第三十五話 サヨナラのハンカチ
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ほわほわ漂う白い固まりをツン、とつつく。
「ギャアアアア!!」
「悲鳴すごいな。すまんて」
現在地、姫路城。
姫路城は白鷺城とも言われる真っ白なお城だ。
江戸時代に刊行された『諸国百物語』という怪談集にも載った、女性の怨霊が君臨したお城。
刑部姫という人が元らしいけど。
ここのボスはその人だ。女性のボスは結構珍しいし、神様の名簿に載ってたんだよなぁ。ボス続行するらしいし。
天守閣に神社があって、結婚式をした後はそこにお参りするのが通例なんだ。
巫女と俺は夫婦の称号に変えて、手を繋ぎながらモブを一掃してる。
皆がガチ装備から普段着に変わってる。
見た目は全員真っ白な浄衣だ。
戦う気ゼロですかそうですか。
俺の友達は知らないうちに帰ってました。はい。次に会うのはいつになるやら。
「助太刀すら要らんだろ」
「紀京無双ダンジョンでしたね、ココは。」
獄炎さんと殺氷さん達も奥さんと手を繋いでトコトコ歩いてくる。
仲良しだな?なんか進展があったな、これは。
「つまんないっス!!新郎新婦がボロボロになるのが醍醐味のダンジョンなのに!」
「チッ。返り血すらついてねーし。クソっ。違うところにすりゃ良かった」
「おーい。うちのギルメンは酷いぞ。怨霊とは相性いいからなぁ。巫女の可愛い姿を汚す訳にはいかんしなっ!!」
「んふふ。紀京強いねぇ」
巫女に言われるとちょっと複雑だな。
お守りできるのは大変名誉です。
「あれ、もうボス部屋か。早かったな」
「紀京がつんつんしなくても、通るだけで祓われるからな!神気を慎めっ!!」
「清白、すまんて」
天守閣に通じる階段前に大きな広間がある。
黒々とした瘴気が満ちた部屋の真ん中に十二単の女性が座っている。
「あのー、お邪魔してもいいか?」
「はっ!?えっ!?紀京さま!?」
しゅるしゅると瘴気が引っ込んでいく。
「刑部姫、初めまして。俺の事知ってるのか?」
「も、もちろんでございます。我らの長たる紀京様を存じ上げない者などおりません!お会いできて光栄です!」
平伏してプルプルしてる。
うーん。ボス、なんだよなぁ。
「頭下げなくていいよ。ど、どうする?一応結婚式の後に刑部神社にお参りするのが人間の決まりでな」
「はいっ!ご案内致します!!!」
ごんっと勢いよく頭を床にぶつけて、額をさすりながら刑部姫が奥の階段を登って行く。大丈夫か?
後ろを振り向くと、なんとも言えない顔した御一行。
「なんか、ボス戦ないっぽいんだが」
「紀京だから仕方ないな」
「こんな二次会初めてッスね」
「なんかすまん」
ギシギシと音を立てながら階段をのぼり切り、頂上の天守閣にある刑部神社に到着。
鳥居の下で礼をして、お参りだ。
お賽銭を入れて、二拝二拍手一拝。
手を合わせて祈る。
「はわわ、恐悦至極でございます!!」
祈りを捧げる本体が真横にいてやりづらいな。みんなが幸せになりますように!巫女とずっと仲良しでいられますように!…よし。
「では、これをお持ちくださいまし。ご結婚おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます?」
ボスにお祝いされてしまった。
刑部姫がクッションを手渡してくる。
なんだこりゃ???枕?
表にyes、裏にnoと書いてある。
「なぁにこれ?」
「あら、奥様はご存知ありませんか?閨のお誘いに答える道具でございますよ。了承の時はyes、今日は気分じゃないわ、と思われましたらnoを表にして置けば宜しいのです」
「はぁーなるほど。だから結婚式の後にここに来るんだねぇ」
「……ナニソレ」
「わたくしめは縁結びと安産の利益がございまして。そのためにも皆様が訪れてくださいますの。
あら…炎華さんと仰るのかしら?赤子が見えますわね。おめでとうございます」
「「えっ!?」」
獄炎さんと炎華さんがビックリしてる。
おおう?そ、そういう感じ???
