光と影の道標 ~道行く先はワールドエンド~

只深

プロローグ 光と影の道標 ~道行く先はワールドエンド~



『おい!起きろ!!』

「はいっ!?」


低い声が耳もとで叫んで飛び起きる。


「はぁ、はぁ、あれ?」


キョロキョロと辺りを見渡す。

障子のある窓、変えたばかりの畳のい草の薫り。

 ミニキッチンと冷蔵庫。神棚が壁に設置してある。

耳もとでけたたましく『おい!起きろ!!』と叫ぶタイマーをオフにした。

ポーっとしていた頭が徐々にハッキリしてくる。



「あれ?おかしいな…俺ログアウトしなかったっけ?」


寝起きだから声が少し枯れてる。

目覚ましに知り合いの声を登録したのは悪手だな、もうやめよう。心臓が止まってしまう。



 

「んっ、あーあー。本日は晴天なり。システム、オンライン表示」


声を出して、オンライン表示に切替える。

フレンド登録した友人たちが次々にチャットを打ち込んできた。

こっちはほっとこ。

 頭の上の名前表記が緑色に点灯した。これで俺はインしてますよって表示になる。

ギルドの方にも言っとくか。



「こんちゃー」

「こんー」

「こんちわ」

「へろー」

ポコポコ動くチャット。

今日も多人数ログインしてるみたいだな。



 

「なぁ、俺昨日何時にログアウトした?」

「は?いつもと同じ時間に寝ただろ」

「違うよ、寝落ちだにゃん」

「そうそうー、今日行くダンジョンの相談してて寝落ちしてたわねぇ」


あ、そうか。ログイン前に運動してたからかな?疲れてチャット見ながら寝たみたいだ。



「ごめんごめん、記憶がなくてさ。ログインもいつしたのか覚えてないし、今布団から起きたとこ」

「バカ。オンラインゲームで寝てんじゃねぇ!今日合同イベントあるんだからな!」


「ひどいっ!わかってるよ! 寝てたらまた起こして~」

「知らねぇよ。寝てたら置いてくからな」


むむー、意地悪。なんだよ。

今日は再新ダンジョンの攻略があるんだ。

準備しておこうかなー。



 ポコン、とメールのメッセージpopが目の前に表示される。

あれ、今日お店はお休みなんだけどな。

ボタンを押してメッセージを開く。



 

『お休みにごめんなさい!この前のタロット大当たりでした!ゲームに関係ないことなのに相談に乗ってくださってありがとうございました!』


メールと一緒に成功報酬のお金が届いてる。

珍しいな…俺の占いが当たるとは。

いつも不運な俺にもようやく運が向いてきたか?

俺はしがない占い師、よろず相談所なんてのをやってるんだ。

ここでは自由に仕事ができるからな。

この世界の中では俺は自由だ。


 体が自分の意思で動く。土を足で踏み締め、色んなものの匂いがわかる。目で見たものが全て俺にとっては綺麗でかけがえのないものだ。

一つ一つが大切で、一つ一つが懐かしく。


ここの中でだけは、本当の自分になれる。

本当の自分を取り戻せるんだ。


 


昨日干したばかりの布団をはいで、背伸びをする。

んー!気持ちいいー!

障子戸を開け放ち、爽やかな風が俺の頬を撫でていく。


 眼下に広がるのは和風の家屋が立ち並ぶ、いかにも日本って感じの街だ。

俺が家を買ったのは蔵屋敷と言われる白い壁、三角屋根にいぶし銀の瓦が乗った小江戸をテーマとしたゾーン。

 リアルにも存在してるが、もう殆ど絶滅危惧種の街並み。

お侍さんとかが歩いていそうな雰囲気だ。


 目の前には大きな川が流れ、桜、桃、イチョウに紅葉、様々な樹木や花々たちが通り道に植えてある。


 ゲーム内では三日を区切りに季節が移ろい、今は桜が咲いてる、春の季節だな。

明日はこれが青々とした葉っぱに変わり、ひまわりが沢山咲くだろう。

 日本の四季をしっかり反映しているのがいいんだ。

風の中に桜のしっとりした、あまずっぱい香りが含まれ…春らしい暖かな日差しが麗らかに降り注いでいる。



 ここはオンラインゲームの中。

発表されてから数年経った、今をときめくフルダイブ型のMMORPG、『光と影の道標どうひょう』という陰陽師がメインの和風ファンタジーゲーム。


 フルダイブ型だからリアルの体はだいたい布団の上で寝転んでることが多いかな?


