第8話「町の中の狼?」
勇者というのは聖具に選ばれ、聖具を扱うことの許された存在の呼称だ。滅魔の聖剣ファティアであれば魔物の血を啜り、己の力へ変えるという特殊な能力を獲得する。他の聖具であっても大なり小なり特殊な能力を手に入れることとなり、普通の人々と比べて画一した力を持つことの証明にもなる。
故に、勇者は行く先々で依頼を受けることがある。つまるところ、勇者の力を貸してほしいという要請だ。当然それを受けるかどうかは勇者本人次第ではあるものの、持ちつ持たれつの関係ということもあり、基本的には積極的に依頼を受けたほうがいい。
「詳しく聞こうじゃないか」
いまだベッドから起き上がるので精一杯だが、依頼の内容を確認するのはこのパーティのリーダーの務めだ。俺が傾聴の姿勢を取ると、エレナが詳細を話し始めた。
「依頼主はこの町の自警団長よ」
「また随分と大物だな」
自警団といえば町の治安維持だけでなく、火災なんかの対応、そして何より魔獣の襲撃に備える町の盾だ。特に魔王領に存在する町においては、平和な共和連合領内とはまた違ったニュアンスすら含む。
簡単に言ってしまえば町長の次くらいに偉い。
「どうやら、防壁が破壊されたことに随分ご立腹のようでね。その犯人を見つけて欲しいって」
「犯人? ブラッドマンティスを殲滅しろ……っていうわけではないな」
記憶を掘り返し、今回のケレス砦の一件で不審な点を見つける。この町の堅固を誇る防壁は、内側からの爆破によって壊されたのだ。たしか、武器庫の爆発だったか。
当然、町も武器庫の警備は厳重にしていただろう。爆発物がある以上、扱いにも最新の注意を払っていたはずだ。それなのに爆発は起きた。何者かの思惑が関与していると考えても、おかしくはない。
「とはいえ、それは俺たちの手に余らないか?」
「あたしもそう思う。犯人探しは身内でやって欲しいね」
エレナはともかく、ラウルはこの依頼にあまり乗り気ではないらしい。
それもそうだ。町の内部にある武器庫が爆発したとなれば、下手人は町の住人である可能性が高い。それこそ、自警団が乗り出す案件だろう。
「そもそも、俺たちは魔獣狩りならともかく、推理なんてできないぞ」
そんな名探偵の真似事みたいなこと、できるわけがない。
「私もそう言って断ろうとしたのよ」
エレナが柳眉を寄せる。魔術学院主席の頭脳も、魔術分野にしか働かない。誰が怪しいとか、誰にはアリバイがあるとか、そんな話は専門外だ。しかし、依頼主の自警団長はしつこく食い下がった。
「なんでも、自警団長が言うにはね……」
エレナは少し声量を抑えて、囁くように言う。
「魔族が入り込んだんじゃないかって」
「随分突飛なアイディアだな」
それこそにわかには信じ難い。
魔族は三十年ほど前から、急に徒党を組み始めた。それだけでも天地がひっくり返るほどの騒ぎになったと言うのに、潜入などという手の込んだことをするだろうか。
彼らは純然たる実力主義。腕っぷしだけが社会的地位を保証する、過酷な世界を生きている。ブラッドマンティスの襲撃を手引きするようなことを魔族がするとは思えなかった。
「そう確信するだけの理由でもあるのか?」
「武器庫の近くの道で、動物の足跡が見つかったのよ。砦の猟師の見立てでは狼に似てるって言ってたけど、当然町ではそんなの飼ってないしね」
「うーん。それは怪しいな」
街中に狼の足跡などまず見ない。そんなものがいれば大騒ぎになっているはずだ。であれば、人の目を掻い潜るほどの知能と力を持った狼――つまり魔狼であるという可能性も考えられる、というわけか。
「とにかく、魔獣がいるなら討伐。いないならいないことの確認。私たちならそう難しいことでもないんじゃない?」
「まあ、受けてもいいか。どうせ何日か世話になるわけだしな」
魔獣がいるかもしれない、もしかしたら魔族かもしれない。そんな町では気も休まらないだろう。幸いなことに、うちのメンバーはそういったことなら得意だ。俺もリハビリがてら街中を歩くくらいならできるはずだ。
「了解。それじゃあ依頼は受けておくわね」
「ちなみに報酬は?」
「宿代と食事代。場合によっては買い込んだ荷物の代金も立て替えてくれるって」
なるほど、妥当なところか。
俺たちも多少の金は持っているものの、余裕があるわけではない。安くなるならそれに越したことはないはずだ。
「本格的に動き出すのは明日からだな。とりあえず、今日は二人もしっかり休んでくれ」
「そうさせてもらうわ。正直、私もクタクタなのよ」
エレナはそう言ってぐったりとする。俺が寝込んでいる間に色々と折衝関係の雑事を勧めてくれていたようだしな。ラウルも流石に疲労の色が隠せていない。食器を片付けているシエラも同じだろう。
今日はしっかりと体を休め、明日から少しずつ動けばいい。
「人の町に侵入する魔狼ねぇ。魔族なら、考えられるのは人狼か?」
「狼の特徴を持つ魔族は多いからのう。可能性だけで挙げていけばキリがないぞ」
エレナたちが持ってきてくれた土産を勝手に食べながらファティアが言う。魔物に関しては生き字引と言えるほどの知識を持つ彼女ならば、思い当たる存在も多い。彼女には頼らせてもらうことになるだろう。
「それじゃ、私たちは宿に行くわね。ラインはしっかり休みなさい」
「気をつけるんだぞ」
そう言って二人が腰を浮かせたその時、ドアが開く。入ってきたのはシエラだ。なぜか彼女はまたお盆を抱えている。
「あれ、二人ともどこに行くんですか?」
宿に戻ろうとしていた二人を見て、シエラが首を傾げる。その様子で、二人も察したらしい。
「いや、その……」
「わ、私たちお腹すいてないし、ご飯はいいわよ」
なかなか戻ってくるのが遅かったシエラは、ラウルやエレナたちのぶんまで食事を作っていたのだ。ドアの前に立つシエラ。窓はひとつ。二人の表情に緊張が浮かぶ。
「食欲がないんですか? でも体は疲れているでしょうし、栄養のあるものを食べた方がいいと思います」
「栄養が無さそうなんだけど……」
「に、肉が食いたい」
「さ、どうぞ! 遠慮せずに。おかわりもありますからね!」
屈託のない笑顔で迫るシエラを前にしては、二人も強くは断れない。
結局、その日の夕食は四人仲良く虚無薬膳となった。ファティアはしれっと鞘に戻って沈黙を保っていた。こいつめ……。
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