獄炎さん、心の整理がついたのか。良かったな。
「あと、櫻子さん?あなたにも。月末には分かりますわよ。おめでとうございます」
「「えっ!???」」
そ、そういう感じかぁ。
「二人ともおめでとうございます」
「……お、おう」
「ありがとう……ございます」
四人とも呆然としてるし。
「お前ら……慎まなくていいか。あとは紀京達だけだな。子守りが楽しみだ」
「オイラも楽しみだなぁ。そこは慎まなくて良いッスね!」
「ぬーん」
何だこの流れは。
生暖かい眼差しにいたたまれない気持ちになる。手の中の枕をぼんやり眺め、ため息を落とした。
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「紀京?なんでそっち向いてるの?こっち向いてよ」
「あばばば!無理っ!頭の中のキャパが容量オーバーです!!!」
「なぁんでぇ。久しぶりに一緒に寝るのにー!」
「うぐぐぐ」
あの後微妙な雰囲気のまま久しぶりに現世の自宅に帰って、お風呂に入って、お布団なう。
後ろから巫女が俺の寝巻きを引っ張ってプンスコしてる。
ダメだ……頭が沸騰しそう。
「紀京ぁ…寂しいよぉ」
「はい!すみませんでした!!!」
ガバッと向き直り、巫女を抱きしめる。
クソっ。イザナミ達にあんなこと教わらなければこんな風にならんかったのに!!!
「んふふ、やっとこっち向いた」
「ごめん、ホントに」
体をくっつけて、肩にキスを落とす。俺だって本当はくっ付きたいんだ。結婚式して、ちゃんと夫婦になったんだから…。
「ねぇ紀京、ボクはまだ赤ちゃん欲しいわけじゃないよ。もうちょっとだけ紀京を独占したいなぁ」
「お、俺だってそうだよ。ごめん、変な風に意識して」
あったかい巫女を抱きしめて、サラサラの髪の毛を手で梳く。
柔らかい髪が月光を弾いてほのかに輝いていた。
「んふふ。男の子はないーぶだってイザナミが言ってた。大丈夫だよぉ」
「マジですいません」
「紀京、結婚式とってもかっこよかったなぁ。スーツって言うの?お洋服似合ってたね」
「ん、巫女がそう言ってくれるなら良かった。巫女もすごく綺麗だった。俺の奥さんがこんなに綺麗な人だってあらためて実感した。……結婚してくれてありがとう」
巫女が絡みつけた腕に力が篭もる。
応えるように俺も抱きしめる。
もう自分の体にも馴染んだ桃の香り。みずみずしい甘い香りに酔っ払いそうだ。
桃の香りと言えば……
「そういえば巫女タバコ吸ってたけど、アレなんだ?」
「ん?あぁ、ボス戦前に吸うやつ?
あれは魔除だよ。陰陽師でも古くからやってる人は戦いの前に吸うの。
天然由来のものでしか意味が無いから今流行ってる電子タバコとかは無理だよぉ」
「へぇ、そうなのか。嗜好品としては使ってないのか?」
「ボクはね。あれは戦闘の道具だから。でも、もう必要ないよ」
「へ?なんでだ?」
胸元から巫女が顔を上げる。
か、かわいい……。
上目遣いで見つめられて、ほわほわしてくる。
「紀京とキスすると魔除になるの。紀京がとっても清らかな神様だから」
「俺が清らか???そうなのか?」
「うん。紀京は自分では気づいてないだろうけど。長い時間ヒーラーしてきて、スキルランク上げる時に神職の人がするような修行を受けてきたでしょ?
だからとっても綺麗な命なの。穢れひとつない、真っ白な魂だよ」
「真っ白か。そうならいいんだけど」
どうなんだろうな。今までの行いを思い出すと過去に一度、清白が騙されてリンチに遭った時…俺はブラックネームになった。
相手が手練だったし、俺自身もズタボロになったけど許せなかったんだ。
そう言えば情報屋に殺されかけたって言ってたな。あれの調査がまだ終わってなかった。
明日出社したらもう一度確認しないとな。
ふと、視線を感じる。
「紀京……かっこいいね」
「えっ…な、何で?どうしたんだ突然」
頬を朱に染めた巫女がふわりと微笑む。
「紀京が怖い顔する時って、人のために何か考えてる時とか、大切な人が傷ついて怒ってる時でしょ?
