第二十二話 疲れた男の色気

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 清白side


「紀京が使ったスキル、隠しスキルだったのか」

「うん、紀京の場合は回復系スキルのカンストが条件で、発現には個性があるみたい。カンスト後の段位の発現条件が隠しスキルなんだって。身代わりなんて、帰ってきたらお説教だねぇ」


 巫女が、布団へ横たわった紀京の体を拭いてる。

 顔色が悪い。

用意された食事にまた手をつけていない。




 現在地、紀京の店の自宅。

 あの事件の後、皇は逮捕された。現在自警団の拘置所に拘留されている。

 さらに、美海さんに仕掛けられた盗聴器が発見された。紀京の転生時に事を起こしたのは、計画的な物だった。


 同じく、乱暴した動画の証拠があるという事で美海さんも拘束せざるを得なかった。

 冤罪なのは確実だ。人柄もそうだけど、ギルドの社の近くに防犯カメラがあったんだ。その動画が逆に美海さんが社から朝まで外に出てない証拠になったが、私怨による暴動が起きて危険なために結局拘束したんだ。警察でもないのになんなんだあいつら。


 また、街中への転移は身体に痕跡が残るが、それも調べた結果該当せずと判断された。

 美海さんは設備の整った獄炎のギルドで軟禁されてる。

 牢獄があるギルドなんだ。獄炎の名にふさわしいな。


 自警団に対しての悪評も心配していたが、組織化したのはある意味専門家の獄炎と殺氷だ。

 信頼関係もしっかりしてるし、今の所きちんと稼働している。



 

「そうだ、ギルド資金の返済終わったんだって?ごめんね、最後まで手伝えなくて」


「あぁ、無事終わったよ。巫女のおかげてソロで回れるようになったんだ。最後まで手伝ってるようなもんだろ。ありがとうな」


「良かった、お役に立てて。みんなは疲れてない?大丈夫かなぁ」




 体を拭き終えた巫女が温かいお湯をキッチンに流す。

 汗もかかず、排泄もしないから本来は必要ないんだが。

巫女は毎日こうして細々と紀京の世話を焼いている。


 目を瞑ったままの紀京は、息をしていない。

 その姿を見る度に、紀京が本当に死んでしまうのではないかと……恐ろしくて仕方なくなる。俺は終わりの無い恐怖に、人生で初めて向き合ってる。


 紀京も巫女もこういう恐怖に向き合ってきたんだな。今更ながらに二人の強さを思い知る。





「自警団で証拠を集めてるがなかなか難しくてな。美海さんの動画データを作ったらしき名無しも捕まってるが、アイツ転生してこないんだ。眠ったままらしい」


「あぁ…そうなんだ。他のところに転生したのかな?そしたらその人からの証言は難しいねぇ」

「そうだな。残る方法はひとつ。それも、紀京が戻らないと」

「うん」


 


 巫女が紀京の傍に座り直し、頬をなぞる。

 紀京は転生中に皇に刺されそうになった巫女を庇って致命傷を負い、イザナミの居る冥界へ旅立った。

 

 紀京が旅立ったあとも、巫女はずっと紀京から離れなかった。優しい顔で、微笑むように紀京を見つめて。

 涙が止まらず、血と涙に濡れた顔でぽたぽたと紀京の顔に巫女の雫が落ちる音が、巫女の歌った…紀京の誕生を祝う歌が…耳に焼き付いている。


 アマテラスとツクヨミが言っていたのはこれだ。

 神様二人が、転生中に刺されたらなんて詳しく話した理由を紀京は分かっていたんだ。

紀京が倒れてから数日経ってしまった。

紀京の命のタイムリミットが容赦なく近づいてくる。



 あの時スキルを呼び出したにしては短時間で発動していた。

 恐らく、スキルの発動ボタンをショートカットに入れていたはずなんだ。紀京は巫女を守ることを最優先に考えていた。


 隠しスキルの事も、もっとちゃんと…それこそ脇腹をくすぐってでも吐かせるべきだった。あんなスキル使わせてしまったこと自体が悔しくて仕方ない。




 何もかも、手遅れだ。ああしていれば、こうしていればと過ぎたことばかりが浮かんでくる。


 紀京がこの状態になってから美海さんの無実の証明記録を出してもらうために、アマテラスの元へ行った。

しかし、データベースのアクセスへは裁定者が三人揃わないと出来なかった。


 八方塞がりだ。紀京が戻らなければ、美海さんが犯人に仕立て上げられてしまう可能性もゼロではない。



 

