第十九話 はじめまして、おとうさん
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カコーン──
んん?鹿脅しの音がする。
チョロチョロと水の流れる音、風が吹く度にシャラランと優しくて澄んだ鈴の音。水琴鈴って言ったかな?
木の葉がこすれる音、鳥の声、色んな音がしてる。
風に乗って香ってくるのは、湿った土の匂い、緑の葉の爽やかな香り、それと、巫女の桃の香り。
重たい瞼を開くと、想像通りの日本庭園が広がっている。
苔むした灯籠に、整った形のモコモコした松や大きな池、真っ白な砂がしかれた庭。
自然のままのように見えるが、これは作られた庭だ。
日本庭園の様式。
俺たちが寝っ転がってる石畳は、掃き清められてチリひとつない。
「うぅ。紀京、スズ、大丈夫?」
「大丈夫だぞ。巫女は?」
「ボクは平気」
「お前ら、目眩してないのか?俺…ぐるぐるしてるんだが…」
清白が額を押えて眉を顰めてる。
おろ、どしたんだ?状態異常かな?
清白の腕を掴んで法術をかける。
「すまん、もう大丈夫だ」
「スズ、無理しないでね。乱暴に引っ張られたから精神力削られたかも。ボクもちょっと消耗しちゃった」
「あぁ」
「「…………」」
二人してじっと見てくるが、このパターンそろそろ飽きたぞ?巫女はいいけど。
見つめられるとドキドキするな。
「ええと、どした?」
「紀京は何ともないのか?」
「何ともないな」
「ある意味神界は精神世界だから、紀京は無双かも?」
「そうなのか?鍛えておいてよかったなぁ」
なるほど、さっき魂になるって言ってたもんな。
起き上がったばかりで頭ぽやぽやしてるが、ホントに何ともない。
いつまでも座ってるわけに行かないし、巫女の手を取って立ち上がる。
黒いコートの砂をペちペち払う。
俺もやってもらお。
黒い服ってこういうのめんどくさいな。
「ありがとな、巫女」
「ううん。紀京もありがとう」
「早速イチャついてやがる」
「なんだよ。清白もして欲しいのか?尻こっち向ければいいだろ」
「尻とか言うな。自分でやる」
「ふふ、面白い」
ふと、耳に新しい音が聞こえた。
ヒタヒタ、足音がする。
冷たい気配、だが少しだけ優しい雰囲気。
「あに様」
「桃ちゃんすごく久しぶり。元気だったか?」
巫女を桃ちゃん呼びか。ほとんど白に近い灰色の長髪、背の高い男性が裾の長い唐装で現れる。チャイナ服の男性バージョンか。
顔つきが俺にそっくりなんですけど。
俺より細い猫目に、灰色の瞳。かなり細身でシュッとしてる。ふわふわ微笑んで、優しそうだ。
この人もしかして。
「君が紀京か。お供は清白だったかな?私は月読命。私のことを知ってるみたいだな?」
「あに様、虐めないでね」
「わかっているよ。それにしても、私に生き写しだな?紀京。髪もほとんど同じ色だ。」
「あ、はい」
ゆらりと細まる瞳が俺を上から下まで見つめてくる。
…居心地悪い。俺は鏡を見てるみたいでいたたまれないんだが。
「装いが無粋だな。貸してやろう」
白くて細い指でつつかれると、月読命と同じ服装になる。
清白も同じ格好に変えられた。
ヒラヒラ服ばっかりで若干胃もたれしそう。
「桃ちゃんは?何にする?」
「動きやすい服」
「ん、了解」
あー、声と喋り方まで似てる。ちょっと癖があってたまに胡散臭いと言われる俺の声。
ここまで他人でも似るもんなのか?
