第21話「芋掘りと痕跡」
ドグラ鉱山の上町は人の気配が消えていた。ルビーの感覚だけを頼りに、俺たちは町の奥にあった坑道の一つに足を踏み入れた。ファティアはその先から微かに血の匂いがすると言っていたが、俺たちはおろか、ラウルすらもそれは感じ取れていない。ただ不穏な気配だけを感じながら、暗い坑道の中を進む。
頼りとなるのはエレナの光源魔法だけ。ファティアも剣の状態なら神聖な力がほのかな光となって現れるが、今は剣霊として俺のそばについている。
「前方から魔獣だ。ロックワームだな」
「またかよ!」
坑道内部に激震が走り、細かな石の欠片が落ちてくる。岩肌を食い破って現れるのは、人の頭を丸呑みできそうなほど大きなミミズだ。丸い口にずらりと並んだ大きな歯が硬い鉱石を砕き、その体表は岩盤を砕くほど硬い。
「まったく、坑道なのに安全が全然確保されてないじゃないの!」
エレナが杖を構え、詠唱を始める。
ここは坑道ではあるが、平和な共和連合領ではない。だからこそ、普段は魔王領での暮らし方に慣れているドワーフの鉱夫しか立ち入らない。ど素人の俺たちでは、その足音で地中の魔獣を誘き寄せてしまうからだ。
「エレナ、火は使うなよ!」
「分かってるわよ!」
しかもこの穴倉という環境がまた厄介だ。派手に叩けば落盤の危険があるし、不用意に火を使えば爆発もあり得る。長柄の武器を振り回すのも難しい。
「ラウル先生、一発やっちゃってくださいよ」
「はあああああっ!」
結局、パーティで一番小回りのきく格闘家であるラウルにばかり負担がかかってしまっていた。
彼女は勢いよく拳を突き出し、ロックワームの頭を潰す。それでもしぶとく動き回るそれを腕でがっしりと掴み足で踏みつける。岩のように硬い、というか岩そのものと言っていい外殻を力づくで破壊した。
「ふんっ!」
さすがは獣人。その膂力は俺やエルフをはるかに超える。
だが、さしもの彼女も度重なるロックワームの急襲を受け続ければ疲労が溜まってしまう。
「ラウル、交代だ。俺が出る!」
「っ! 頼んだよ!」
ラウルが下がり、シエラから癒しの光を受けている間、俺とエレナが代わりにロックワームを抑える。
「“ブラストランス”ッ!」
エレナの杖から突風の槍が放たれる。だが、硬い甲殻を持つロックワームには効果が薄い。せいぜいが怯ませる程度。――その程度でいい。
「ファティア、3秒後に1メートルだ!」
『ええい、注文が多いのう!』
ロックワームが仰け反る。その懐に飛び込み、聖剣を振りかざす。狭い坑道内で長い剣を振り回せば壁に突っかかる。下手に動けば、柱を倒して生き埋めになってしまう。
だが、俺の相棒は聖剣だ。その形状をなめらかに、そして自由に変えることができる。
振り下ろした剣が急速に刃を伸ばす。坑道の壁に触れない程度の短剣から、ミミズの体を輪切りにするのに十分な長剣へと。
「せぇい!」
血威解放も併用し、一時的に俺の力はラウルを越える。
ファティアの素晴らしい切れ味は甲殻もバターのように切り、その下の肉と脂も断つ。ロックワームが断末魔を上げ、頭を飛ばす。
『むふふっ! ちと少ないがコクがあって良いのう』
降り注ぐ魔獣の血を吸いながらファティアはご満悦だ。
どさりと力なく倒れるロックワームを見て、俺は大きく息を吐いた。
坑道荒らしと名高いロックワームとも戦えている。ラウルも回復が間に合い、再び立ち上がっている。今の所、連戦続きではあるものの、危なげなく進めている。とはいえ……。
「これじゃあ血の匂いを辿るどころじゃないな」
周囲にはロックワームの匂いが立ち込めている。風の巡りもほとんどない坑道では、その生臭い匂いが不快だ。ルビーの方を見てみると、彼女も気分が悪そうだ。
シエラが祈りを捧げ、ロックワームの骸を片付ける。それでも、匂いは消えない。
「とりあえず進むしかないでしょ」
ローブの汚れを落としながらエレナが言う。
ロックワームが壁や天井から出てくるせいで穴ボコだらけだが、元々の坑道は一本道だ。柱も等間隔で立てられていて、今の所迷う要素はどこにもない。進むしかないということだ。
