第11話「無双する勇者」

 ラウルのアドバイスを受けながら、魔狼の隠れていそうなところを探す。人の気配が多いところはおそらく向こうも避けるだろうということで、路地裏や使われていない建物の陰などを重点的に。しかし、魔狼そのものどころか、それらしい痕跡さえ見つけることができないまま、時間だけが過ぎていった。


「血でもあれば妾も協力できるんじゃがのう」


 いい加減精神的にも疲れてきた俺たちを見て、ファティアが肩をすくめる。魔物の血を飲む聖剣である彼女は、魔物の血に限ればラウル以上に鼻が効く。血痕でも見つけられたら、そこから魔狼の正体と行方を探ることもできるはずだ。


「あーもう、疲れた! お腹すいたわ」


 気が付けば太陽は頭上で輝いている。エレナが音を上げたかと思うと、道端に置いてあった木箱に腰を下ろした。彼女ほどではないが、ラウルやシエラも同様に疲れた表情をしている。


「しかたない。一旦引き上げて何か食べるか」

「やったー!」


 現金なエルフに思わずため息が出る。とはいえ、腹が減ってはなんとやらだ。


「お昼ごはん、何作ってくれるの?」

「なんで俺が作る前提なんだよ」


 当たり前のように献立を聞いてくるエレナに半目を返す。せっかく町にまで来たというのに、なぜ自分で作らねばならないのか。たまには店で外食と洒落込みたい。

 ――と、思っていたのだが。


「ごめんね。ウチはしばらく炊き出しに出るから」

「ええ……」


 近くの飲食店が軒並み営業していなかった。理由を聞いてみれば、どの店も炊き出しを行うためだという。

 壊れた防壁の修繕と武器庫の再建は、魔王領にあるケレス砦にとっては急務と言える。町中から人手が集められ、現在も急ピッチで作業が進められている。そんな職人や男手を支援するため、炊き出しが行われるようだ。


「近くの広場でやってるから。勇者さんたちも来てくれたらいいよ」


 恰幅のいい料理屋のおばちゃんは、そう言って広場の方角を指差す。


「いいんですか? 俺たち、部外者だし仕事も手伝ってないけど」


 思わぬ申し出に驚いていると、おばちゃんはきょとんとした後、豪快に口を開けて笑った。


「あっはっは! 部外者だなんて。あんたたちがいなかったら、今頃被害はもっと大きかっただろうからね。遠慮することなんてないんだよ」

「そうそう。私たち頑張ったもの」

「タダで貰えるんなら貰っとこう」

「なんで二人までそっち側に立ってるんだよ」


 食い意地の張ったエレナとラウルに呆れつつも、おばちゃんにはしっかりと感謝する。そういうことなら、ありがたく甘えさせてもらおう。勇者とはいえ、正直懐にさほど余裕があるわけでもないのだ。


「せっかくだし、俺も炊き出し手伝わせてくださいよ」

「いいのかい? そりゃあ助かるけど……」

「何もしてないっていうのも申し訳ないんで」


 働かざる者食うべからず。せめてこれくらいはと申し出ると、おばちゃんは戸惑いながらも歓迎してくれた。

 炊き出しが行われる広場は、武器庫や防壁からも程近い場所にある。仮設のテントやテーブルなんかが並べられ、すでに即席の竈に大鍋が載せられていた。調理場では働き盛りといった婦人がたがエプロンをして、忙しそうに食材の下ごしらえを始めている。


「じゃ、私たちは待ってるわね」

「頑張れ、ライン」

「お姉ちゃん応援してますからね」


 自分たちが戦力外であることを自覚している三人は、早々に椅子に腰を落ち着ける。いっそ潔い彼女たちに呆れつつ、ファティアに呼びかける。


「とりあえず、包丁になってくれ」

「妾、聖剣なんじゃけど!」

「分かってるよ。これも魔を滅するために必要なことなんだからな」

「本当かのう?」


 疑わしげな目を向けつつも、ファティアは手頃なサイズの包丁へと姿を変える。こんな姿でもちゃんと聖剣なので、切れ味は凄まじく、扱いやすいのだ。


「このへんの芋、全部皮剥けばいいですか?」

「あれ、勇者さん!? どうしてこんなとこでこんなことを?」

「ははは」


 調理場に入って、早速カゴに山積みされた芋の皮剥きを始める。先に始めていたおばちゃんが驚いた顔で見てくるが、説明も面倒なので愛想笑いで押し通しながら。


「よっと」

スパパパパパパッ!


