第九話 きみは大切な人
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「よし、モブ討伐終了!攻撃パターンを見てみようかぁ」
モブ湧きを皆んなで綺麗に片付けて…いや、殆ど巫女がやってくれたんだけどね。
ボス部屋の端っこに集まり結界を幾重にも張り重ねる。
ボスの動きを止めるために清白が走り回って焚き火をを炊き始めた。
清白の素早い動きだからこそ、できる技なんだ。道真の刀を交わしながら上手くひっかけていく。
「美海さん、タゲロックの形代頼みます」
こくりと頷いた美海さんが人の形に切られた白い紙をズラっと取り出し、一つ一つに法術を施して清白をロックオンした道真のターゲットを形代に移していく。
「はーなるほど、焚き火に引っ掛けるんだねぇ。面白ぉ」
「巫女はこういうのしないのか?」
「これをするより、ボクは倒した方が早いと思うんだぁ」
「それもそうだな」
小さな形代達が道真の周りをぴょんぴょん回りながら攻撃をかわしている。
清白のタゲが外れたな。
凄い速さで戻ってきた。
「美海さん!サンキュ!」
「おかえりなさいッス清白氏。タゲ数が足りないので集中するッス」
美海さんが出した形代は十。まだ足りんのか。
ボスは力が強いとターゲットロックオン数が増える。こちら側が攻撃するとその人をターゲットとしてロックオンして攻撃してくるんだ。
それを今形代にうつしてるところ。
形代の数が増えればそれを動かす術士も集中力が必要だからな。
美海さんがあぐらをかいて座り、目を閉じる。
「盾職の人は
「そそ。全部攻撃受けてたら大変だからな」
戻ってきた清白はかすり傷程度。毒効果が見えるので回復しておく。状態異常無効化の法術がすぐに効かないタイプか。 これは痛いんだよなぁ。
「紀京サンキュ」
「おう。斬撃は毒ありか?」
「いや、刃先が触れなくてもかまいたちで切れる。その後瘴気に触れて毒効果。しつこいしまぁまぁ痛いな」
「ふむ」
うーん、厄介なボスだな。
攻撃パターンを見切って、次回周回から対策を立てながら回る予定だ。後進のためにもね。
「海、ちょっと失礼しますよぉ」
座り込んで冷や汗を流している美海さんの手を握り、動かして手印を組ませる。
「これで力が伝わりやすいよぉ」
「サンキュッス」
冷や汗がピタリと止まり、美海さんが目を閉じたまま微笑む。
「巫女は本当に陰陽師の知識が豊富だな」
「こっちの知識はお任せくださぁい。
恐らくだけど、形代が持たないから火界呪を展開しておく。海と紀京にタゲが移ると困るし。
人を呪うような気持ちは持ってはダメだよ。
呪いは返ってくる。心を穏やかにして。会話はしていても大丈夫だからねぇ」
火界呪ってことは不動明王真言か?