月読命が巫女に触れると、水干姿になる。上衣が白、下の袴が赤。これは舞を舞う白拍子の水干姿だな。
パッと見神社でよく見る巫女さんぽい。
「裾が長いよぉ」
「しゃーない。お前の正装だからな。ちょっと短くしたんだから歩けるだろ?さ、行くぞ」
月読命が巫女に手を差し伸べるが、俺と手を握ってくれる。
おぉ、なんか俺が振られたみたいに見えて複雑な気分だな。
「ちぇっ、なんだよ。紀京の方が好きか」
「そりゃ好きじゃなきゃ夫婦にならないよぉ」
「巫女、俺も好きだぞ」
「んふふ」
「正しく慎めよ!ここまで来てそれかっ!」
清白に突っ込まれるのを見て、口を押えて月読命が笑う。
「くっくっ。お前らおもしろいな」
悪役みたいな笑い方だな。
先導しながら歩き出す月読命。
時々ふりかえって、俺たちに歩調を合わせてくれてる。優しいな。
もう、ツクヨミでいいか?
喋り方まで似てるのなんなんだろうな。
「紀京が似てるってのは本当だったんだな」
「俺もびっくりしてる」
「お喋りも似てるでしょ?でも」
みこが繋いだ手に力を入れて、頬を染める。
「紀京が一番すき。かっこいい」
「そ、そうか、俺もだよ。おっほん。あぁダメだ、顔がニヤける」
「緊張感をもてよお前。はぁ」
「スイマセン」
「くっくっ」
だからそれ悪役の笑い方だってば。似た顔でやるのはやめて欲しい。
暫く石畳を進んで、整えられた木々の脇を通り、大きな社?いや、これは神楽殿か?朱塗りの大仰な建物が現れる。
壁はなく、高床式の建物の中は大きな柱で支えられて
それが半分上げられて中まで見える、スケスケのスケルトン状態。
お正月の動画で見た事がある。
お祝いの神楽を舞うための建物だな。
「履物はそこで脱いでくれ。座布団に紀京、桃ちゃん、清白の順番で座って。
兄上がいらしたら、平伏で迎える。
問いかけには必ず応えろ。無視するとチリになるぞ?それから、目を合わせてはいけない。顔を見てもいけない。気をつけろ。兄上は面倒くさい」
「は、はい」
「天照大神ってめんどくさいのか」
「スズ、しーっ!聞こえるからっ」
ツクヨミが俺たちから離れ、上座の奥に座る。
あれ?よく見たら反対側にも人が居る。あ、いや神様か。
ツクヨミと背格好が同じ位の女性だな。
長い黒髪が床に広がってる。一輪の花を耳元に差して、キレイな人だな。
服装は巫女と同じだ。
目を伏せて静かに佇んでいる。
「あに様の奥様だよ。
「ほお」
な、なるほど?ニニギはアマテラスの孫だったな。その元奥さんがツクヨミの現奥さんで?
ちょっと整理しよう。
まず、日本の神様はイザナギ、イザナミが一番最初の偉い神様。
イザナギが産んだのがアマテラス、ツクヨミ、スサノオ。
アマテラスの孫がニニギノミコト、この人が日本の天皇の始祖。
コノハナサクヤヒメは確かオオヤマミツミって神様の子供だったっけな。
イワナガヒメって神様と姉妹だ。アマテラスやツクヨミからしたら従兄弟になるのか?
もうめんどくさいから全員カタカナでいいよな?
巫女はイザナミを姉様と呼んでいるがなんかそう考えると変だな?
神話の由来としてはイザナミが死んで黄泉の国に行って、恋しくて追いかけたイザナギがゾンビのイザナミが怖くなって逃げて、そして逃げてんじゃねー!と追いかけられて、桃投げられて。
助かったイザナギが感謝して桃の木が神様になったんだ。
そして、こう言われた。
「汝、我を助けしが如く 葦原中津国に有らゆるうつくしき青人草の、苦しき瀬に落ちて 患へ悩むとき これを助くべし」
イザナギを助けたように、苦しみの激流に落ち、悩み苦しむ時に生きてる人を助けろって。
なぁ!そのせいじゃんかぁぁあ!!
