飯マズパーティ冒険譚〜勇者なのに料理番やらされてます〜
ベニサンゴ
第1話「勇者パーティの料理番」
白銀の刃が滑らかに肉を切る。滅魔の聖剣にかかれば、魔獣の肉などバターのように手応えなく切り刻む。
さすが伝説と謳われる剣だ。どれだけ生肉を切っても切れ味が全く落ちない。俺はトントントンとまな板の上で軽快な音を奏で、スパスパと豚肉を切っていく。伝説の聖剣は、最上級の包丁となっていた。
「もうちょい刃伸ばしてくれ。そうそう、良い感じ」
しかもこの包丁、俺の意志に合わせて伸び縮みしてくれる。ワイルドボアを解体する時は分厚くずっしりとした大鉈に変わって革ごとザッパリと切ってくれるし、こうして塊肉を切る時には細長く細やかな動きに対応する柳刃になってくれる。おかげで硬い筋もしっかりと切ることができるのだ。
「よし、あとは焼くだけだな。戻っていいぞ」
「あーー、全身ぐちょぐちょに汚しおってからに!」
包丁を置くと、それは滑らかに形を変えて小柄な少女となった。細い眉を八の字にして小さな顔を顰めている。色白な肌に銀髪、透き通るような青い瞳。異国風の装飾が連なる衣装に身を包み、幻想的な風貌だ。
焚き火のオレンジが揺らめき、まだ肌寒い夜の森の中に影が浮かび上がっている。
「妾、伝説の聖剣なんじゃけど! 包丁じゃないんじゃけど!」
幻想的な少女の姿のまま、聖剣が不満を訴えてくる。
俺は油を熱した鍋に豚肉を並べながら、そんな彼女の言葉を受け止めた。
「分かってるよ。だからこうして魔獣の肉を切ってるじゃないか」
ワイルドボアだって魔王領に生息する立派な魔獣だ。こいつを倒すのにエレナもかなりの火力を出していたし、ラウルも突進を受け止めた時に怪我をして、今はシエラの手当を受けている。
「妾は魔獣を滅するための剣なのじゃぞ! 厚切りにした肉の筋取りするためじゃないんじゃけど!」
「ちゃんと止めは俺がファティアで刺したじゃないか」
「その一撃だけしか使っておらんではないか!」
聖剣の剣霊ファティアの怒りはなかなか収まる様子もない。ぷんすこと頬を膨らませてご立腹の彼女を見て、思わずため息をつく。
しかし、ジュワジュワと音を立てて焼ける豚肉に香辛料を振って良い匂いがあたりに広がると、彼女はすんすんと小さな鼻の頭を動かした。
「おお、ファティアのおかげでいい感じに焼けたなー。筋もしっかり切れてて、全然縮んでないぞ」
「ふん、当然じゃろう。――おい、ライン」
「なんだ?」
青い瞳がフライパンをまっすぐ見つめている。より正確に言うならば、その上で焼けている厚切りの豚肉に。しっかりと火を通し、こんがりと焼けた厚切り肉は脂がキラキラと輝いて非常に美味そうだ。
剣霊は数百年もの間、石の台座に刺さったまま風雨にさらされてきた。それでなお一切の曇りなくいささかも切れ味が鈍ることがないのは、流石聖剣と言わざるを得ない。ともあれ、そんな彼女は本来食事を必要としないのだが。
「妾には味見をする正当な権利があるとは思わぬか?」
「そうかなぁ」
「そうなのじゃ! 妾が作ったも同然なんじゃからな!」
鍋の前でぴょんぴょんと跳ねる剣霊は、すでによだれを垂らしている。
まあ、そもそも丁度五人分用意しているし、彼女にも食べてもらうつもりだったんだが。
「おーい、エレナ。飯できたぞ」
カンカンカンとフライパンを叩きながらテントの方へ叫ぶと、もぞもぞと天幕が揺れうごいた。
「んんん、もうそんな時間かぁ」
のっそりと出て来たのは、深緑の長髪を乱れさせたエルフ。魔術師らしく厳しいローブを着ているが、至る所皺だらけで台無しだ。テントを建ててくれと頼んだはずだが、木の枝に天幕を吊り下げて完了とし、眠っていたらしい。
「エレナ、せめて骨組みぐらいは通してくれよ」
「るっさいわねぇ。そのワイルドボア倒したのも私の魔法のおかげでしょ。ていうか、そこの焚き火だって私が――」
「はいはい。いいからそっちのスープをよそってくれ」
寝起きの不機嫌をそのままぶつけてこようとするエルフの魔術師エレナの言葉をあしらって、スープ用の深皿を押し付ける。
「なんで私がこんなことを」
「王立魔術学院主席様なのにこんなこともできないのか?」
「んなこと言ってないでしょ!」
とはいえ、彼女はプライドが高いので扱いやすい。最難関と称される王立魔術学院を主席卒業したことに高い誇りを持っているので、その辺を刺激してやればちゃんと動く。
「ていうか、アイツらは? まさか私に働かせてサボってるんじゃないでしょうね」
「ラウルは怪我してて、シエラが手当てしてるんだよ」