 日本で作られるオンラインゲームはちょっと劣勢なイメージがあったが、今回のはスゴイ、ヤバイと語彙力霧散で話題になりまくってたからな。

世界中で今や登録者数は二千万人を超える超巨大タイトルになった。


 海外の方も日本が好きだからなぁ。俺も日本に生まれたし日本の季節や風習は大好きだ。



 窓を開けて換気をしながらお掃除の法術を展開する。

 ふわふわと白い光が窓枠から現れて、壁、床、天井に広がりゆっくりと線になって進んでいく。


 こういうちょっとめんどくさい手間がいいんだよ。俺の場合掃除なんて生まれてこの方したことがないからな。

最初のレベルでは箒とちりとりと雑巾で掃除してた。

 家事全般が初めてだから米をたくのにも苦労したな。いい思い出だ。



 

「おい!おいって!」

「ん?あぁ気づかなかった。なんだー?」


 フレンドから囁きが来てる。これは個人に向けてのチャット。

チャットはそれぞれ全体、ギルド、フレンドのみ、囁きの四つ。

 全体は傍にいる人なら全部見られるメッセージ、ギルドはギルドのメンバーのみ。


 ギルドってのはグループみたいなもので人数が集まってるから、ダンジョン攻略しやすい。

 加入すればチャットや色んな恩恵がある。

 その恩恵のひとつがギルドチャット。略してギルチャ。

普段はあんまり動かないけど誰かがINすれば挨拶したり、ダンジョンに誘ったり誘われたり。そんな感じで使われる。


 俺が所属してるのはゲーム内で三番目の人数が所属してるでっかいギルド。

定期的に人をスカウトしてるから、増えたり減ったりを繰り返して大きなギルドになった。


 俺も初心者フィールドでギルドマスター、ギルドの長にスカウトされたクチだ。

 ダンジョン攻略やレクリエーションが盛んでなかなか楽しいギルドだぞ。



 

