第7話「鍋を使う人」

 シエラの料理は美味いとか不味いとかそういう評価を下せる次元にない。そもそも存在感がないのだから。食べ応えというものが皆無である以上、完食することに苦労はない。問題なのは、食べた後の方が腹が減るということだ。


「相変わらず珍妙な料理じゃったのう」

「主を見捨てて逃げやがって」


 シエラが食器を片付けて部屋を出たのを見計らって、ファティアがぽん、と鞘から出てきた。剣のくせに食事が趣味である彼女にとって、シエラの料理が一番興味をそそられないものだ。食べた気がしない虚無の料理というものの作り方は多少気になっている様子だが。

 ともあれ、修道院仕込みの薬膳ということで、その薬効はお墨付きだ。食べた直後から早速体が少し軽くなったような気がする。


「どうやら調子は戻ってきたようじゃの。もう一眠りすれば動けるようになるじゃろ」

「だといいがね。はぁ、勇者なのに情けないよ」


 剣を振るだけで疲弊し、力を解放すれば動けなくなる。それでいて、倒せた魔獣の数は聖具を持たない仲間の方がよほど多い。俺より年上とはいえ、女性陣に守られて心配されるというのは、勇者として恥ずかしくもある。

 ベッドの上にいると、余計にそんな気持ちが強くなる。


「お主も難儀な性格をしておるのう」


 そんな俺の落ち込みを見て、ファティアがベッドの縁に腰掛けた。


「心配せずとも、体を鍛えて精神を正し、勇者の契約を馴染ませれば良い。この妾と契約を果たしたのじゃぞ? ラインの潜在的な力はあの三人さえ比較にならぬほどのものじゃ」

「本当か?」

「もちろん! 滅魔の聖剣に嘘偽りはない」


 ぽん、と薄い胸を叩くファティア。彼女も剣霊の姿は幼い少女だが、実際はエレナもびっくりの数百歳だ。その大半を台座で過ごしてきたとはいえ、俺よりもはるかに知識を持っている。

 彼女自体は数ある聖具の中でもかなり高級な部類にあるらしい。それだけに主人となる契約者の選定も厳しく、王都の街角で選定の儀を開かねばならないほどだった。なぜ俺が彼女に選ばれたのか、それはいまだによく分かっていない。


「ただいまー」


 その時、病室にエレナとラウルが入ってきた。二人とも両手に荷物を抱えていて、それも随分な量だ。


「おかえり。また豪遊したな」

「違うわよ。街中歩いてると私たちの噂が知れ渡ってて、会う人から色々貰っちゃったの」


 見れば確かに旅の必需品というよりは甘いお菓子やハムの詰め合わせといった贈答品っぽい品々だ。彼女たちはケレス砦を救った英雄ということで、先々で感謝されたのだろう。


「二人とも美人だしな。戦いぶりもよく目立つもんな」


 エレナもラウルもシエラも全員、ちょっと驚くくらいの美人だ。しかも三人が揃って強い力を持っており、それを町を救うために使ってくれたとなれば、感謝しない人はいないだろう。三人の戦いぶりは、その容姿と共に人から人へと伝えられていく。


「何を卑屈になってるのよ。あんたのお見舞いにってくれたのよ」

「おっと」


 呆れ顔でエレナが手渡してきたのはひんやりと冷たい果実だ。わざわざ魔術で凍らせたものらしい。歯を立てるとシャクッと爽やかな食感で、甘みと酸味が口の中に溶け出す。


「うまい」

「良かったわね、勇者さん」


 エレナとラウルも同じものを食べ始める。謝礼を求めて助けたわけではないものの、こういったものを貰えると、やはり嬉しく思う。勇者とか、そういう話じゃないんだろう。


「シエラの料理は食べたのか?」

「まあ、うん」


 ラウルに聞かれ、曖昧に頷く。

 食べたといえば食べたし、食べてないといえば食べてないと言っても間違いではない気がする。


「はぁ、ほんと、シエラも丁寧すぎるのよね」


 シャクッと果実を齧りながらエレナが言う。

 シエラの料理があれほど味のないものになるのは、彼女が丁寧に丁寧に全てを脱色していくからだ。味が濃いものは体に負担がかかる、脂は敵、香りがきついと気分が重くなる、香辛料?なんですかそれ? そんな調子で料理からあらゆる要素を引き算していった結果があれである。


「お前は逆に荒っぽすぎるんだよ」

「はぁ? 私はただ、時短しようとしてるだけですけど」


 シエラとエレナ。二人を足して二で割ったらいいんじゃないかと思うんだけどなぁ。


「あ、そうだ。鍋は買えたか?」


 デザートを食べ終え、ようやく腹が動き始めた気がする。思考も回り出して、俺はこの町を目指した理由を思い出す。

 ラウルたちはしっかり覚えていてくれたようだったが、反応はいまいちぱっとしない。


「金物屋は覗いてみたんだけどな。鍋の形やら材質やら、色々考えることが多くて……」

「とりあえず耐火性が高かったらいいかなって思ってアダマンチウム? の奴を買おうとしたら、めちゃくちゃ高かったのよ」

「当たり前だろ!」


 さっきまでの調子を落として、珍しく気落ちした様子の二人。どうやら種類が多すぎて何を選べばいいのか分からなかったらしい。挙げ句の果てにアダマンチウムとは。伝説の武器やら防具やらに使われる超高級金属だぞ。


「小鍋から大鍋まで20種類のセットを買わされそうになって、逃げてきたんだ」

「うん。それで正解だよ」


 魔法鞄にだって限界はある。そんなに大量の鍋を買っても、どうせ使うのは1、2種類といったところだろう。


「そもそもお鍋を使うのはラインでしょ。あんたが動けるようになった後に自分で選べばいいんじゃないかってなったの」

「そういうことだ」

「ウーン……」


 正しいといえば、正しい。しかし彼女たちはさらさら料理する気がないということでもあり、微妙な顔をしてしまう。


「とりあえず、エレナの炎でも溶けないような奴にはしたいな」

「私をあんまり舐めないでよね。どんな鉄だって溶かしてみせるわ」

「そういう話はしてないんだよ」


 変な方向に対抗心を見せるエレナ。とりあえず火加減を覚えてくれると、こっちとしても楽なんだが。


「あ、そうそう。実は買い物中に町の人から、依頼を受けたわよ」

「依頼?」


 ついでのように口を開いたエレナ。俺はそっちの方がより興味をそそられた。

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