 新たに提出された証拠は皇の洋服に着いていた美海さんの繊維、体液、皮膚。

 接触した一瞬に髪の毛や何かDNAを盗み、複製した可能性が高い。


 そもそも美海さんはネカマだ。

 転生前は女性のキャラ同士なのに、おかしいだろ。ムキムキだからって、皇はそれを知ってるはずなんだが。

 何故か世論は皇寄りだ。

 おそらくこれも、操作されている。



 当時は巫女が切りつけられたのを見ていたから、巫女がそういう被害に遭うかと思ったが。そこは神様だったからな…巫女の血はDNAが読み取れず、複製も不可能らしい。


 巫女を狙って刺そうとしてきたのは意味がわからない。

 皇が狂ってしまったのか、それとも何か他の目的があったのか。


 凍結されたヤツらが無駄に性能がいいから、完全に犯罪者が組織化している。

 更に出してくるだろう偽造写真や動画の依頼も見つけているがイタチごっこだ。


 暴行犯の罪状を持つものはゲームからの追放が決まりだ。

 シャレにならない。俺達はまだだが、美海さんは転生を終えた。

ゲームからの追放は、イコール死になる。

 このルールを今さら変更したら、それこそ暴動が起きてしまう。


 紀京が動けないうちは本当にどうにもならない。




「あれ?ホウキとチリトリ?掃除の法術使わないのか?」

 壁に立てかけられた掃除道具が目に付いた。この家は掃除法術が備え付けられていたはずだが。


「法術だと紀京が、無機物に認識されちゃうからねぇ」

「…っ!すまん…!!」


「謝ることじゃないよ。スズ最近謝ってばっかり。ダメだよ、紀京に怒られるよ?」


 そうだな。気弱になってきてる自覚はある。




 いつでも、どこでも。俺は、俺たちは紀京に支えられていた。

 なんでもない顔して、ほんの少し落ち込んでるだけでもすぐに気づいて、面白いことを言って笑わせて。

時には怒り、時には真剣な顔で悩みを聞いて…いつも笑顔にしてくれていたんだ。


「巫女も怒られるぞ。もう何日メシ食ってないんだ?」

「うん…食べても吐いちゃって。昨日炎華さんがエナジードリンク持ってきてくれたの」

「そうか」



 巫女の反対側から紀京の顔の横に座る。

 最近気づいたが、ずっと桃の香りがしている。

 どうやら巫女の匂いらしいが、紀京に力を毎日注いでるらしい。

 体の維持に、必要なんだ。人は死んだら腐ってしまうから。まだ、死んでないのに…こんなリアル、いらんだろ。


 


「匂いまでお揃いか?相変わらず仲良しだな」

「うん。紀京も頑張ってる。お腹すいただろうねぇ。黄泉竈食になっちゃうから、紀京もご飯食べてないはずなんだ。

 ずっと、心は繋がってる。胸の中が暖かい。ボクの方が励まされてるんだよ」


「そうか……」


「最後の裁判、タイムリミットの日だね」

「あぁ。正しい方の証拠が集まるといいんだが。俺もそろそろ自警団を手伝いに行ってくる。美海さんの顔も見たいしさ」


 布団の上で組まれた紀京の手に触れる。

 冷たい。紀京は、いつも暖かい手だったのに。


 


