第22話「茹で芋。塩を振って」

 ラウルが見つけたのは、坑道の途中に作られた休憩所のような場所だった。ドワーフサイズの小さなテーブルと椅子が置かれ、水や薪、そして竈もある。簡単な煮炊きならできるようになっているらしい。


「ちゃんと防火の術がされてるわね。特別頑丈に作られてるし、入り口が埋まっても一月位はここで耐えられるってことかしら」


 休憩所の隅々を調べていたエレナが、そこに施されていた魔法を分析する。


「休憩所というより、避難所か?」

「縁起でもないな」


 願わくば、ここをそんな用途として使わないまま帰りたいところだ。

 何より重要なのは、ここに残された焚き火跡だ。まだ灰が残っており、ほのかに温かい。ここで火を起こしていた者が去ってから、さほど時間が経っていない証拠だ。


「奥に進めば、この焚き火の主と会えるかもしれないな」

「追いかけるか」

「ええー? せっかく調理場があるのに、ご飯食べないの?」


 立ち上がって来た道を戻ろうとすると、エレナが声を上げる。


「お前……」

「エレナさん、さすがに状況を考えてくださいよ」


 あまりにもあんまりな言葉に、ラウルとシエラも呆れ顔だ。しかし当の本人は何を責められているのか分からないような顔で首を傾げている。


「焚き火の後があるってことは、とりあえず生きてるんでしょ? 差し迫った状況ってわけでもなさそうだし。それよりも腹が減っては戦はできぬってラインもいってるじゃない」

「これだからエルフは……」


 長命種というのはこう言うところがある。とにかく時間というものにルーズというか、その価値をかなり軽視している節があるのだ。

 若く見えるエレナも、実際の年齢はかなりのものだ。これでも一応、普段と比べれば焦っているほうなのだろうが、前提となるタイムスケールが違いすぎる。


「全部片付いたらいくらでも食べさせてやるよ。とりあえず、今は奥に進もう」

「はぁ。仕方ないわねぇ」


 とはいえ、エレナも少し言えばすぐに引き下がる。時間にルーズすぎるせいで、多少順序が前後しても気にしないのは、ある意味では助かる。


「……うん? ちょっと待て。エレナ、どうしてこの焚き火の主は安全だと思ったんだ」


 出発する直前、違和感を覚えて振り返る。ここは避難所としても想定されている場所だ。焚き火の主が危険な状況にある可能性は十分に考えられる。だがエレナは特に疑うこともなく、彼は安全を確保できていると判断していた。

 理由を尋ねると、エレナはきょとんとして口を開く。


「なんでって、焦りが感じられないもの」

「焦り?」

「避難所として使ってたなら、わざわざ荷物を片付けたりしないでしょ」


 そう言って彼女は壁に埋め込むように作られた棚を示す。そこには非常食なのか、干し肉や塩といった食料が保管されている。どれもしっかりと整理されていて、ここに納めた者の性格がよく分かる。


「たぶん、ドワーフが二人ってところでしょ。ここで軽くごはんを食べたけど、本来の目的は備蓄の補充じゃない? 焚き火を起こして料理したにしては備蓄が減ってないし、むしろ新しいものが増えてるし」

「……エレナってほんとは賢いんだな」


 すらすらと根拠をあげていくエレナを、俺たちは思わず唖然として見つめる。そんな反応が気に入らなかったのか、彼女は細長い耳を震わせて怒った。


「私、学院主席なんだけど! 元々賢いんですけど!」

「……とりあえずわざわざ焚き火を起こして料理して、後片付けまでしっかりしてるなら、確かに緊急事態ってわけではないだろうな」


 ぷんぷんと怒りをあらわにするエレナを軽くあしらいながら、ラウルが頷く。


「緊急性はないのに、下の町への連絡は怠ってるのか。ますます意味が分からないな」

「とりあえず先に行けば会えるんでしょう? 直接理由を聞けばいいじゃない」


 謎が更に謎を呼ぶような展開に、思わず首を捻る。

 結局、エレナの言葉以上の解決策は見つからず、俺たちは探索を再開することにする。しかし、焚き火を見たら緊張が抜けてしまった。多少ドワーフたちにも余裕があることが分かったし、少し休憩するくらいならいいかもしれない。


