第20話「もぬけの殻」

 険しい急斜面に敷設されたレールの上を、トロッコが軽快に駆け上っていく。動力もないというのに順調な走りで、俺たちは左右へ抜けていく絶景をただただ楽しんでいた。


「すごいですねぇ。これがツクモガミですか」

「なんちゃって、だけどね。長い間丁寧に使われた道具に宿る残留思念が、このトロッコを動かしてるのよ」


 ドグラ鉱山の上層へと続く線路を進む間に、俺たちはドワーフについての情報をまとめる。とはいえ、分かっていることはドワーフ族の表面的なことばかりで、ドグラ鉱山のドワーフについては知らないことも多い。

 魔王領に位置する山ではあるが、ここには昔からドワーフ族が住んでいた。武器の作り方から扱い方まで熟知した天性の戦士たちは、地中に張り巡らせた坑道もうまく使って、魔族の侵攻も阻んできたらしい。

 そうしているうちに共和連合領から人が現れ、交流を持つようになった。

 ドワーフは暴力ではなく対話で交流を図ろうとした共和連合領に心を開き、お互いの利益のための貿易が始まった。ドワーフは鉄や宝石を送り、共和連合は食糧や物資を返す。

 いつしかドワーフの名品を求めて麓に町が出来た。それでも、両者のつながりはトロッコの路線を通じたゆるいもので、普段から麓と山頂の交流は最低限でしかなかったという。


「まあ、ドワーフは頑固者が多いって言うからな。あんまり過剰に干渉するわけにもいかなかったんだろう」

「その結果が今回の音信不通なんだから、厄介なものよね」


 コミュニュケーションは大事よ、とエレナが訳知り顔で言う。

 エルフなんて長寿種族の代名詞で取引するなら契約はしっかり確認しておけと言われているのだが。時間感覚が違いすぎて、平気で数年単位の延滞とかするからな。元の職場のツケ払いの常習犯のほとんどはエルフである。


「そういえば、ドワーフも長寿種族だったか」

「長寿?」

「エルフと比べりゃなんだって短命だろうけどな」


 首を傾げるエレナに突っ込みを入れつつ。


「たしか、平均でも200は超えるんだったか」

「人間からすると想像もできませんねぇ」


 エルフが長い者だと1,000を超える超長命種だが、ドワーフもなかなかのものだ。石から生まれると言われるだけのことはある。ちなみに人間や獣人は大体80年生きれば大健闘だ。そもそも天寿を全うできる者はどれくらいいるのか、という問題もあるが。


「数百年が基本単位とはのう。ぷふふっ」

「聖剣が張り合ってどうするんだよ」


 ファティアが口を抑えて肩を振るわせる。彼女がいつ生まれたのかは知らないが、そんじょそこらのエルフなど足元にも及ばないということは薄々感じている。そもそも、聖具とはそういうものだ。


「わふっ」

「んー? ルビーは何歳くらいなんだろうな」


 俺の胸に鼻先を擦り付けてくるルビーは見た目は仔犬のようにも見える。とはいえ、よくよく考えてみると、俺は赤月狼の寿命というものもよく知らない。ラウルやファティアも、詳しいことは言えないようだった。

 勇者というのは魔獣や魔族を打ち倒し、やがては魔王を滅することを目指している。それなのに、俺たちは相手のことをほとんどなにも知らないんじゃないか。

 ふと、そんなことが脳裏を過った。その時、トロッコがゆっくりと速度を下げていく。


「上町に着いたみたいね」


 周囲は薄く霧に包まれ、視界が悪い。しかし傾斜が緩くなり、建物が見えてきた。山の斜面に半ば埋まったような、独特の建築様式だ。おそらくはドワーフ族のものなのだろう。

 発着場の周囲には、下町と同じように倉庫がずらりと並んでいる。しかし、降り立ってみれば町は異様なほどに静かだった。


「こりゃあ、何かありそうだな」


 普段の様子を全く知らなくとも、町が異常であることは分かる。俺たちは警戒心を高めて、慎重な足取りで町中はと入って行った。


「こっちにも誰もいないわね」

「物音ひとつしないとは不気味だね」


 発着場は町の中心だ。そもそも、頂上付近の斜面に築かれた町はそれほど大きなものではない。俺たちはすぐに街中を見てまわり、そしてついに誰にも会わなかった。

 魔族の襲撃を受けたような気配もなく、ただ人の気配だけがないのだ。

 いったい、ここの住人たちはどこへ言ってしまったのだろうか。


「わふっ!」

「うおっと、どうしたルビー?」


 その時、突然足元にいたルビーが飛び跳ねる。何かを見つけたのか、しきりに鼻を動かして周囲を探っている。


「ラウル?」

「あたしを魔獣と一緒にするなよ。獣人族の鼻じゃなんにも感じられない」


 ふと気になって隣を窺うと、ラウルが睨み返してきた。流石に獣人といえど、本物の獣には敵わない。


「わふっ!」

「何か見つけたらしいな」


 ルビーがまたひとつ吠えて、地面の匂いを辿るように動き出す。それ以外に手掛かりらしいものもない。俺たちはひとまず、彼女の後をついて行くことにした。


「ここは……」


 ルビーは一心不乱に歩き、やがて町の外れへとやってきた。そこを見渡してシエラが首を傾げる。


「採掘場ですか?」

「坑道の入り口だね」


 トロッコの発着場からもレールが延びている、山の斜面をくり抜いた場所だ。段々になった斜面にいくつも穴が空いており、その奥は暗くて見通せない。


「ふむ。これは……」

「ファティア、何か分かるのか?」


 ずらりと並ぶ坑道の入り口を前にしてファティアが眉を寄せる。


「この奥から微かじゃが血の匂いがする。おそらく、そこに住人もおるようじゃ」

「血の匂いとは、物騒だね」

「しかし、穴は多いぞ。どれを選べばいいんだ?」


 血の匂いという言葉に空気がピリつく。しかし進もうにも選択肢が多すぎる。端から順に調べていくのでは、時間がかかりすぎるだろう。


「わふっ!」


 頼もしい声が再び上がる。

 ルビーは坑道の前で熱心に匂いを嗅いだかと思うと、ついに一つに目標を定めた。


「案外頼もしいわねぇ」

「ふん。合ってるかどうか、まだ分からないよ」


 ルビーの選択を信じることにして、俺たちは彼女が選んだ坑道へと足を踏み出す。暗い横穴をエレナの魔術で照らしながら、慎重に奥へと進む。

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