「紀京、早く戻ってこいよ。巫女が痩せちまうぞ。待ってるからな」


 返事はかえって来ない。

 クソッタレ。早く帰ってきて、巫女といちゃついてくれ。粗塩でも、カラシでも、俺の古傷に塗ってくれよ。



「海によろしく伝えてね。祝詞の練習忘れずに、って言っておいて」

「おう。んじゃ、また来る。もう少ししたら、エンとヒョウが来る。そっちもよろしく言っといてくれ」


「はぁい」




 巫女が微笑むが、ほとんど口の端が上がらない。

紀京が居なくなってから、巫女は上手く笑えなくなった。


 胸に走る痛みに心の中で呻きながら部屋を後にする。ドアを閉めて、蹲る。


 クソ!情けない。なんにも出来ないじゃないか、俺は。

 巫女や紀京に助けられてばっかりで、何も返せない。本当にどうしたらいいんだ。


 頭の後ろのドアから、音が伝わってくる。




「紀京、今は季節が変わって夏になったよぉ。外はとっても暑いんだ。

 ひまわりがとっても綺麗だよ。とと様がね、紀京が帰ってくる頃には秋になるって言ってた。

ボク、紅葉見に行きたいな。おにぎりと、カップラーメン持って。

 聖職者の称号取った時みたいに、ピクニック行きたいんだ。水汲みも手伝って欲しいなぁ。ねっ、紀京」




 無理に明るく振る舞う巫女を、長い時間放置は出来ない。

 ずっと、ずっと紀京に語りかけ続けて、初日で声が枯れた。

 喉を回復術で治しても、一人でいるとずっとこうしてる。

巫女の愛情の深さが、代わる代わる訪れる俺たちにも深く突き刺さる。


 ずっとリアルで苦しんできた紀京が、巫女がどうしてこんな目に逢うんだ。俺がかわりたい。巫女の身代わりになった、紀京のスキルを俺にくれよ。




 目の前にハンカチが差し出される。


「ヒョウ?来てたのか」

「あなたが気づかないとは。寝てませんね?ダメですよ。ちゃんと寝なければ。紀京に怒られますよ」


「さっき巫女と同じような話をしてたよ」


 ハンカチを受け取って、涙を拭う。

 ここ何日かで一生分泣いた気がする。



 

「巫女は食事が取れないんですよね。エナジードリンクでは限界がある」

「そうだな。そういえばエンは?」

「裁判所へ手続きに。じきに来ます。」


「分かった。巫女を頼む」

「はい。情報屋をあまり使わないように。アレは危険ですよ」

「わかってるよ。じゃあな」



 ドアから離れる一瞬、鼻をすする音。

 巫女が泣いてる。

 何時まで寝てんだ。バカヤロウ…巫女の涙を拭えるのは紀京だけだってのに。一刻も早く、戻してやらないと。


 ヒョウが躊躇いながら中に入って行く。

 それを見送って、夏の日差しの中に身を投じた。



 今日も暑くなりそうだ。



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 紀京side



「残業残業、毎日残業。はぁ。もうヤダーーーー色んな意味で帰りたいーーーぁーーー!!!」

 見慣れたデスクの海で一人、手足をじたばたさせる。



 まさかゲームの中で社会人経験を積むことになるとは思わなかったなぁ。

 灰色のデスクに、卓上パソコン。

 支給された真っ黒のスーツとブルーライトカットのメガネ。




「やい、紀京。決済書類まだカ。はやく寄越さないと、明日の書類がまた山になるゾ」


目の前にやってきたのは頭に角が生えた女の子。

 背丈的には五、六歳くらいかな。顔立ちはヤンチャそのもの。つり目までは行かないが、気の強そうな瞳と白いくせっ毛のショートヘア。

 これで俺より年上だそうだ。

神様は年齢なんか見た目に関係ないよな。



「こういうのブラック企業って言うんだぞ!労働基準法違反だ!」


「黄泉の国は人手が足りない。労働基準法?何それ美味しいノ?お前が居れば仕事が捗るンダ。ずっとここにいロ」

「やーだねっ。オレは嫁さんのところに帰るんだ。まだやること沢山あるんだよ」


「まだ諦めてないのカ」

「諦めるも何も、俺死んでないもん」

「…はぁ。まあいい、お前みたいなこき使える賢いやつが必要だった。アホ百人より役に立つお前を、イザナミ様が返すわけナイ」



 イザナミは毎日しつこいよなぁ。ちょっと胃が痛いよ。毎晩毎晩、よく分からんけど色仕掛け?してくるし。

すまんが俺は巫女にしか興味が無い。


 


