第24話「ギギララとラグラグ」
ゴンゴンたちの後を追ってドグラ鉱山の坑道奥深くへと進む。入り口は山の高所にあったが、坑道事態は下へ下へと降っていくものだ。そして、俺たちはその道のりでドワーフの坑道の過酷さを思いしった。
「うぅ、気持ち悪い……」
地中深くへ穿たれた坑道は、進めば進むほど空気は澱み、気温も高くなっていく。
「なんじゃ、エルフは軟弱じゃのう」
「仕方ないでしょ。こんな鉄っぽい場所は慣れてないのよ」
町生まれ町暮らしのエルフであるエレナも、これだけ環境が違えば不調をきたす。青い顔をする彼女を、ゴンゴンたちは心配そうに窺っていた。岩から生まれると言われるほどのドワーフたちにとってはこの環境こそが当たり前であり、坑道を歩くだけでふらつくエルフは理解し難いのだろう。
「“かの者の身を癒し、清浄なる風で包みたまえ”――『癒しの加護』」
「あー、助かるわぁ」
シエラの祈祷によって、穏やかな光がエレナを包む。一時的に暑さや寒さを緩和し疲労を癒すという便利な祈祷術だ。ついでに俺たちも同じものを施してもらい、長い坑道を歩き続ける。
「わふっ!」
突然、ルビーが吠える。
「来たな。お主らは下がっておれ!」
「……ふんっ」
直後、坑道全体が大きく揺れる。パラパラと小石が落ちてくる中、俺たちは慌てて後ろへ退避する。ギギググが俺たちを守るように立ちはだかり、ゴンゴンとダンダダが前に出た。
次の瞬間、坑道の壁を食い破るようにして巨大なロックワームが現れた。
そのサイズは俺たちの常識を遥かに凌駕する。人をまとめて五人ほど丸呑みできそうな口が開き、その全容はほとんど地中に隠れて見えない。明らかに俺たちの手に余るものだ。
「せえいっ!」
「うらぁっ!」
そんな大魔獣を、ドワーフたちは怪力で迎え撃つ。ゴンゴンが背中に背負っていたハンマーで叩けば分厚い甲殻が砕け、ダンダダがピッケルを突き立てれば肉が裂ける。
圧倒的なパワーを発揮する彼らは慣れた様子で巨大ロックワームを叩き潰す。
「こりゃあ、ゴンゴンたちと出会えて良かったな……」
唸りながら坑道を破壊するロックワームを見て、ラウルがしみじみと溢す。
「もしかして先に進んだ勇者パーティが消息を絶ったのって……」
「不用意に坑道に入っちゃったからでしょうねぇ」
ドグラ鉱山の坑道は、ドワーフ以外の種族の立ち入りを禁じている。その理由を俺たちは今、実際に見ている。単純に出てくる魔獣が強すぎるのだ。
浅いところに出没するロックワームでさえ荒野に出てきたものと比べると驚くほど強かった。豊富な鉱物資源を喰って魔力を貯めたロックワームは、平野のものとは比べ物にならないほど強くなる。それは、坑道の奥へ進むほど顕著だった。
「よし、もういいぞ!」
坑道での戦い方を熟知しているのはドワーフ達だけ。彼らはロックワームに丸呑みにされても無傷で腹を裂いて出てくるほど、そもそもの肉体が頑丈だ。その怪力は岩をも砕き、なにより坑道内で足音を響かせない歩き方を生まれながらにして体得している。
そんな彼らだからこそ、ロックワームを倒せるのだ。
「ところで、オグオグってのは結局なんなんだ?」
随分と奥の方まで進んだころ、じんわりと汗を滲ませ毛並みを濡らしながらラウルが口を開く。ギギググが振り返り、鼻を鳴らして答えた。
「お前らも食べとったじゃろ」
「もしかして、あの芋のこと? あんた達、黒鉄芋って言ってたじゃない」
「そりゃ共和語の名前じゃ。ドワーフの言葉じゃとオグオグと言うんじゃ」
「なるほどなぁ」
あの芋の名前がオグオグであり、俺たちの理解できる共和語ならば黒鉄芋と言い換えられるということらしい。150年間隔で開催されるドワーフの祭りだ。共和語であるはずもない。
「なら、オグオグドサザはどういう意味になるんだ?」
「うーん、そうじゃのう」
オグオグドサザ祭りをそのまま共和語で言い表すという発想が元々存在しないのだろう。ギギググは首を捻り、隣を歩くダンダダにも意見を求めた。
二人はドワーフ語らしい言葉で何やら議論を繰り広げ始める。
「オグオグは黒鉄芋なんだろ。ドサザってのがそんなに難しいのか?」
「難しいといえば難しい。一応、直訳するなら……黒鉄芋を大きな鍋で煮込む、になるのう」
ダンダダの繰り出した共和語訳を聞いて、俺たちは思わず顔を見合わせた。
「そろそろ着くぞ」
その時、先頭を歩いていたゴンゴンが振り返る。見れば、坑道の奥からかすかに大勢の声が響いてきた。
「わふっ!」