凄く、カッコいい。優しい心で、冷くなる目にドキドキする」
「ごめん、すぐ顔に出るんだ」
「ううん。紀京が表情に出すの、好きだよ。
なにか我慢してる時に眉を顰めたり、真剣な顔して皆と話してる時とか、あのその…」
「んん??」
もごもごと躊躇う仕草に驚く。
巫女がこんなふうになるのは珍しい。
やはり可愛いが。
「紀京が、黄泉の国に行く時……見えないのに切なそうにボクを見た時も、かっこよかった。
ボク……変だよね…ごめんなさい……」
「ほぁ。そうなのか?ううむ…疲れた顔が色っぽいとか言われた事あるな。
そういう顔の方がいいのかな?俺。」
複雑な心持ちだが、俺は巫女が言うならなんでもいい。
痛いのは勘弁して欲しいけど。
巫女がするなら、ちょっとならいいぞ?
「笑ってる時の顔とか、優しく見守ってくれてる時の顔も好き。へにょって眉毛が下がってる時も、泣いてる時も、ずっとかっこいい」
「そ、そうか。なんか今日は褒められてばっかりだな」
顔に熱が集まってくる。
まるで巫女に口説かれてるみたいなんだが。今日はどうしたんだろう。
「紀京の色んな顔がみたいの。好きだから。だからね、ボクだけに見せる顔がもっと欲しいな」
「へ?巫女だけに?」
「うん」
巫女の手が頬を包んでくる。
あっつい。随分体温が高い。熱でも出てるのか??
「巫女?熱がでて……」
ふにゅ、と唇が重なってくる。
何度も角度を変えて、啄まれて唇を舐め取られる。
巫女?!そ、そんなのどこで覚えたの!?心臓が止まりそうなんだけど!!!
唇も熱い。ほんとに熱が出てるんじゃ?
うう……頭が溶ける……。
「紀京、キスの先をしてもいい?紀京の真っ白な魂を染めるのは、ボクだけだからね」
「はぇ……えっ!?」
巫女に押し倒されて、うるうると濡れたように光るグレーの瞳が真剣に伝えてくる。
「み、巫女?どしたんだ」
「紀京の全部が欲しいの。ボクにください」
「ふぇっ……はひ……」
うっとり微笑む巫女の唇を迎えて、もたらされる熱に目を閉じた。
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「紀京。ボーッとすんな。決済印はよ押せ」
「…………」
「紀京!まだ仕事溜まってル!オイラ今日帰るんだからナ!巫女の匂いぷんぷんさせテ!新婚なのはわかるけどちゃんと仕事しロ!!」
「へーぇ。なるほど???」
「昨日はお楽しみでしたね?ッスか?」
「紀京やるじゃねぇか」
「習ったその日に実践とは恐れ入りますね」
机の上で頭を抱える。
「ヤメテ。俺の体力も精神力もゼロだ。許して」
どうして結婚式の翌日にみんな揃ってるんだ!!
しかも、しかも、昨日の夜…アレがソレして…………わあああ!!!
「ムリ……死んじゃう……」
「お、落ち着けよ。大丈夫か?」
たすたす、と近付いてくる軽い足音。
あわわわ……。
「紀京?どこか痛いの?死んじゃうって聞こえた」
「……み、巫女…イタクナイデス」
「どうして顔隠してるの?見せて」
「ム、ムリ……ユルシテ……ユルシテ…」
「紀京?昨日無理させたからかな。ごめんね」
「ちが……うっ…巫女の顔見れない…うぅう……」
巫女が踞る俺の顔をのぞきこんで、心配してくれてるのは分かるんだが!昨日の今日で無理だよ!!!