「お、下に迎えがきたゾ。全く、毎晩羨ましいことダ」

「お前がいってもいいぞ?」

「お前って言うナ。川上御前という名だと教えただロ。紙の神様だゾ」

「はいはい、川上さん。お疲れ様」

「ふん。明日も残業だからナ」


 嫌な終業の挨拶だな。

 盛大なため息を落としつつ、部屋を出てエレベーターが昇ってくるのを待つ。


 こういうの、好きじゃないなー。俺。

 もっと神様っぽい建物にしてくれよ。

 リアルで言う、ビジネスビルってやつらしい。木の建物じゃなくて、なんだか息苦しいよ。


 


 エレベーターに乗り、一階に到着する。

 わちゃわちゃと小人みたいなサイズのゾンビ達が足元を取り囲んで来た。


「紀京!」

「あきちか」

「迎え来た!」

「はよクルマに乗れ!」


 赤、青、黄色、黒のゾンビたち。

 式神とは違う、これも神様だ。

 俺の身の回りを世話してくれてる。勝手にそのまま色の名前をつけてるんだ。


 こちらは元々名もない神らしい。目がとろけてとび出てたり、頭に皮膚がなかったり、お腹の中身が見えててグロテスク。

 でも小さいからなんか可愛いんだよな。

 キモカワってやつか?


「はいはい。イザナミもいるのか?」


「いる」

「アキチカ!靴汚れてるぞ」

「ふいてやろう」

「あっ!抜けがけすんな!オレガ拭く!」

「おーい、帰ってからにしようぜ。靴なんか自分でやるからいいよ。お前達が汚れちまうだろ?」



 

 ブーブー言いながら足にくっついてくる。ふっ、かわいいな。


「クロ?どした?早くおいで」

「うん……」


 真っ黒のゾンビはいつも動きが鈍い。

真っ黒だからって贔屓はしてない!と思う。


 ズボンの裾に上手くくっつけず革靴の上で転がるから、手のひらにクロを乗せてビルから出る。

「紀京、あんがと」

「おう。はーあ、今日も長い夜になりそうだなぁ」




 なれない革靴をカツカツと鳴らして歩き、目の前に止まったでっかい黒塗りの車に乗り込む。


「ただいま」

「おかえり、紀京」


 後ろの席に乗り込むと、滑るようにして車が動き出す。

 運転手の姿はない。これも多分神様が動かしてるんだろうな。

クイクイとハンドルが勝手に動いてる。

真横に座ったイザナミが腕に密着してくる。


 うんざりしつつ、眉をしかめて自分の前髪をかきあげる。髪の毛が伸びて邪魔くさい。


「疲れた顔もいいよ紀京。セクシーだな」

「くたびれてる男なんて、しょっぱいだけだろ」

 

 受け答えしながら足元のゾンビたちを、膝の上に乗せてやる。

大人しく座って、じっと俺を見つめてる。

 俺の癒しはお前たちだけだよ。まったく。




「今日の私は何点かな?」

「毎日飽きずによく聞くな。ゼロだ」


 ぷくー、と頬をふくらせるイザナミ。

 見た目を毎回一生懸命巫女に似せてくるけど、全く似てない。

 巫女過激派舐めてんのか?



「今日は映画鑑賞だからね」

「どうせ拒否権ないんだろ。好きにしてくれ」


 ふかふかのシートに背中を預け、目を瞑る。

 真っ暗闇に巫女が居る。

 ほっぺ膨らませてるのは見たことないな。きっと可愛いだろうな。



 闇の中で巫女が頬をふくらませ、俺は微かに微笑んだ。

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