる。
「今晩?なんか予定あったか?」
「今日の夜はフリーになってるはずだけど。なんだろねぇ?」
イザナギとイザナミが懐からホワイトボードを取り出して、白い板にマジックで文字を書いていく。
「夫婦の営みについて?」
「そうさ。お前たちが知らない大人の世界だ。キスの先ってやつだよ。叩き込んであげるからしっかり覚えるんだ」
「イザナミ、変なことまで教えるなよ?」
「ふふふ……パターンは沢山あるからねぇ。まずは基礎知識からさ。そこにおすわり。長くなる」
微妙な顔のイザナギとニコニコ、いや、ニヤニヤしてるイザナミに言われて、ぽんっと出てきた椅子に腰掛ける。
なにこれ???
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「…………」
「知らなかったねぇ。アレがそーなってこーなるなんて」
「み、巫女…それは口に出したらダメなやつ」
「あ、そうだった…でもやった事ないからどんなのかわからないね?」
「そ、そうですね」
ハラスメントシステムの真髄を知った。
俺は、頭がパンクしそうなのを初めて経験した。無理。もう無理。忘れたい。
美海さんの事件の真相まで理解してしまったじゃないか…くぅ。
「と、とにかくだ!別にしきゃならないもんでもないし!買い物に行こう!!」
「そうだねぇ。んーと、最初は美容室?」
こういう時はもう何も考えないでやる事やって、本社に戻って、仕事をするんだ!!!
眷属の小鳥達はイザナミたちが連れてってしまった。ぐすん。
巫女の手を握りかけて、思わず躊躇う。
なんの抵抗もなく触っていたが、あれやこれやを知ってしまうと、なんか!うぅ。
「紀京?お手て繋ごうよ」
「うぐっ…うん…」
巫女の手を握って、柔らかい感触が伝わってくる。
くそっ。なんなんだこんな知識頭に入れやがって…純粋にくっつきたかったちょっと前とは、訳が違うと体が勝手に意識してしまう。
ああぁーーー大人になりたくなかった。
どうしよう。巫女が嫌がってたら。そういう意味じゃなくても変な考えが過ぎる。
「紀京?ボク紀京になら何されてもいいんだよ?」
「みっ……巫女!?」
「おてて繋ぎたいし、くっつきたいし、他のことも。紀京だけだからね」
「はい…」
左手を繋いで、薬指の指輪がその存在を伝えてくる。俺だって、巫女になら何されたっていい。
でも、傷付けてしまうのが怖い。
接触自体にも色んな意味があった。
なんにも考えてなかったし、ただ触りたかっただけなのに、自分の行動の何もかもがいかがわしく思えてしまう。
巫女が曇りのない笑顔でじっと見つめてくる。
ええい。なんかもう考えるのやめる!
変に意識して巫女とくっつけなくなるのは嫌だ!さっきのアレコレはほっとこ。しらん。
「美容室ってどこに行くんだ?」
「ルチルクォーツってとこ」
「へ?それ美海さんの美容室じゃないか。お遣いなんだよな?」
「うーん?とりあえず行こ!」
「うん……」
巫女と手を繋ぎ、美海さんの美容室へ向かう。
なんか嫌な予感するな???
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