第十話 俺が、キミを治したいんだ


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「ヒョウ、カルピスっておいしいねぇ。コレ乳酸菌じゃない?」

「ふふ、それは何よりです。そうですよ、よくご存知ですね」

「んふふ。紀京に教わったのぉ」

「ほおぉ」


「古傷と疲れた体に染み渡る。カルピスってなんか口の中に残らないか?美海さん」

「オイラは残らないッス。個人差があるらしいッスよ?出来る人と出来ない人がいるとか」

「へぇ。おい、紀京?何ぼーっとしてんだ。大丈夫か?」


「んぁ……あぁ」


 殺氷さんがカルピスをくれて、みんなでいただいています。なう。

初恋はカルピスの味ってか?ははっ。くるちぃ。


 はぁ。恋ってもんは自覚したらしたで中々きついもんだなぁ。ちょっと前までふわふわしてた物が今はチクチクしてるっ!胸が痛い!

でも、精神的な疲労が少ない気もするな。なんだろうこれ?恋の効果?




「今日の予定はあとオムライスを食べるだけだねぇ」

「ん?お腹すいたか?まだちょっと早いな。夕方の営業はあと1時間半後だよ」


「むむ、なかなか焦らすね。オムライスくん」

「巫女、これ齧っておくか?」


「あっ!チョコ!これは知ってるー!」

「チョコ好きか?帰りに沢山買って帰ろうか」

「うん!」


 


 恒例の焚き火を囲みながら、みんなでカルピス飲んで。チョコ齧って。穏やかな時間だな。

 俺と清白は無事に裁定者称号を取得した。

 三人揃ったら何か起こるのかと思ったがなんも起きないな。裁定者三人で並んでも特に効果もないし。どうやってゲームマスターにアクセスするんだろ?


「あぁ、時間つぶしってわけじゃねえが、話しておくことがある」


 獄炎さんが殺氷さんと目を合わせてふう、とため息を落とす。

どしたの?


「巫女、防音結界を張ることは可能ですか?」

「はいはーい」


 巫女が柏手を打ち、結界を張る。

 今日は結界が決壊しそうなほど張ってるな。ふ、オヤジギャクを言うつもりじゃなかったのに。




「まずは、俺と殺氷のリアルから話す。俺たちは繋がってる。仕事でな」

「私達は公的機関に属しています。公務員てやつですね。ちなみに私が上司です」

「チッ。言う必要ねーだろそれ」


 獄炎さんが凄く嫌そうな顔してるな。

 公務員って言うと役所の人を思い浮かべるけど、多分違うなこりゃ。




「詳しくは言えねぇが、仕事として巫女のことを調べた。俺たちが使える最大限の力を使ってな」

「その結果、かなりの情報を掴みましたがそれ以上のことは分かりませんでしたし、救い出せはしませんでした。巫女の言う通り、相手方の権力が大きすぎましたね」


 巫女の顔が青ざめていく。

 やっぱりな。そんな気はしてたんだ。


「どうして…ダメって言ったのに」

「ダメって言われりゃ男はやりたくなるんだよ。お前の素性を知ってじっとしていられるほど俺たちはヤワじゃねぇ。何の役にも立てなかったがな」


「そうですねぇ。巫女が本当に神様だったということは、しっかり分かりました。現人神としての神格だそうですね。

 小さな神社に一人っ子で生まれたあなたに力が発覚したのは三歳。

 その後権力を持つ神社に監禁され、崇め奉られていますが権力を持つものは腐りやすい。

 あなたの血肉を、金に変換しています。クズどもの掃除位はしたかったのですが、志半ばで私たちは上層部から圧力を受け、捕まりました」


「捕まっ…たって?どうしたの!なんで!?」



 