巫女を苦しめた原因はイザナギだ。
許さん。
「ぐぬぬ」
「あれ?紀京なんか怒ってる?」
「俺はイザナギに一言言いたい。ここにいるのかな?」
「えっ!?なんで??ど、どしたの?」
「巫女は可愛い桃の妖精さんだったのに、イザナギが勝手に桃毟って、投げて、感謝して、神様にして、人を救えって言ったんだよな」
ポカーンとしてる巫女と清白。
俺、結構頭にきてるんだぞ。
「イザナギのせいで巫女は大変な目にあったんじゃないかっ」
「え、えぇ??始まりはそうかもしれないけど、うーん」
「一言文句言いたい」
清白が頭を抱えてる。
巫女が耐えきれずに笑い出す。
「んっふふ。怒らないで?そうでなきゃ紀京に出会えなかったでしょ。だからいいの。紀京と一緒なら他の事なんか、なんでもいい」
「……巫女……」
思わず抱きしめてしまう。
「うぅ、かわいい」
「ふふ、緊張してたのがどっか行っちゃった。ありがと、紀京」
「…俺勝手に怒ってただけだけど」
「んふふ」
「さすがにそろそろ慎め。なんか来るぞ」
シャン!と神楽鈴が鳴る。鈴なんかどこにもないのに不思議だな。
姉姫様と呼ばれたコノハナサクヤヒメとツクヨミが平伏する。
それに倣って俺達も同じように頭を床につける。
怒ってた頭にひんやり気持ちいい。
木の床は磨きあげられてピカピカだ。
「「天照大神がおいでになりました」」
俺そっくりの声と、ふんわりしたやさしい声がハモって伝えてくる。
頭の上からやたら眩しい光が降りてきた。
さて、俳句合戦か?
「吾が娘オオカムヅミよ、久しかりけり。婚姻せしごと、まことか」
あれ?俳句じゃないな?古語か?
「
へぇ!ちちうえじゃなくておふがみさまって言うのか。
「汝か……名にたちは?」
目線が来たような気がするな。
「名を紀京と御伝ふべく申します」
清白が横目でぎょっとしてる。
俳句の文字からの推測だ。
巫女もびっくりしてるな。ふふふ。
あっているかは自信が無い。
「ほぉ、道を拓く務めとな!ほおぉ」
なんか感心されてるんだが。
漢字は古語の場合も現代語も同じ意味なのかな。
俺の名前には新しい世界を拓く使命って意味がある。
我ながらかっこいい名前だと思ってるよ!
ふふん。
「あーもー面倒くさっ。ツクヨミ、お茶くれ」
「ちょっと、兄上。ダメですよ!我慢してって言ったのに」
えっ????な、何が始まった??
「もーいーぢゃん。古語飽きた。ギャル語の方が面白いッピ」
おもしろいっ……ぴ?????
ため息がふたつ落ちる。
姉姫様とツクヨミか?
「すまんな、兄上は威厳がないといけない立場なんだが、長時間持たないんだよ威厳がさ。昔は怖い顔してたから良かったんだが。
もういいよ、疲れたろ。お茶入れてやるから楽にして」
「そうそう。茶でもシバいて話しよ☆」
思わず顔を上げる。見ちゃダメって言ってたけど耐えられん。
ピカーっと光る黄金色の中に、何なくもやっと人の姿が見える。
「あ、紀京!?見ちゃダメ!」
「あ、桃ちゃん、ダイジョーブ!光量落としたぽよ!」
「…ぽよ????とと様……偽物???」
「なぁ、見ていいのか?」
「多分平気。何ともないぞ」
「眩しっ!」
「え?まだ眩しい?ごめんねぇ♪」
「???い、いえあの」
「はいはーい、ちゃぶ台ここに置くから、座布団持ってきて!桃ちゃん、本物だよ!とと様の顔見てみなって」
「………………」
巫女は呆然としてる。
自分の懐からちゃぶ台を取りだして…ってどこに入ってたんだ!懐からだす大きさじゃないよ。神様マジックか?
「顔はとと様だねぇ」
「ねっ!」
あ、この人巫女のお父さんだ。間違いない。
みんなでちゃぶ台を囲んで座る。
だいぶ光量を落としてくれたアマテラスが正面に座った。
ツクヨミが本当にお茶入れるの?
姉姫様は眉を下げて端っこに座ったままだ。
とりあえず俳句合戦は無さそうだな。
ピカピカの光を見据え、俺たちはため息を落とした。
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