 今ポコポコうるさいのはフレンド登録したゲーム内の友人。

お互い「話が合うな」とか「いい人だな」とか「仲良くしたいな」と思ったらお友達登録するとフレンドリストが設定できる。


そうすれば個人間の連絡がしやすくなる。ちなみに双方で了承しないと悲しいことになるけどな。

 フレンドリストが真っ白な人はカルピスとか言われるぞ。



「今日北原天満宮に行くってマジ?」


「ああ、行くよー。攻略じゃなくて調査。オンライン配信するってさ」

「お、マジか、何時?」

「わかんない。夜としか決まってないんだ。通知入れとけば?」

「そうするわ、楽しだな…いっぱい死んでこいよ!」

「やだよ。痛いもん」



 フレンドの登録が一番最初で初心者からつるんでる奴なんだが、お互いリアルはどこで何をしてるのか聞いてこないきっちり線引きができる良い奴だ。

 こいつはダンジョン攻略に興味がなくて永遠に釣りをしてるけど。

 生活も楽しいゲーム仕様だからたまにこういうのが居るんだよな。

宝飾店とか食堂開く人とか。




「今日店やってんの?川の主釣り上げたから金落としてやろうか?当たらない占いの館に」

「たまには当たるんだよ、ほっとけ。

休みだよ。一応準備しないとまずいだろ、最難関ダンジョン潜るんだから」

「なるー。んじゃま、配信楽しみにしてるわ」

「ノシ」



 ゲーム特有のチャット文字、こういうの楽しいよな。結構好き。

 キーボード打たなくなってもこういう文化は廃れない。



 俺は職業としては回復職だけど。一応ランカー入りしてるまぁまぁ有名人だぞ。

なんてな。

昔からやってる回復師ヒーラーが有名でも、やってるお店は大して儲かってない。

だから今回の報酬はありがたく使わせていただきます。お買い物行こっと♪


 ━━━━━━


「いらっしゃい」

「お、中身いるの?薬草在庫もっとある?」




 俺が話しかけてるのは街の外にある野良マーケット。

オンラインゲームにログインしながら放置して中身が居ないことが多いが、たまにこういう張り付いてる人がいる。


 NPC─システムで作られた中身のないキャラの売店は、上級者になると用が無くなる。

 ダンジョンで手に入れた資源や薬草、レア武器や防具を売ったり、裁縫師は拾った資材で服を作って売ったり。

強くなれば強いものが欲しくなる。

そういう時は野良マーケットを使うんだ。



「何に使うんだ?」

「新ダンジョン潜るからさ。神力回復薬と、一応体力回復の薬草が欲しいな。大量に」


「あ、あんた彩の神札ギルドのヒーラーさんじゃん。辻回復してくれる人だろ?おまけしてあげるよ」

「おぉ、ありがたい」



 ダンジョンまでの移動で行き倒れてる人とか反魂はんこんして上げたり体力回復を勝手にする事もある。辻斬りならぬ辻回復と言うんだ。

誰にも知られず回復して、お礼言われる前に走り去るのがクールとされる。

こんな風にしてもらえるのはありがたいが見られていたとは…くっ。


 職業病かもしれんけど、俺は人の体力ゲージが減ると満タンにしたくなる性癖があります。はい。

 今回みたいに難しいダンジョンは、体力数値の化け物が敵味方に揃うし。

神力を使って法術…魔法みたいなのを使うんだけどさ。


 回復術使ってもゲージが増えない増えない。恐ろしいよ。

終わる頃には俺は神力回復薬漬けで、中毒状態になるだろうな。

 薬草を簡易結界ストレージに放り込んでホクホクで帰り道の途に就く。

いやーいい買い物した。


 


 街に戻って来てみると、なんか土煙凄いんだが。なにこれ。


「また情報抜き取ってんのかよ」

「中身いますかー?いねぇな」

「決闘拒否してんな。申し込み連打してもだめだわ」



 

ガラの悪い人達だな。決闘の申し込みができなくて周りで建物やらそこら中のものをぼかすか殴って土煙を立ててる。

決闘って言うのはプレイヤー同士で戦うこと。

 ギルドの中で戦闘指南に使われることはあるけど、見ず知らずの人に決闘を仕掛けると面倒なことになるし。礼儀知らずで掲示板なんかに晒される。


 プレイヤーを殺してしまうとブラックネームと呼ばれるプレイヤーキルをした者として犯罪者扱いになる。

一人につき3日間名前が黒くなるんだが、こいつら真っ黒じゃないか。


 ブラックネームたちが絡んでるのは、規約違反を繰り返してはアカウントを消されてる常習犯の名無しさん。

名前が名無しなんだ。

 この人が経営してる掲示板はヌチャンネル。ゲームだけでなく色んなことを書けるんだけど、吹き溜まりというかなんというか。


あんまり良くないイメージが強いな。

 ゲームの掲示板にプレイヤーのデータを一覧にして掲示したりするけど、あまりそれを利用はしたくない。

 こういう風にプレイヤーの監視役キャラを街に立たせて装備公開してる人たちのデータを抜き取ってるんだ。


 ギルドマスターは倫理観が低いから、新人スカウトの際にチェックしてるらしいけど。

 どちらもかかわり合いになりたくない人達だ。そそくさと傍を通り抜ける。




「お、チビ!!気がついたか?」


 3人の男の脇に自動回復がされて立ち上がった少年。餌食になったかな。思わず立ち止まる。


「ぼくの剣かえして」

「ぼくだってよ!ギャハハwww」

「返して欲しけりゃ決闘だぜぇ」

「何回やるんだよ、俺もう飽きたわ」


 うーん。

 少年は小さな体というところを見ると初心者か。始まりは小さい少年少女から始まって、ゲー内の時間で20歳を超えると成長していくんだけど、転生という生まれ変わりをするとまた小さい体からになる。