 立ち上がろうとする巫女の肩をそっと掴んで、座らせる。体を引き寄せて手のひらを握りしめた。肩をゆっくり撫でる。


「巫女、もう起きたことだ。二人が覚悟してやった事を、ちゃんと聞こう」

「…紀京……うん」


 泣きそうな顔をした巫女が、目を合わせてくる。

 そばに居るよ。大丈夫だ。

 巫女が手のひらを握り返して来た。

僅かに震える手から巫女の優しさと悲しみが伝わってきくる。俺もこうなって欲しくはなかったな。


「すまんな、俺達もここまでとは思ってなかったんだ。正直ナメてたぜ。進むにつれて戻れなくなっちまってなぁ。後悔はしてねぇよ。

 ヤベェ事を知っちまったから、とりあえず拘束されてる。神社関連じゃなく、それこそ公的機関にな。

 体が頑丈だから二人でまとめてゲームに放り込まれたって訳だ」


「私と獄炎の階級からして、死ぬようなことは無いでしょうが。どうなる事やら。

上層部は保護のつもりでもあるでしょうね。

 巫女のリアル救出は頓挫しましたが、より危ない情報も掴んでしまいました。私達は優秀なので」




 後悔してないと言う獄炎さんも、飄々とした様子の殺氷さんも、巫女は信じられないと言う顔をして見ている。

 階級と言えば警察か、自衛隊か。二人にピッタリだな。自警団の運営も上手くいくわけだ。志が無いと出来ない仕事だ。巫女のことを思ってしてくれたんだな。


 美海さんは大丈夫かな。

 ポカーンとしてる。流石に時間つぶしの話じゃないよこれは。




「清白、美海さんに巫女のこと先に説明した方がいいんじゃないか?」

「おほん。リアルの世界で巫女は現人神で、その血で人が若返る。巫女が触ると回復する。怪我とか治せるんだろ、多分。

 そのせいで権力によって閉じ込められて、金の種として虐待されてるから獄炎と殺氷が調べて、その結果権力に負けて捕まった。あとなんか問題が新しくでてきた。以上」


「ふむ、把握したッス」

「で、出来たんかい!!!嘘でしょ?!」


 思わず突っ込むが、美海さんは得意げな顔だ。どうなってるんだ。

びっくりだよ俺は。




「巫女を救い出せないという事は悲しいッスけど。もっと大きな問題がある、と?」

「海すごいね。勘がいいとかの問題じゃないよぉ」


「ふ、慣れたッス。巫女のそばにいるなら通る道って感じッスねぇ」

 

うん、そうだね。そうなるな。




「美海もヤベェやつだな…。

んでだ。お前日本の結界の要なんだってな?」

「リアルの世界で結界の話を聞くとは思いませんでしたよ。

 日本全土を守っているとか。各所にある神社を介して地震を抑えたり、天災を防いでいるそうです。巫女のみではなく、全国に居る神職たちも関わっているようですが、力の根源が巫女とお聞きしました」


「「「マジか……」」」


 清白と美海さんと俺で思わず呟く。

 ぽ、っと頬を赤らめた巫女が頷く。

 恥ずかしがってる??




「各地の神社に力を繋いで、日本全土を守るのが現人神の役割なの。安定してないから気温が上がる下がるを調整するの下手だし、地震もよく見逃しちゃうから。

 恥ずかしいけど、ポンコツ神様なんだぁボク。

ボクのこと、リアルだと年号にちゃん付けで呼ばれてるの知ってる。

 始まりは平安時代辺りかな?その頃からずっとずっと続く因習だよ。何代にもわたって続いてきた、一人の人の犠牲の上に平和が成り立ってる」


「もしかして、人柱みたいなものなのか」


 口にした瞬間、すっと自分の体温が下がって、体の中の血流が激しくなり始めたのを感じた。指先が冷たくなって行く。




「そう。要になる人は閉じ込められて一生を終えるんだ。

 人権なんてないし。巫女様って尊敬語で話してくるけど、ボクの意思は通らないよ。だから好きじゃないんだ。みんな、『巫女様、お願いがございます』って言うの」

「なるほど、な」


 頭がガンガンしてきた。血が上って来てるのはわかってる。

 落ち着け。まだ、最後まで聞いていない。


「そこは詳しくは分からなかった。マジかよ…しかも、クソッタレな話の続きがまだある。

巫女、お前自分が危険な状態だってこと、分かってんだろ?少し前に、お前が閉じ込められた神社が焼き討ちにあってるよな?」


「うん。これでも神様ですから。視えてる。でも、問題ないよぉ」


 のんびり答える巫女の手を強く握る。




「いや、問題だよ。焼き討ちにあって…?巫女は今…どうしてるんだ?」

「ボクは病院にいる。今までの暮らしより良い待遇だよぉ。ふかふかのベッドだし」


 ……なに……言ってるんだ?