「ライン、ちょっと見てください」
「どうした?」
歩き出そうとした矢先、エレナが何かを見つける。ちょいちょいと手招きで呼び寄せられて近づくと、彼女はロックワームが出てきた穴の奥を覗いていた。
「何かあったのか」
「これなんですけど」
そう言って彼女はおもむろに穴に手を突っ込む。ついさっき魔獣が出てきたばかりの穴なのに、ずいぶん豪胆だ。ともかく、そうして戻した手には土まみれの何かが握られていた。
「これは……芋か?」
「そのようですね。
ラウルが目を凝らす。
軽く泥を落とせば、鈴なりに実のった立派な芋の束であることが分かる。かなり大ぶりで食いでがありそうな見た目だ。
「野生種か?」
「にしては立派だなぁ。というか、なんて名前なんだろう」
「毒はないでしょうね?」
シエラの手の上にある芋を見て、俺たちは口々に言い合う。見た感じでは毒々しい気配はないが、よく分からない。
「エレナ、水で洗ってくれ」
「私のこと便利な道具とでも思ってるの?」
唇を尖らせつつも、エレナは杖の先から水を出してくれる。なんだかんだ優しいというか、世話焼きというか。
ちょろちょろと流れ出す水で泥を落とすと、しっかりと芋の姿があらわになる。濃い紫色というか、ほとんど黒に近い色だ。爪で剥がせるようなものではなく、かなり分厚い皮をしている。
ファティアを小さなナイフに変えて、削ぎ落とすように剥く。
「ラインは皮剥きも一級品ね」
「この程度で褒められてもなぁ」
まあ、エレナは燃やすしラウルは潰すしエレナは皮どころか芋本体まで削り取るのだが。なんで芋の皮剥きひとつできない奴らばっかりなんだ……。
「しかし随分分厚い皮だな。しかもかなり硬い。ていうか石みたいだ」
「ロックワームとおんなじで、岩を食ってるんじゃないか?」
「怖すぎるだろ」
ラウルの突拍子もない言葉にツッコミを入れつつ、皮を剥き終える。中身は思ったより普通の芋だ。
「生はさすがにキツイよな」
「焼き芋にしてあげようか?」
「消し炭の間違いだろ。ていうか、こんな坑道のど真ん中で煮炊きするわけにもいかないしな……」
芋の謎は謎のまま。このまま戻って茹でるわけにもいかない。
結局、俺たちは洗った芋をひとまず荷物に加え、坑道の先へ向かうことにした。しかし――。
「ライン、ここにもお芋がありましたよ!」
「こっちにもあるな」
「わふんっ!」
「めちゃくちゃ埋まってるな……」
坑道の奥へ進むほど、芋が壁の中から顔を出している。シエラたちもテンションが上がったのか、見つけ次第掘り出しはじめた。
「むむっ、ここ膨らんでるわね」
「ちょっ、エレナ!」
「うわーーーっ!?」
壁に埋まっているのは芋だけでなく、ロックワームも同様だ。時折ハズレを引きながらも、続々と芋が集まっていく。……こんなに取ってどうするんだろうか。
ドワーフを探しに来たのか芋を掘りに来たのか。当初の目的が遠のいていく気配を感じながら坑道を進む。
「ライン!」
「どうした? もう芋は十分だぞ」
「そうじゃない。人の痕跡を見つけた」
ラウルがそんな声をあげたのは、芋掘りに飽き飽きしてきた矢先のことだった。
慌てて彼女のもとへと集まった俺たちが見たのは、坑道から枝分かれした先に作られた袋小路。そこにはおそらく地表へ伸びる通気孔もある、休憩所のようだった。
ラウルは部屋の中央に膝をつき、焚き火の跡を触っている。俺もそれに倣い、そして気付いた。
「灰がまだ温かい」
「誰かがここにいたってことだな」
貴重な手がかりだ。俺たちはようやく光明を見つけたような気がして、思わず笑みを浮かべた。
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本日から更新再開します。またよろしくお願いいたします。
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