 小さい方がレベルが上がりやすくて強くなるにためは転生を繰り返すのが必須だけど、この子は着てる服が陰陽師の初期服だしなぁ。


 


「お金が無いから剣がないと困る」


 こりゃ間違いなく初心者だ。ちなみに剣じゃなくて刀なんだけどな。陰陽師オンラインゲームなので。

剣を落として勝手に拾われたんだな。

プレイヤーが死ぬと、装備品が稀にドロップ…他人が拾える状態になってしまい、盗まれる事がある。

初心者なら知らないかもだし、益々間違いない。


 三人でボカスカやられて転がる少年。あー胸糞悪い。ギルチャに報告だけしとこ。


 


「ごめん、ちょっと初心者狩りに手出しする」

「あん?面倒事はゴメンだぞ。ダンジョン前にブラックネームはやめろ」


 ブラックネームになると経験値報酬下がるからな。


「大丈夫、俺は手出ししないから」

「ほん、ならいいわ。マスターにも伝えとく。名前教えろ」


 ブラックネームたちの名前を打ち込んで、全体チャットに戻す。


 


「なぁ、そういうことすんなよ。みっともないぜ」

「あ?あんだよテメェ!おっ、有名人じゃん!お前が決闘すんのか?」

「いいけど、制限時間で俺が死ななかったら返してやってくれよな」

「いいぜぇ!ヒーラーなんて直ぐにポックリだからよ!俺の村雨を食らえや!」


 


 決闘申請画面が開き、了承ボタンを押す。痛いのは嫌だけど仕方ないな。

 カウントダウンの後、刀を振りかぶったブラックネームが真っ直ぐに刀を下ろしてくる。


キィン!と綺麗な金属音で弾かれた。

あ、なんだ君たちも初心者か。


「な、なんだよこれ…」

「君レベル低いだろ?レベル差が大きいと攻撃通らないよ」

「は?!そんなん知らねーし!オラあぁ!」


あーあー、息巻いちゃって。

弾かれては振りかぶりを繰り返し、時間が過ぎていく。

早く終わってくれーい。


 


「はぁ…はぁ…」

「終わったぞ。早く返してやれ」

「チッ!くそ!!」


 カランカラン、と初期装備の刀が放り出される。それを拾って、少年に差し出す。



「…………」

「どした?ほれ。」

「い、いらねーよ!」


 差し出した先で不機嫌そうな顔になった少年が消える。

ログアウトしたか?うーん、要らぬお節介だったかな。

あの感じからして若い子かな?

 ため息をついて、メッセージに加護をつけた刀を少年に送る。これで一回分死んでも落とすことはない。


 お礼くらい言うのが礼儀だろー。別にお礼言われたかったわけじゃないけどさ。

ちぇっ。

俺のリアルラックは低めなんだ。

悲しい。


「あ、あの!」

「へ?」


近くで見ていた女の子がやってきた。

 あ、すぐそこの料理屋さんの人だな。あそこのオムライス美味しいんだよなぁー。


「見てました。かっこよかったです!」

「は、あ、ありがとうございます」

良かったら、とオムライスを渡される。

わぁ!マジか!!嬉しい!!



「そこのオムライス屋さんだよね?いつも美味しく頂いてます」

「ありがとうございます!いつでもいらしてください!」


 手を振りながら去っていく。いい人だな。

ホカホカのオムライスを貰って、ほかほかな気持ちで帰途に着いた。

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