「焼き討ちをした人達は、ボクの事知らなかったんだよねぇ。

 ボクの価値が分からずおもちゃにされて身体がボロボロになってるし、そんなに長くないと思う」

「巫女……巫女…?何言ってる?待ってくれよ……どういう事なんだ?」


 寂しげな笑顔が浮かぶ。




「まだ、言えないんだぁ。ごめんね、紀京」

「……死ぬのか?」

「身体はね。でも、獄炎と殺氷二人が出した結論とは違う。

 ここまでしか今は言えない。

悲しい結末にはしないよ。そうならない様にするし、出来るよ。未来を口にしてしまうと、変わっちゃうから。ボクはその未来を確定したいんだ」




 ハテナとグルグルした憎悪が混ざり合う。


 こんな感情初めてだ。

 吐き気がするような、身体が焼き切れそうな酷い憎しみが込み上げてきて、それでも自分にはもう何も出来ない。

 巫女の体に起きてしまった事に、何もしてあげられない。


 巫女自身の体が傷つけられたのが嫌だ。

 自分の命をどうこうできない奴に、巫女を助けられる訳なんかないのに。

 誰が巫女を傷つけたんだ?って思って悔しくなったって、傷つけた犯人を殺したいくらい憎らしく思ったって、何も出来ない。何の意味もない。


 どうしたらいい?……巫女は今どういう気持ちなんだ?俺は巫女に何をしてあげられる?


 巫女の肩に載せた手のひらに、力が勝手に入る。翠の瞳をじっと見る。


横で清白がハラハラしてるのは感じてるが、整理がつかない。身体が固くなっていく。リアルの俺のように。




「紀京、ここに居るボクは消えないよ。紀京にもじきに分かる」

「巫女は、ここから消えないんだな?」

「うん」


 迷いなく答える巫女がほのかに微笑む。

 肩から手を外して、そっと微笑みが浮かんだ頬を撫でる。

 暖かい。薄い皮膚の下からじわじわと体温が染み込んでくる。




「身体は痛くないのか?」

「うん。大丈夫。ボクの魂と体は別々だよ。どこも痛くない」

「巫女は?…巫女の……心は?

痛くないのか?俺は何をしてやれる?俺が巫女の傷を治したい」


 巫女の目が開かれていく。




 どうでもいいって言ってた。リアルの事を。でも、その時の目は寂しそうだった。

 どうでも良くなんか、なかったんだ。

 傷ついたはずの巫女をどうしたら癒してあげられるんだ?


 傷口はどこだ?教えてくれよ。

 全部、全部治してやる。痛い思いなんかさせてたまるか。




「あきちか……」


 翠の瞳がゆらゆらと揺れる。

 涙がこぼれて、目が細められる。


「ねぇ、紀京……紀京は本当に優しいね。ボクの好きがどういう好きか、分かったよぉ」


 ぎゅう、と抱きしめられて、巫女の髪が顔を撫でる。

 ふわふわの柔らかい黒髪。

俺ん家のシャンプーの匂いがしてる。


 


「ごめんね、普通の子じゃなくて。でも、だからこそずっとそばにいられる。大好きな紀京のそばに。

 ボクはねぇ、それだけが嬉しい。神様に生まれて、本当によかった」

「……巫女……」


「ボクの傷なんか、もう紀京が治してくれたよぉ」


 とくとく……巫女の心臓の音がする。

 巫女と自分の音が重なり合って、頭に昇った血が緩やかに戻ってくる。


 背中に手を回して小さな体を抱きしめた。




「紀京、結婚しよ」

「……うん」



 瞼を閉じて、巫女の体温だけを心に刻み込んだ。

 

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