「……ちょっとだけ休むか」

「やったー!」


 俺が決断するとエレナがぴょこんと飛び跳ねる。


「まあ、疲れたまま焦っても危険なだけだしな」

「たまにはエレナさんの言うことも正しいかもしれませんし」


 ラウルたちも同意し、地面に座り込む。ドワーフ用の椅子は座面が低すぎて、逆に窮屈なのだ。


「何か食べるか?」

「それなら、妾はさっきの芋が食べたいのう」


 すかさず鞘から飛び出してきたファティアが唇を舐めながらそんなことを言う。周りを見渡せば、エレナだけでなくラウルやシエラも興味を向けていた。なんだかんだ言って、みんなあの芋が気になっていたらしい。


「はぁ……。エレナ、火を起こしてくれ」

「任せなさい!」


 女性陣の分かりやすい反応に思わず笑いそうになりながら、俺は調理の準備を始める。水はあるし、フライパンでも茹でられるだろう。

 エレナが熾した焚き火の上にフライパンを置き、水を沸騰させる。皮を剥いた芋を投げ込んで、しばらく待つ。どれくらい茹でればいいんだろうか。とりあえず、細長い針状にしたファティアがすっと通るくらいになればいいか。


「軽く塩くらいは振ったほうがいいかね」

「シンプルだな」

「どんな味か分からないしな。あ、シエラ、毒がないかだけ確認してくれ」


 とりあえずはこんなものでいいだろう。

 得体の知れないものを食べるというのは少し怖いが、最悪シエラの祈祷があれば命までは取られない。女神の祝福があるだけで、かなり安心なのだ。

 シエラが祈祷術で毒の有無を確認する。薬草の判別なども、彼女は得意だ。修道院での修行にはそういったものも含まれる。


「毒はなさそうですね。食べてもいいと思います」

「じゃあ、食べてみるか」

「いただきまーす!」


 皮を剥いて茹でて塩を振っただけの簡単調理だが、レイラたちは早速手を伸ばす。ルビーのぶんは塩を振らずしっかりと冷ましてから渡してやると、彼女も慎重に匂いを嗅いだ後に齧り付いた。


「ほふっ、ほっ」

「ちょっとねっとりしてるか? でも美味いな」

「はひふふほっ」

「美味しいですねぇ」


 エレナは何を言っているか分からないが、表情を見るに気に入ったらしい。ラウルとシエラもうんうんと頷いている。

 俺も自分の分を手に取り、塩を振って食べてみる。


「うん、うん」


 ラウルの言ったように、すこしねっとりとした食感だ。味はかなり濃厚で、ほのかに甘い。塩の味が程よく、少し土っぽいが十分に美味しい。一つ一つがかなり大きいうえ、芋なので腹にも溜まる。

 これはなかなか、いろんな料理に使えそうな食材じゃないか。


「むふぅ。こういうシンプルな味もよいものじゃのう」


 聖剣も納得のおいしさだったようで何よりだ。ファティアは両手で包むように芋を持ち、幸せそうに目を細めている。


「美味いな、これ」

「そうでしょう?」


 なぜかエレナが嬉しそうだ。彼女は早速二つ目を手に取って、塩を強めに振っている。エルフのくせによく食べる……。


「もう終わりだぞ」

「えええっ!?」

「もともと休憩だからな。さすがにずっとここにたむろしてる訳にもいかないだろ」


 ほっとけばもっと茹でろと言いそうなエレナに釘を刺し、何か言われないうちにフライパンを片付ける。

 そうして、今度こそ坑道の奥に向けて出発しようとしたその時だった。


「なんじゃ、芋の匂いがするのう」

「黒鉄芋の匂いじゃ」

「誰ぞおるのか?」


 坑道の奥から、しわがれた声が近づいてきた。

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