第26話「新たな芋」

 救出された勇者たちはシエラの治療を受け、ドワーフたちからオグオグを受け取り、満身創痍の体を癒す。根菜や肉が大鍋でじっくりと煮込まれ、さらに長い時間をかけて栄養を溜め込んだ黒鉄芋が使われたオグオグは栄養満点だ。勇者もその仲間たちも夢中になって器を掻き込み、飢えた体に滋味を染み渡らせた。

 そうして一息つくと始まるのが、ギギララ派とラグラグ派、双方による審問だ。どちらの味付けの方がより旨いのか、うっかり両方食べてしまった勇者たちに尋ねる。ギギララ派と答えればラグラグ派が怒り、逆もまた然り。答えられずにいると優柔不断めと責められる。ドワーフたちは岩のように頑固というが、どちらかというと粘土のようなしつこさだ。


「どっちも旨いじゃダメなのかね」

「考え方の違いというのは、なかなか受け入れられるものではないですからね」


 修道院暮らしの長かったシエラは、ドワーフたちの対立にも理解を示す。宗派争いとはこのようなものなのだろうか。俺にはあまり馴染みのないものだ。

 この黒鉄芋はなかなか旨い。この素材の味が、オグオグに深い奥行きをもたらしていることは確かだ。とはいえ、どれだけ旨くとも大鍋で煮込んだ料理に違いはない。ドワーフたちはこのオグオグドサザを何ヶ月も続けるようだが、それはそれで飽きそうなものだ。


「ふぅ……」

「どうしたのよ、ライン。トイレ?」

「違うわ。ちょっとアレンジしてみたくなってな」


 デリカシーのないエレナを一蹴しつつ、俺は持ってきた荷物の中から大鍋を取り出す。そういえば、ドグラ鉱山までやって来たのはこれよりも一回り大きい鍋を作ってもらいたかったからだった。その矢先にこんなことに巻き込まれて、まだ鍋を買い求めるところにすら行けてない。

 ともあれ、少し試してみるくらいなら十分だろう。


「ゴンゴン、ちょっと食材使ってもいいか?」

「うん? ああ、別にいいぞ。お主らには苦労をかけたからな、なんでも使ってくれ」


 白髭のドワーフに断りを入れ、山積みになった食材から一部を拝借する。木の根のような根菜や、おそらくモグラか何かの肉も、たんまりと用意されている。鍋ひとつぶんを拝借するくらいは問題なさそうな量だ。


「ファティア、ちょっと来てくれ」

「なんじゃぁ? 妾はまだどちらも甲乙つけ難いのじゃが」

「別の料理で口直しもいいだろ。ほら、包丁になってくれ」

「まったく、聖剣使いの荒い奴じゃのう」


 ギギララとラグラグを交互に食べて楽しんでいる様子のファティアを呼び寄せ、包丁の形になった彼女を使って具材を切っていく。そんなことを始めると、満腹で倒れていたラウルがスンスンと鼻を動かしながらやって来た。


「なんだ、ラインもオグオグを作るのか?」


 もう芋のかけら一つ入らんぞ、とラウルは眉を寄せる。彼女も格闘家だけあってかなりの健啖だが、それでも両派閥のドワーフたちから次々に勧められて、もう容量一杯になってしまったらしい。

 俺は鍋に水を入れつつ、持ってきた荷物の方へ目を向ける。


「黒鉄芋だけじゃ飽きるだろ。同じ芋なら、こっちも合うんじゃないかと思ったんだ」

「同じ芋……? そういえば」


 その言葉でラウルもピンと来たらしい。尻尾を揺らし、口元に笑みを浮かべる。

 ドグラ鉱山の下の町で、何かの助けになればということで食糧を受け取っていた。それは共和連合領の内側で育てられていたもので、この辺りの荒野でもよく育つということで持ち込まれた。黒鉄芋と比べて細長い形をしていて、皮も薄い。二つに割ると黄色がかった身が見える芋だ。


「なんじゃなんじゃ、黒鉄芋は使わんのか?」

「変な芋じゃのう」


 トトト、と景気良く芋を切っていると、異変に気付いたドワーフたちがわらわらと寄ってくる。俺の肩越しにまな板を覗き込んだ彼らの口からは不満げな声が吹き上がる。こう言う時だけは味付けの垣根も消えて、一致団結しているあたり、根っこは同じだ。


「下町の方じゃこっちの方が一般的だぞ。そもそも黒鉄芋なんて高級品は出回らないしな」


 具材を適当に鍋へ放り込む。こういうものは多少荒っぽい方がかえって味が複雑になっていいくらいだ。

 黒鉄芋は確かに旨いし栄養もありそうだが、収穫まで150年というぶっ飛んだ時間を要するのが最大の欠点だ。150年に一度採れるというわけではないにせよ、このオグオグドサザ祭りが開催されるのは、坑道内の黒鉄芋が大量に収穫できる周期と一致している。

 共和連合領では、黒鉄芋は貴族くらいしか食べられないような高級品だ。それよりも、俺たち庶民にはこの黄金芋の方が馴染み深い。


「黄金芋はわたしの修道院でも育てていましたよ。お菓子にしても美味しいくらい甘いんです」

「何より大量に作れて旨くて安くて腹に溜まるからな。あたしも小さい頃からよく食べてた」


 シエラやラウルも黄金芋を見て表情を和らげる。荒れた土地でもよく育ち、実る時は鈴なりで、茹でたり蒸したり焼いたりと色々な食べ方ができる万能食材、それがこの黄金芋だ。その名の通り、加熱すると身が金色になるのも見た目に良い。