これも祝詞と同じくナチュラルボーンでしか出来ない技だな。スキルにはない。
そもそも唱える言葉が分かっても、こういう物は雑念が多いと上手く作動しない。
巫女が目を閉じ、深呼吸の後唇を開く。
「全方位の一切如来に礼したてまつる。一切時一切処に残害破障したまえ。最悪大忿怒尊よ…」
「日本語でも行けるのか?」
「表現はできるのでは?サンスクリット語が普通のはず。本職ならではのやり方でしょうね。手印も見た事がない。こんな複雑だとは」
「そもそもこれが出来るほど、心頭滅却出来ねぇだろ。真言は危ねぇんだ」
マスター三人が唸る。そうだなぁ。
正しく陰陽師や巫女の修行をしないと無理だな。
「巫女は仕事としてやってきてるから、日本語の方がやりやすいんだろうな。綺麗な声だなぁ」
「紀京は煩悩だらけだから無理だな」
「はっはっはっ。そうだね」
俺は煩悩に勝てる日が来るのだろうか。自信はない。
ポツポツ、と小さな火の塊が点々と地面にあらわれ、繋がっていく。輪っかになって俺たちを取り囲む。
初めて見るエフェクトだな。
状態異常無効の効果が切れそうになり、俺も術式を張る。
「おっ、やりやすい。結界の中の方が法術通りやすいのか」
「無効化継続させて悪いな」
「あー、神力は大丈夫。詳しくは言えないが」
「また何かしたのかよ」
「ははは…」
巫女の薬の効果がすごいんだよ。使っても使っても減らない神力。
俺ちびっと舐めただけだぞ。
「斬撃パターンが六、瘴気はモヤモヤしてるだけだな。厄介なのはあれか。」
ドカーン!と大きな音を立てて雷が道真の周囲に落ちる。形代達が粉々になり、消し炭になった。
攻撃パターンはこんなもんかな。いい感じに焚き火も消えてきた。
「おし、そろそろいいかなぁ?」
真言を唱え終わった巫女がタバコを口にする。すう、と吸い出して煙を吐く。
あれ?なんか速度アップのタバコと匂い違うぞ。ほかに種類は無いはずなんだが。これ桃の香りじゃないか?甘くてみずみずしい果実の香りがする。
「巫女、その煙草って」
「んふふ。内緒」
理解した。手作りだこりゃ。
「効果が見えません。そろそろ慣れてきましたね」
「殺氷は順応早ぇな」
うん、確かにそうだけどもう納得するしかないんだよな、諦めも肝心だ。
「どっちからにするぅ?」
「紀京にしてくれ。俺は次の周で戦ってみたいから」
「りょ。でははじめまーす!」
煙を吐いた巫女がタバコ片手に近づいてくる。うん、桃だ。もぎたての桃みたいな甘い香り。
「紀京。僕が守ってあげるからねぇ」
片手で頬を撫で、おでこをコツンとして走っていく。
「ほぁー…」
ポーっとする俺を白い光が身体を包み込んで、染みていく。
昨日、清白にしたやつか。不死効果、三回確かについてる。
「な、何ッスかそれ!?」
「あれは巫女自身の加護をさずけるんだ。不死三回つき。紀京!ボケっとすんなバカタレ」
清白に小突かれるが、まだ頭がぽやぽやしてる。
「ふぁい……」
「ふ、不死?!加護って??巫女は神様ってことッスか!?」
「「「「そう」」」」
全員で答えると美海さんが沈黙してしまった。
巫女の話はもう本当だって、何度も確認できたしな。間違いない。
正しくはちょっと違うけど、言いたくない。
ふたりだけの秘密だっ!
ぴょんぴょん飛びながら巫女が道真を切りつける。形代に動きが似てるな。
んふふ。
昨日と違って背丈が小さいから、日月護身乃剣がやたらでかく見える。
「あ!あれっ!!日月護身乃剣ッスよね!?」
「「「「そう」」」」
「なんということでしょうッス」
「チュートリアルのモブを、一億体討伐が条件だそうですよ」
「チュートリアル…一億…何がなんだか分からないッス」
わかる、分かるぞ美海さん。俺達も初日はそうだったからな。時の流れバグってないか?一年くらい過ごした気になってるぞ。
「紀京ー!体力ゲージどう?」
「もーちょい!一文字切り四回くらいだ!」
「はいよー!」
「のんびりしたやり取りに、頭が混乱しているッス」
「美海さん、諦めた方がいいよ。これから毎日こうだ」
「な、なんということでしょうッス!!」
ぷぷ、ちょっと面白いな。
「紀京!いいよ!」
「よしきた!」
清白と美海さんと連れ立って、道真に走っていく。美海さんが斬撃や瘴気を受け流し、清白に引っ張られて走る。
わー、はやーい!