「普通逆ッスけど」
「紀京だからな。仕方ねーな」
「ハーやれやれ、ご馳走様」
「こうなるとは思いませんでしたね」
うるせぃっ!!俺たちはこうなんだ!!ほっといてくれ。
「紀京…閉じこもってないで出てきて?…ボクの神様」
顔を覆った両手に優しくキスされて、そっとその手を開く。
輝くような微笑みをたたえた愛おしい人。
肩に乗せた鳥たちが口々に「アキチカー」と囀ってる。
「うぅ。情けなくてごめん」
「ううん。かわいい紀京…大好き」
両手を握られて、唇に熱がふれる。
「俺も……だいすきだよ」
囁いて伝えると、巫女が笑みを深める。
巫女の後ろで清白が丸めた紙の束を肩にポスッとおいて、ため息をついてる。
アマテラスとツクヨミとサクヤは遠くのデスクで顔を並べてこっちをじっと見てる。
窓際で風に吹かれて獄炎さんと殺氷さん、美海さんが苦笑い。
イザナミの顔には気に食わない。って書いてあるし、横にいる川上さんは顔が真っ赤。
イザナギは目を隠してるけど、指の隙間から覗いてる。
「……なんか、いいなぁ。」
「ん?」
巫女がおでこをくっつけてきた。
ほわほわ、ドキドキ。幸せな気持ちだ。
「こうやって、俺たちはやっていくんだなって、そう思った」
「そうだねぇ。まだまだ先は長いけど。
ずーっと一緒に居ようねぇ……紀京」
「うん……」
窓辺からたくさん、桜の花びらが吹き込んでくる。
暖かな春の日差しが、麗らかに降り注いでいた。
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釣り人side
「うーん。今日は調子悪いなぁ」
一人呟き、別のルアーを取り出す。
紀京の結婚式祝いのお返しに貰ったやつだ。
もう何百年前になるのかな?懐かしいぜ。
ボロボロになったルアーに付け替えて、ひゅっと小さな池に投じる。
「……ヌシは釣れたか?」
ふと、暖かい風が吹く。
懐かしい、桃の香り。
しばらく切ってない髪の毛が頬を撫で、振り向かないまま応える。
「新しく実装されたやつは、まだ釣れねぇよ。なかなかしぶといんだ。…俺と同じでな」
「そうか」
俺の隣にしゃがみこむそいつ。
長らく現世を離れて、神界から出てこなくなったと思ったら。
ようやくやってきたな。
「元気だったか?」
「そっちこそ。最近じゃとんと見かけなくなったからな」
「ふふ……まぁ色々あったしなぁ。もう、俺達は現世には必要ないんだ。このまま静かに…みんなの記憶から消えてくよ」
……だろうな。
俺のフレンド欄に最後に残ったこいつは、こないだ夢枕に立って、ごめんな、と呟いて忘却の術をかけていった。
残念だったな。俺はしぶといんだ。
お前のことを……この世の人が皆忘れても、絶対忘れてやらねぇよ。
「記憶を消しに来たのか?」
「……うーん。他の人はみんな忘れてくれたんだが、お前だけ消えなくてなぁ。どうしようかと思って来たんだ。
これから現世一周旅行なんだよ。俺たちの仕事の成果を見に行くんだ」
「ほう。ようやくお役御免か。なるほどな」
遠くにでっけーバスが止まってる。
神様がバス旅行かよ。複数人が中からこっちを覗いてんな。
結婚式に連れてってくれた奴らだ。
バスの前に立ってるのはこいつの奥さん。白い髪が風にそよいでる。
困ったようなほほ笑みを浮かべる、紀京を見つめた。
数百年ぶりに見るそいつは、結婚式の時と何一つ変わらぬままだ。
俺ももう人じゃねぇだろうが、しわしわの爺さんだ。あと何年生きられるかな。
「俺はこのまま老いさらばえて死んでいくぜ。神にはならん」
「もう100年超えたあたりから、お前ほとんど神様だぞ。さすがに寿命が長すぎる。野生の神様ってやつかな。じわじわと寿命が来るだろう」
「ほぉん?そりゃ楽しみだ」
「なぁ、神様にちゃんとなればまだ釣り人やれるぞ?」
「あぁ?なんねーよ。俺ゃちゃんと生きて、ちゃんと死ぬ。
お前らは出来ねぇだろうが、俺が代わりにしてやるよ」
紀京の瞳からぽたり、と涙が落ちる。
お前が旅行から帰った頃には俺、死んでんだな。なるほど。
「ほれ、はよ行ってこい。みんな待ってるだろ?」
「うん……」
「お前のことは忘れねぇ。心が、命が覚えてる。
…この世を平和にしてくれた、尊い灰色の神様を。そして、俺の唯一の親友のことをな」
「……っ……」
全く。泣き虫なやつだな。
「男の涙は拭いてやらねーぞ」
前もって用意しておいた、魚の刺繍が入ったハンカチを渡す。
ハンカチは「別れ」や「悲しみ」を意味する。漢字で書くと、
手切れってんだ。最後の贈り物だよ。
お前ならわかるだろ?色々知ってるもんな。
「ありがとう。いつかまたきっと、会えるよな」
「呪いの言葉を吐くなよ。俺は自由なんだ。気が向いたらまた会ってやる。元気でな」
こくり、と頷いた紀京が去っていく。
バスの前で奥さんと手を握って、こちらを振り向く。
そして、バスに乗りこみ、去っていく。
見えなくなるまで見送って、折りたたみの椅子に腰掛けた。
池の上に風が波紋を広げていく。
俺の頬に、あたたかい涙が一筋静かに伝った。
さよなら、紀京。
また、会おうな。
俺の……神様。
―the end of the beginning―
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