 とはいえ、流石に黒鉄芋とは違って地下で育つものではないからか、ドワーフたちにとってはあまり馴染みのないもののようだ。オグオグの偽物じゃ、とかなんとか、遠慮のない言葉を投げてくる。


「とりあえずこんなもんでいいか。味付けは……ギギララにしてみるかな」


 御託はいいからとりあえず食べてみろ、と完成した黄金芋のラグラグを器に盛り付ける。仕上げに緑の葉野菜でも刻んでおけば、彩りも十分だろう。

 一番最初に目が合ったゴンゴンに器を差し出すと、彼は緊張気味に受け取った。


「ぬぅ……」

「別に毒になるようなもんじゃないさ。ちょっと食べてみてくれ」

「わかった、いただこう」


 意を決して、ゴンゴンが匙を口へ。ホクホクと湯気の立つ黄金芋をぱくりと一口。

 刹那、彼は垂れ下がった眉をきりりと上げた。


「おお、これは――っ!」

「どうだ?」

「黒鉄芋のねっとりとした濃い味とはまた随分違うな」


 その感想に俺も頷く。黒鉄芋は水分量が多いのか、じっくりと煮込んでも粘度のある食感だ。対して黄金芋はホロホロとした軽さがある。しっかりと火は通しているから、黒鉄芋とは違って甘味も強く感じられるだろう。

 ドワーフたちの慣れ親しんだオグオグとは、芋ひとつでかなり印象も変わるはず。しかしゴンゴンはさらに二つ、三つと匙を進める手が止まらない。


「ふぅむ。なるほど、これは旨い。たしかに違うが、また変わった旨さじゃ」

「なんじゃと?」

「黒鉄芋に勝るものなどあるはずがないじゃろうが」

「ええい、一杯食わせろ!」


 ゴンゴンの惜しみない賞賛を受けて、他のドワーフたちも鍋へ殺到する。もともと一パーティでも容量の足りなかった鍋では、あっという間に枯渇する。


「ほふっ、はほっ」

「むぅ。確かに旨いが……」

「黒鉄芋とは違う旨さじゃな」

「ラグラグで味を付けろ。これはそっちの方が合う気がするぞ」

「大鍋をもってこい!」


 黄金芋のオグオグ(ギギララ味)を食べたドワーフたちが騒ぎ出し、すぐさま空の大鍋が運ばれてくる。火の扱いに長けたドワーフがすぐさま焚き火を熾し、具材を黒鉄芋から黄金芋に変えたオグオグを作り始めた。


「よかったらこの芋も使ってくれ」

「流石に生で齧るのは気が向かなくて、取ってたんだ」


 更には救出された勇者パーティからも黄金芋が提供される。彼らも下町で宿屋を営むビボルから黄金芋を貰っていた。それらもファティアでざっくりと切り刻み、鍋に放り込む。

 基本的な作り方は従来のオグオグとそう変わらない。料理が得意な調理担当のドワーフたちが張り切って、黄金芋のオグオグを作り出す。


「なるほど、ラグラグも黄金芋なら旨いじゃないか」

「なにを。黄金芋だろうが黒鉄芋だろうがラグラグが至高じゃ」

「いや、ワシは黄金芋ならギギララの方が」


 黒鉄芋か、黄金芋か。ギギララ味か、ラグラグ味か。

 こうしてここに四種類のオグオグが誕生した。芋が変われば印象も変わるようで、どちらの芋でも一貫した味が好きな者もいれば、場合によって好みが変わる者も出てくる。勇者たちにとっては、黒鉄芋よりも馴染み深い黄金芋のオグオグの方が人気がありそうだ。


「おい、もう黄金芋はないのか?」

「もう一杯貰わんと判断がつかんぞ」

「勘弁してくれ。こっちは持てる量しか持ってきてないんだ」


 あっという間に他パーティからも提供された黄金芋すら枯渇し、ドワーフたちから不満が上がる。しかし山のようにある黒鉄芋とは違い、黄金芋はこの坑道にも埋まっていない。


「もっと欲しいなら下町に行くんだね。そっちなら大量にあるさ」


 ちゃっかり自分のぶんの黄金芋オグオグを確保したラウルが、ドワーフたちに向かって叫ぶ。黄金芋はここにはないが、トロッコで鉱山の麓にまで降りれば大量にある。なにせ庶民の味方、飢餓の救世主と呼ばれるような芋なのだから。


「そうじゃな。では、下町に行くか」

「いっそのこと、下の奴らにもオグオグを食わせてどちらが旨いか決着を付けようじゃないか」

「そうじゃそうじゃ!」


 ラウルに扇動されたドワーフたちも一斉に声を上げる。あっという間に荷物をまとめた彼らは、一斉に坑道を動き始めた。

 俺はその騒がしい酔っ払いたちを眺めつつ、何やら新しい火種を撒いてしまった予感に苦笑した。

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飯マズパーティ冒険譚〜勇者なのに料理番やらされてます〜 ベニサンゴ @Redcoral

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