笑顔で巫女が手を差し伸べてくる。
小さい手。マメだらけで、努力の証みたいな手。
それを握り、優しく引っ張られてちょんっと道真に触れる。
どう、と横倒しになり、倒された道真がキラキラとしたエフェクトに変わっていく。うん、完全に匠の技だ。
あっ、やべ。クリア報酬で染色落ちるんだった…まぁいいか。そろそろみんなにバレてもいいよな。
天使の梯子が俺に降り注ぐ。
暖かいな。巫女を抱っこした時みたいなポカポカが体を包み込む。
巫女がぽろ、とタバコを落とした。
「あ、紀京!髪の毛!!」
「おい、俺も知らなかったんだが!!!」
「あらまぁー。綺麗な色ッスねぇ」
「ははは…」
黒い染色が落ちた俺の髪の毛は、目の色とおなじグレー。他で見たこと無い色だからなぁ。目立つし、染めてたんだ。
俺の体は何故かリアルとゲームで全く同じ。顔かたちも、背の高さも。なんでなんだろうな?
ずっと続く痛みのストレスで灰色になった髪の毛。
目は元々は黒かったんだけどな。病気で視力が落ちて白濁してるから、グレーと言えばグレーだ。全身グレーとかちょっとかっこ悪い気がしてたからさ。
呆然と俺を眺める巫女。俺は光の中から見つめ返す。
嫌いにならないでくれよな。巫女…。
━━━━━━
「紀京、ボクその色の方がいいなぁ」
「そ、そうか?」
「うん」
もじもじしながら巫女に言われつつ、洋服のなかの装備を変えています。なう。
巫女はこういう髪の色好きだったのか。
ちょっと嬉しいな。
ちなみにボス部屋前二周目です。
今回はスズが倒すから俺は回復に専念するんだ。紙装甲ペラペラの神力特化だ。
「紀京もキャラメイク運あるじゃねーか」
「本当ですねぇ。グレーは見た事がないッス」
「運というかなんというか」
リアルと同じとか言えないよなぁ。
「俺を見てから言え、紀京」
「清白は、似合ってるよ!」
「そ、そッスよ!」
「美海さんに言われると余計腹立つな」
見た目が珍しい一行の中で普通の見た目は清白だけだしな。
俺も殺氷さんみたいなシルバーがいいんだけどなぁ。
「紀京は黄昏の中にいる。光と闇の狭間で…優しく佇んでいるんだ」
「凄い表現なんだが…詩人だな?巫女」
「そぉ?んふふ。俳句も詠めないとだからねぇ。神様からの問いかけは何時も古語の俳句だからさぁ。ボク苦手なんだよぉ」
「巫女にも苦手なものがあるんだな?」
「沢山有るよぉ」
「俺も一緒に勉強しようかな?」
「うん!紀京と一緒なら楽しみだなぁ」
「塩が粗塩に変わった気がする」
「お察ししますッス」
「それパターン化するのかよ。面白ぇな」
「清白も言うほどダメージなさそうですけどねぇ」
ふん。もう開き直ってやる。
巫女とのやり取りは俺のモチベーションだからなっ。扇をしまって、笛を取り出す。
「それ、
「そうだよ。回復術の媒介は全部神楽の道具なんだ。普通の楽器でも良いけど」
「へぇ!じゃあ舞の奉納の時一緒にできるね」
「巫女は舞も舞えるのか」
「名前のとおりですからぁ。神楽舞は得意だよぉ」
なるほど。楽しみが増えたな。
さっきの火界呪の効果がまだ残っているから、入り口からそこにササッと移動する。
先程と同じく形代を美海さんが繰り出す。
「さて、じゃあもう一度確認。
紀京は結界内で回復、状態異常無効化。海が紀京の守護。
スズメインの攻撃でエンとヒョウがサポート。ボクがチクチク体力削る。
でいいかな?紀京、準備いい?」
「おし、準備おーけー」
「オラァ!やるぜぇ!」
「サポートですよ、獄炎」
「じゃ、やりますかぁ!」
「「「応!!」」」
「ファイトッス!」
巫女の号令で篳篥を構え、唇を湿らせる。
ため息を落とすように腹から息を吐き、優しく笛を吹いて、音律をつむぎ出す。
ボス部屋の音楽が止まった。
