第23話「オグオグドサザ」
咄嗟に身構える俺たちの方へ足音が近づいてくる。二足歩行だ。歩速は遅い。だが重たい。三人か。訛りはあるが共和語を話しているらしい。となれば――。
「エレナ、杖を収めろ」
「っ!」
エレナが魔力の循環を解き、杖を下ろした。直後、物陰から現れたのは小柄な人々だった。手足の短いずんぐりとした体格で、豊かな髭が顔の半分以上を隠している。彼らは俺たちの方を見上げて、驚いた様子で声をあげた。
「おお、人間じゃ」
「獣人もおるな」
「あやつはエルフか?」
口々に放って、彼らは狼狽える。まさかこんなところにドワーフ族以外がいるとは思わなかったのだろう。
彼らはドワーフ族。この坑道を掘った種族であり、俺たちが探していた人物だ。
「勝手に坑道に入らせてもらった。俺はライン。勇者だ」
「おお……。それは聖剣か? 見事な業物じゃのう」
中央に立つ、少し背の高い――と言っても俺の腰ほどもない――ドワーフがリーダー格なのだろう。そう決めつけて話しかけると、彼は真っ白な髭をもさもさと揺らして、ファティアの方を見る。聖具は勇者の証。これを見せれば、ひとまず怪しい者ではないことを証明できる。
シンプルな長剣の姿で俺の手に収まるファティアは、名工も多いドワーフ族のお眼鏡にも適ったようだった。
「下の町から依頼を受けてね。様子を見に来たんだ」
「このぶんだと心配いらない感じがするけど」
ラウルが事情を説明し、エレナが三人のドワーフを見渡して息をつく。
下町の住人たちの不安がる表情とは裏腹に、ドワーフたちはいたって平和そうな様子だ。少なくとも、逼迫している様子はないし、怪我もなさそうだ。
「ワシはゴンゴンじゃ。こっちはダンダダ。こいつはギギググじゃよ」
リーダー格のドワーフが名乗る。ドワーフっぽいネーミングだが、覚えやすくていい。
黒い髭を生やし、ピッケルを担いだドワーフがダンダダ。まだドワーフ的には髭が短い、若いドワーフがギギググというらしい。
「町の様子を軽く見たけど、人が見当たらなかったんだ。それで坑道にまで足を伸ばしたんだが……」
「なるほど、なるほど。そういえば連絡をしておらなんだ気もするのう」
「悠長なことを言うなぁ。下町の人たちはずいぶんと心配してるんだぞ」
顎髭を撫でながら首を傾げるゴンゴン。行商人も途絶えて活気のなくなった下町の様子を思えば、少し気楽すぎる気もする。
「私たちの前にも何人も様子を見に来たらしいけど、会ってないの?」
下町と上町の連絡が途絶えて一月。その間に様子を見に何度も使いの者が送られたが、彼らは全て消息を絶っている。その中には俺たちと同じ勇者パーティもいたはずだ。
しかし、少し苛立ちも含んだエレナの言葉にゴンゴンたちは驚いた様子だった。
「そんな奴らが来たって話は聞かんぞ」
「そもそも、この時期はワシらは穴の奥におるからのう」
顔を見合わせて困惑するドワーフたちに、不穏な気配が流れ始める。
これは一度、情報を整理する必要がありそうだ。
「ゴンゴン、上町のドワーフたちは全員無事なのか?」
「無事? まあ、無事といえば無事か」
「なんで歯切れが悪いんだよ……」
ぽりぽりと頭を掻くゴンゴン。すっきりとしない反応にラウルが尻尾を揺らす。
「ちょっとした対立はあるからのう。まあ、それ自体が祭りみたいなもんじゃが」
「祭り? そんなことをやってるのか?」
「うむ。今はオグオグドサザ祭りの真っ最中じゃよ」
オグオグドサザ祭り。全く聞いたことのない名前だ。エレナやシエラも知らないのか、眉を寄せている。
「祭りは坑道の奥の暑い所でやるからの。今はドワーフ共はみんなそこに集まっておる」
「自主的に移動したってことか……。しかし、そんなことをするなら事前に下町に連絡しておけよ」
ドワーフたちが鉄を送らなくなった原因は、そのオグオグドサザ祭りとやらの開催期間に入ったからだろう。そんな重要なことなら、事前に一言連絡しておけばよかっただろうに。そうすれば無用な心配もかけずに済んだ。
ゴンゴンたちはそれを聞いて、再び困ったように顔を見合わせる。
「そう言われてものう。前の祭りの時は下町なぞなかったしのう」
「下町がなかったって……。どういうことだよ」
「まさか……」
目を丸くするラウル。エレナは何か思い当たる節があるのか、口を開く。
「そのオグオグ何とかって何年周期の祭りなのよ」
「黒鉄芋の収穫時期が来たら、じゃからな。あー、大体150年に1度か」
「おお……」
ゴンゴンの口から飛び出した数字に、俺とシエラとラウルは愕然とする。勝手に坑道の壁から掘り出して、茹でて塩振って食べていた芋は150年かけて育てるものだったらしい。
いや、重要なのはそこではない。
オグオグドサザ祭りは150年に1度、ドワーフたちの間で行われる。150年前には下町など面影すらなかったのだろう。
「エレナ、ドワーフの寿命は?」
「大体800年くらい」
「長命種め……」
つまりは、そういうことだ。
ドワーフはドワーフの時間感覚で生きている。彼らからすれば150年というのはとても長い時間というわけではない。その間に下町ができて、そことの交流も生まれたが、感覚としては新しい変化だ。そして彼らは150年ぶりに結実した黒鉄芋を見て、祭りの季節がやって来たことを知る。
150年前と同じように祭りの準備をして、そして開催した。一月程度で終わるようなものでもないのだろう。
当然、下町の人々はそんな伝統を知らない。不安に思うのも仕方のないことだ。
長命種と短命種の不幸なすれ違いだ。
「シエラ、忘れないうちに下町に連絡しておこう」
「分かりました。……どう説明しましょうね」
複雑な事情に悩みながら、シエラは伝言の祈祷術を使う。これを使えば、ひとまず下町にいる聖職者に状況を伝えることはできる。
「それで、オグオグドサザ祭りっていうのはどういうものなんだ?」
150年ぶりに開催され、下町への連絡も忘れるような祭りだ。ドワーフでなくても興味は湧く。ラウルに尋ねられ、ゴンゴンたちはそれならと言った。
「それなら、お主らも来てみるか? 美味いぞ、オグオグは」
「美味い?」
結局その詳細は明らかにされないまま、ゴンゴンたちは歩き出す。俺たちは一抹の不安を胸に抱きながら、彼らの後に続くしかなかった。
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