足元を歩いていたルビーが耳を立てる。彼女も疲れていたようだが、終着点が見えて力を取り戻したらしい。
軽快に歩速を早めるルビーと共に、坑道の先へと向かう。細い穴を飛び出した俺たちは、天井の高い広々とした空間に入った。
「ここは――」
「いい匂いがするわねぇ」
肌を焼くような熱気。壁から滝のように流れ落ちるのは、ドロドロとした溶岩か。盛大に火が焚かれ、その上にドワーフの背丈を遥かに超える巨大な鍋がくべられている。
鍋には梯子が立てかけられており、大勢のドワーフたちがその周囲を取り囲んでいた。
「これがオグオグドサザか?」
「そうじゃ。黒鉄芋を大きな鍋で煮込む祭りじゃな」
大鍋は二つ並べられており、それぞれに別の内容になっているらしい。熱気に混じって濃い酒精の匂いも漂ってきて、ドワーフ達の陽気な歌が響く。
かと思えば、大鍋の間で険悪なムードとなっている集団もあった。
「なんじゃお前ら。ギギララが食えんと言うんか!」
「ラグラグの方が美味い言うとるだけじゃ!」
「なんじゃぁ、テメェ!」
屈強なドワーフの鉱夫たちが、お互いにつかみ掛かっている。顔も赤く、酒も回っているらしい。周囲も多少は止めようとする者はいるが、大半は囃し立てている。
「ゴンゴン、あれは?」
「風物詩みたいなもんじゃ」
同族達の争う様子を眺めて、ゴンゴンは肩をすくめる。
ダンダダが二つの鍋を指さして、事情を説明してくれた。
「右がギギララの鍋。左がラグラグじゃ。要はオグオグにどう味を付けるかっちゅう話でな。ギギララはロックワームの内蔵を壺で寝かせたもん、ラグラグはデケデケ……土塊豆を茹でて壺で寝かせた調味料じゃ。ドワーフはオグオグドサザのたびにどっちの味付けが美味いかで喧嘩する」
「ええ……」
芋を煮込んだ鍋。見れば具材はほとんど同じだが、スープの色が少し違う。ギギララは少し黒っぽく、ラグラグは茶色っぽい。漂ってくる匂いは、醤油や味噌のそれに近いものがあった。
ドワーフの中ではその二代派閥のどちらに属すかというのが重要なことなのだろう。ギギララ派閥とラグラグ派閥はお互いに「こちらの方が美味い」と主張して譲らない。
「あー、エルフも似たようなことあるわよ。あなた達がエルフ豆って呼んでる豆をどう加工するかって話。私は半潰しが好きなんだけど、父さんとかは全潰しが好きだったし」
事情を聞いたエレナが納得した様子で頷く。
獣人族も似たような話はあるのか、ラウルも納得した様子だった。
「ハーブティは13回までなら抽出できるか、14回まで許せるか、という話ですか?」
「それはちょっと違うかも……」
「そこまで行ったらどっちも水だろ」
シエラの意見はあまり共感を呼ばなかったが、なんとなく目の前で行われているオグオグドサザがどんなものかは分かった。
「要は150年ぶりの
「うむ。そういうことじゃ」
俺がまとめると、ゴンゴンたちは揃って頷く。
「しかし、下町から使いが出ていたとは気付かなんだ……。すぐに酔っ払っておらん奴に探しに行かせよう」
俺たち以外にも様子を探りにやってきた人々がいる。彼らも上手く坑道の途中にある避難所を見つけていれば、助かっているかもしれない。
「おぅい、お前達!」
ゴンゴンは声を張り上げ、ドワーフ達の注目を集める。突然の呼びかけに混乱も見えるが、彼らはゴンゴンの隣に立つ俺たちを見て、何かを察したようだ。
「下町から何人か使者が送られて、行方不明になっとるらしい。このままオグオグを煮とる場合じゃなかろう。坑道を探さねばならん」
「若いもんは今すぐ行け!」
「そりゃ大変じゃ」
ゴンゴンの声で、ドワーフ達は騒然となる。酔いの回っていた者も素面に戻り、慌ただしく立ち上がる。
「勇者パーティなら生きてる可能性も高い。神官がいれば特にな」
蜂の巣でも突いたように、鍋も放って動き出すドワーフたち。それを見ながら、ラウルが希望のあることを言う。
「一月くらいならなんとか命はつなげると思いますよ」
それに同調したのはシエラだ。彼女のような聖職者は女神の加護を使える。彼女ほどの強い加護ではなくとも、一月程度ならパーティメンバーを生かすことはできる。
生き残るだけならば、なんとかなるかもしれない。仮にも魔王領で暮らす者達ばかりだ。生き残ることに関してはしぶとい。
「このままじゃあ祭りも楽しめんからな」
ゴンゴンたちはそう言って、救助計画を練り始めた。
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