第10話「魔狼探しは前途多難」
多少の騒動はあったものの、三人も程なくして装いを整えて降りてきた。何はともあれ、まずは依頼主からより詳しいことを聞こうと、俺たちはケレス砦自警団の事務所へと向かった。
「おお、あんたが勇者ラインだな。昨日は本当に助かったよ」
朝っぱらから豪快な声を上げる大男。ケレス砦自警団の長は、役職に相応しい体格と声量をしていた。ドワドワと名乗った彼は、つるりと滑らかな頭をぺちんと叩く。禿頭ではなく、濃緑色の細かな鱗が全身を包んでいる。
彼は蜥蜴人、リザードマンと呼ばれる種族の男だった。
「あはは。頼りになる仲間がいるもんで」
「いやいや、後ろのお三方もなかなかだが、ラインさん。あんたも素晴らしいよ。あんたが駆けつけてくれなかったら、ジョーイは死んでたからな」
あっさりと随分なことを言う。ジョーイは俺が駆けつけた時、ブラッドマンティスに向かって槍を向けていた人間族の青年だ。
「命の恩人であるアンタにこうして別な仕事を頼むのは心苦しいが、その力量を見込んでぜひお願いしたい」
「俺たちにできることなら任せてくれ。今日はそれの詳しい話を聞きにきたんだ」
ドワドワは縦長の瞳孔で俺たちを見て、嬉しそうに太い尻尾で床を叩いた。
「そりゃ良かった。じゃあ、早速本題に入ろう」
彼が案内してくれた自警団の建物には大きなテーブルが置かれており、そこにケレス砦の全容が描かれた市街図が広げられていた。すでに自警団の打ち合わせにでも使ったのか、何色かの駒や棒が配置されている。
「昨日、爆発が起きたのはこの辺り。防壁はこのへんが壊れた」
おおよそ円形に近い形を取るケレス砦の防壁、その一角に指を落としてドワドワが言う。頭の中に想像していた地図とも重ね合わせ、だいたいの位置関係が一致していることを確認していく。
「今は土塁を積み上げて応急処置をしてるが、そのうち土木魔術師も呼んで本格的な修理をしないといけない。ともかく、武器庫を防壁の近くに置くのは、今後考えなきゃならん」
そう言うドワドワの表情は悩ましげだ。武器庫の中身は防壁の外や上で使うものだろうし、街中にあっても不便なだけだからだろう。とはいえ、このあたりは俺たち部外者が関わるようなことじゃない。
「問題は、武器庫の近くの路地裏――ここだな」
意味深調に青いピンが置かれていた場所だ。武器庫に程近いが太い道から外れた路地裏。地図上でもひとけが少ないことが分かる薄暗そうな道。そこで、ケレス砦の猟師が狼の足跡を見つけたという。
ドワドワはテーブルに置かれていた紙を一枚引き寄せて見せてくれる。そこには荒い点描で狼の足跡が描かれていた。
「筆写魔術が使えるのね」
それを見たエレナが驚いたように言う。見た物をそのままそっくりに紙へ書き写す筆写魔術は、本人の素養が精度を大きく左右することもあり、魔術のなかでも特殊な立ち位置にある。
「ちぃと荒いがな。これで何か分かるか?」
「そうだねぇ」
じっくりと紙を覗き込んだのはラウルだ。魔獣の専門家である彼女は、そういった痕跡から持ち主を推測するのにも長けている。本来なら直接現場へ赴いて実物を見た方が臭いなんかも拾えていいのだが、残念ながらもう残っていないらしい。
「たしかに、普通の獣じゃないね。何かしらの魔獣、魔狼だ」
「やっぱりそうか。普通の狼が街中に入り込むわけもないしなぁ」
ラウルが太鼓判を押したことで、ドワドワは喜べばいいのか悲しめばいいのか一瞬迷った。自警団の見立ては正しく、ケレス砦に魔狼が入り込んでいる。
「魔狼のせいで武器庫が爆発したんなら、もう死んでるんじゃないの?」
「その程度で死ぬ程度の魔狼なら、こんなに思い悩んでいないんだろ」
首を傾げるエレナ。ラウルが応じて、ドワドワが頷く。
「実は騒動の後に巡回を強化してたんだが、この家が何者かに忍び込まれてな。肉を食い荒らされたんだ」
別のピンが置かれた家。何かの施設というわけではなく、民家のようだ。武器庫が爆発し、俺たちが駆けつけ、一件落着したかと思えた矢先、不審なことが起こった。人の仕業とも考えられたが、怪しい人物はいないという。
「現場に血痕とか毛とか落ちてなかったかい?」
「生憎と。あればそっから辿ることもできたんだけどな」
証拠らしい証拠と言えるのは足跡だけ。ドワドワも情報が少なすぎることは承知しているようで、ポリポリと頭をかいていた。
「まあ、なんとかやれることはやってみるよ」
「そうか! ありがとう、助かるよ」
成果は保証しないとして、調査には協力する。そう伝えるとドワドワは嬉しそうに尻尾をペチンと叩きつけた。
「街中に魔獣が入り込んでいるとなると、恐ろしいですね」
自警団本部を後にして、俺たちは早速現場へと繰り出す。シエラは不安そうな顔をして、町の安寧を祈るように指を組んでいる。
「買い物がてら軽く町を見て回ったけど、さすが魔王領の町だ。自警団も完全武装で警備してたし、門も隙がない。あれを突破できるとなると、かなり賢いことは間違いないな」
「これだけ血眼になって探しても見つからないってことは、よほど巧妙に隠れてるか変身できるか。どっちにしても厄介そうね」
ラウルとエレナも所見を述べ、魔狼の輪郭を固めていく。
「ファティアはどう思う?」
「うーむ。正直候補がありすぎてのう。人狼だけでも何種類もおるわけじゃし、魔狼も含めるとなると、もはや可能性は無限大じゃな」
「そんな前向きに言われてもなぁ」
一口に狼の魔獣と言ってもその内部は千差万別、多種多様。魔族も含めると、更に多くの氏族が存在する。ファングウルフのような共和連合領でもたまに見かけるようなものから、シャドウウルフのように魔王領の奥地でしか見られない強敵まで、幅広いラインナップだ。
筆写魔術で描かれた足跡で魔狼であると特定できたものの、その正体についてはまだ明らかではない。
「――と、いうわけで現場に来てみたものの」
「これはなかなか……」
実際に見てみないと始まらないと現場へやって来た俺たちは、その惨状に立ち尽くす。武器庫はほとんど残骸を残さず爆発四散し、周囲の建物にも少なからぬ被害を出している。周辺一帯が黒く焦げ付いて、ひしゃげた鉄の武器なんかが散乱していた。
損害は考えたくないし、再建にもかなりの時間を要することだろう。
町の住人たちが総出で片付けに追われており、足跡を残しておく余裕がなかったことも理解できた。
「これはもう、地道に探すしかないかもね」
「……ケレス砦は広いぞ?」
砦と言いつつ、歴史もそれなりにある町だ。防壁は人口の拡大と共に三回新造されているし、面積もそれなりにある。これをしらみ潰しに探すのは骨が折れる仕事だろう。
「なに、魔獣が隠れられるようなところは案外少ないはずだよ」
早速暗礁に乗り上げた魔狼探索。にも関わらず、ラウルは気楽な様子でそう言い放ち、尻尾を揺らすのだった。
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今日から1日1話投稿になります。
近況ノートでファティアのイメージイラストを公開しています。
https://kakuyomu.jp/users/Redcoral/news/16817330663114444720
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