広範囲回復術だからなぁ。演奏が優先されるんだっけか。ちと恥ずかしい。
最初にカンストした回復スキルの奥義を使うのは久しぶりだ。これができるまで笛を吹いて、水も飲めなくなる位唇がボロボロになったっけな。
横笛や
僅かな息を吹き込んでいるのに音が響き渡る……不思議な笛だ。
ジリジリと神力が削れていく。
獄炎さんが斬撃を繰り出し、飛び退る。
ノックバックから戻る瞬間に、殺氷さんが足を氷漬けにして清白が切りつける。
いい連携だ。巫女の指南で数段動きが良くなった。
瘴気で度々毒に侵されるが、一瞬で回復していく。神力もそうだがごっそり精神的な力も消費される。うおー、久々にきついなぁ。
回復ってさ、心も浪費するんだ。
回復師は心が病みやすい。人を癒して自分の精神削ってるって言う怖い副作用がある。
ちょっと休めば回復するけど、マイナス感情が増長されるんだ。
でも、俺はこの職業が好きだ。
みんなの足元から持ち上げて、支えて踏ん張るのが好きなんだ。
巫女がそこら中に飛び回りつつ、道真の体力を削っていく。
おっ?瘴気を吸い込んで咳き込んでる。
巫女に集中して回復。肺がやられたら痛いし。
……よし、回復したな。
チラッとこちらを振り返り、蕩けるような微笑みが巫女に浮かぶ。
直ぐに道真を見すえて、引き締められる眦。
……うん、もう。無理だ。
こんな気持ち、抑えられるわけが無い。
知らないフリなんかできっこない。
巫女のことが好きだ。
好きに、なってしまった。
巫女の姿を見ながら、涙が勝手にこぼれる。
俺は、病気でいつ死ぬか分からない。
リアルで死んだら、きっとここから消えるだろう。
何度もログアウトするな、と言った巫女。
俺はもう、死にそうな状態になっているんじゃないか?
それを巫女は視たんじゃないかと、そう思っている。
この気持ちを伝えたら、巫女は喜んでくれるかもしれない。
ハッピーラブラブバラ色生活かもしれない。
……でも、その後……。
俺がいなくなったら?
消えてしまったら、巫女はどうなるんだ?
夜中にうなされて、しがみついてきた巫女を思い出す。
震える肩を抱きしめたら、体全部を預けてくれたあの僅かな重さが恋しい。
頭をグリグリ押し付けてきた、巫女が可愛かったなぁ。
彼女をなくしたくない。離れたくない。
俺だけに頼って欲しい。
独占欲ってこう言う事か?
結構苦しいな……。
巫女に告白したら、楽になるんだろうか?
でも、そんな事は許されない。
好きな人のリアルを救えないまま、俺は死ぬ。
巫女の好きがどんな気持ちなのか分からないのに彼女を独占して、そして目の前から消える。
そんな奴が、巫女に気持ちを伝えるべきじゃない。巫女の心を貰ってはいけない。……そうだろ?
しかも、たった一晩で恋に落ちるなんて…俺初恋なんですが。
好きになるって、こういうものなのかな。
何も抗えなかった。
ふわっと浮かんできては俺の中を引っ掻き回す、この焦燥感は何なんだ。
しかもそれが心地いい。
幸せなんだ。
回復役は自分の回復はできない。
巫女の薬の効果が切れたな。イテテ。
唇切れたし。
笛を外して巫女の薬を舐める。
もう一度唇を湿らせて笛を吹く。
血の滲んだ唇を巫女の薬が癒してくれる。
ヒーラーの俺が他の人に癒されるなんて、初めての事だ。
こんなの、知りたくなかった。
巫女と一緒にずっと居たいのに。
今更病気になったことを悔やんでしまうとはな。
それでも、もう気づいてしまったから。
俺は、生きている限り巫女と一緒にいる。
好きだって伝えなくたって、いいんだ。
ずっと、ずっと、巫女を見つめていたい。
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