 芋の皮剥きはバイト時代に朝から晩までやってたからな。もはや呼吸レベルで体に染み付いている。そこにファティアの力が合わされば、絶大な相乗効果を発揮する。


「うわっ!? な、なんて速さなの!?」


 秒間三個のペースで芋の皮剥きをしていくと、隣のおばちゃんが目を丸くする。


「どうかしました?」

「随分と手慣れてるわねぇ。料理得意なんて、意外だわ」

「あっはっは。いやぁ、これくらい普通ですよ」


 あっという間にカゴの中の芋全ての皮を剥き終わり、次は一口大に切っていく。トトトトトッと気持ちのいい音をまな板から奏で、切れた芋は大鍋へと入れた。


「なんて洗練された動き……。あんた、並の料理人じゃないね」

「これでも王都の食堂でバイトリーダーしてたんで」

「そりゃあ激務だったんでしょうねぇ。それにしても、すごい手際だわ」


 日頃から料理をしている主婦たちだからか、続々と感激の声が上がる。普段野営している時には感じられない高揚感が、更に作業効率を高めてくれた。


「うおおおおおっ!」


 ファティアの切れ味は凄まじい。硬い根菜も軽やかに切断し、肉の筋取りも一瞬だ。白銀の刃が煌めくたび、野菜と肉が切られていく。


「こりゃあ負けてられないね!」

「私らの戦場はこっちなんだからね!」


 婦人方も俺の働きに感化されたのか、張り切って動き出す。気が付けば、野外の炊き出しとは思えないほど本格的な香りが広場に広がり、肉体を酷使した男性陣がゾンビのように集まってきていた。


「おお、いい匂いだ」

「ウチで出してる料理より美味そうじゃないか」

「なんで勇者さんが料理してんだ?」


 わらわらと人が集まってきたのと時を同じくして、大鍋の中が煮えた。料理はここからが本番だ。


「こっちに並べてくんで、自由に取ってって下さい!」


 積み上げられた皿に、鍋の中身をよそっていく。作ったのは塩分をしっかりと効かせたトマト煮込みだ。野菜もしっかり柔らかく煮込まれた赤いスープに、炙り焼きにしたベーコンがゴロゴロと入っている。

 テーブルに次々と並べていくそばから、男たちが競うようにして取っていく。


「な、なんておたま捌きなの!?」

「どのお皿も全部同じ量が入ってるわ」

「一切不公平を感じさせない均等な配膳、おかげで列の消化もスムーズですわ」


 後ろで様子を見ていたおばちゃんたちが愕然としている。王都の大人気食堂で鍛えられた俺の配膳テクニックは、本職の彼女たちにも認められるほどだった。


「パン、焼き上がりましたよ! バターを付けて食べても美味しいし、煮込みに浸しても良し! おかわり自由ですからね!」

「おお! ひとつくれ!」

「三つくらい取ってってもいいか?」


 焼きたてのパンも並び始め、テーブルに配られていく。さらにおかずも続々と完成してきた。


「ライン、おかわり!」

「これ美味しいわねぇ」

「野菜もたっぷりで栄養もしっかり取れますね」

「三人もよく食べるなぁ……」


 ラウルたちも器を抱えて何度もやってきて、俺の方が申し訳なくなってしまう。街の人たちはもっと食べていいぞと豪胆なことを言ってくれるから、余計に三人もモリモリと食べていた。


「おばちゃん、生ゴミはどこに捨てればいいんです?」

「それならあっちに集積所があるからね。持ってってくれるかい?」

「任せといて」


 百人前を遥かに超える料理を作れば、当然ゴミも相応に出る。カゴいっぱいに入ってずっしりと重たい生ゴミを抱えて、俺はゴミの集積所へと向かった。ゴミとはいえ、むざむざ捨てる訳ではない。一箇所にまとめて置いておいて、土に変えるのだ。そのための集積所が、街中に点在していた。


「ここだな」


 多少臭いもあるからか、ひとけのない場所にひっそりと置かれた集積箱。それを見つけて、近づいていく。


『むむっ! ライン、気をつけよ!』

「なに?」


 その時、包丁状態で腰に差していたファティアが念話で異変を伝えてくる。


『その箱の中に何かおるぞ』


 彼女の警告を受けて、カゴを地面に置く。直剣を振り回すには周囲が狭すぎる。とりあえず、包丁サイズでいいだろう。ファティアを握ったまま慎重に箱に近づき、蓋を開ける。


「なっ!?」


 その中を覗き込み、俺は思わず声を上げた。

 生ゴミに塗れて倒れていたのは、肋が浮くほど痩せ細った、小さく薄汚い狼だった。

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