「ああ、そういえばそうだっけ?」
一人のんきに寝ていた駄エルフは欠片も興味なさそうにポリポリと頬をかく。黙っていればエルフらしく絶世の美女なのだが、口を開けばそのものぐさが一気に噴出してしまう。そのせいで学院主席という輝かしい肩書きがありながら仕事が長続きしなかったという説もある。
ともあれ焚き火に掛けて温め直した鍋はエレナに任せていいだろう。魔法が絡まなければ、彼女もスープを器に移すくらいのことはできる。
「ラウル、シエラ。飯だぞ」
森の向こうに向かって叫ぶと、茂みを掻き分けてモフモフとした毛並みの女がぬっと現れる。硬い毛並みの下に屈強な肉体を隠した、獣人族の格闘家ラウルだ。彼女は腹に包帯を巻いているものの、平然とした様子をしている。
「傷は?」
「そんなに深くない。シエラのおかげで、もうほとんど塞がってるさ」
軽く様子を窺うと、彼女はそう言って鋭い牙を覗かせる。シエラの力があるとはいえ、獣人族は屈強で生命力も強い。ワイルドボアの突進を真正面から受けてすぐに立ち上がれるのは、彼女自身が日頃から鍛えているからだろう。
「でも、あんまり激しく動かないでくださいね。また傷が開くかもしれません」
ラウルの背後から現れたのは、教会の白い神官服に身を包んだ、俺と同じ人間族の少女だ。幼馴染ではあるものの、長らく修道院で修行をしていたから、今回の旅で久しぶりに顔を合わせることになった彼女は名前をシエラという。
女神の加護を一身に宿し、神聖魔法という奇跡を扱うことのできる聖職者だ。傷を癒やし、水を清める彼女の力で、ラウルは傷の手当てを受けていた。
「今日の飯はなんだ?」
「ワイルドボアのステーキだよ。スープは食べ放題」
「またワイルドボアか……」
二人を連れて焚き火へ戻ると、エレナは既に肉を食っていた。
「おい、何勝手に食ってんだ」
「ふぁひ? ふぁんふぁふぁふぁふぉふぉふぃふぁら」
「飲み込んでからしゃべりな」
むっと眉間に皺を寄せるラウルにも、エレナは臆することなく言い返す。「あんたらが遅いからでしょ」とかそいう言うことを言ったのだろう。
エルフのくせに付け合わせの野菜を俺の皿に移してやがる。
「おい、ライン! 遅いぞ! 待ちくたびれたぞ!」
「ファティアは偉いなぁ」
協調性皆無エルフの隣では、剣霊がちょこんと椅子に座って待っていた。焼いた豚肉を皿に盛り、付け合わせも添えて、ついでにパンも用意してくれたのは、考えなくても彼女だろう。なんやかんや言いつつ、可愛らしい剣霊だ。
「今日もお肉ですか。脂っこいものばかりだと、体が不調をきたしますよ?」
「そうは言っても食材も限られてるからなぁ」
食卓を見たシエラがむむ、と眉を寄せる。修道院の修行生活で素食に慣れ親しんだ彼女にとっては、ワイルドな焼肉はなかなか受け入れ難い。とはいえ、こんな旅の空ではじっくり数時間煮込んだ野菜スープやふんわりと焼き上げたパンなんて贅沢品は望むべくもないのだ。
「食わねえなら、あたしが食べてやるぞ」
「そ、そうは言っていません! せっかくラインが作ってくれた食事ですし、無駄にするわけにはいきませんから」
早速肉に齧り付いているラウルに唆されて、シエラも座ってフォークを手にとる。
魔導書を読みながらスープを飲むエレナ、ガツガツと勢いよくかき込むラウル、お行儀よくゆっくりと食べ進めるシエラ。ぱくぱくと美味そうに食べて目を細めるファティア。三者三様の食事を眺めつつ、俺も自分の器を手にとる。
「まったく、なんで勇者が料理番をしてるんだかねぇ」
魔王領へと進出し、はや一週間。キャンプ生活も慣れてきた。とはいえどうして自分がこの仲間たちに料理を作っているのか。
「交代制にするか? うん?」
「私は別にいいけど? 火炎の極地を見せてあげるわ」
「ラインにばかり頼るのも悪いですし、お姉ちゃん頑張りますよ!」
「……いや、大丈夫です」
一斉にこちらを見てくる姉たち。いや誰一人として血縁ではないんだが、あまりにも遠慮がなさすぎてついそう捉えてしまう。そんな彼女たちに迫られると、俺はすぐに白旗を上げるしかない。
せめて交代制になれば、と思わなくもない。ファティアは除くとしても四日に一回なら別に大した負担ではないはずだ。それならば何故、連日毎食俺が鍋を振っているのかといえば。
「三人とも、なんで料理できないんだよ」
この女性陣、揃いも揃って家事能力が壊滅的なのだ。
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