第4話「鍋を買いに行こう」

 エレナが鍋を焼却した。その日は串を通したウサギ肉やらを炙り焼きにしてバーベキューのような食事で事なきを得たものの、流石に鍋を失うと一気に料理のレパートリーが減ってしまう。


「というわけで、早急に新しい鍋を手に入れたい」

「賛成です。スープが作れないと体が冷えますし、栄養も偏ってしまいますからね」


 魔の森で一夜を明かし、朝。パンにチーズを載せて焚き火で炙りながら、今後の方針を固める。シエラも鍋がないのは致命的と思っているようですんなりと頷いてくれた。しかし、残りの二人は微妙な反応だ。


「鍋ねぇ。全部串焼きでも別にいいんだけど」

「今後全ての食事が全部串焼きとか、俺が飽きる。勘弁してくれよ」


 基本的にあまり食事に頓着しないラウルは平然とそんなことを言ってのけるが、過酷な旅において食事は数少ない娯楽なのだ。串焼きはちょっと特別感があって楽しい料理だが、それが毎度毎度続くとなれば面倒さが優ってくる。実際、毎回肉やら野菜やらを串に刺して焼くというのは面倒だ。誰が串打ちをするかといったら俺だしな。


「鍋を手に入れることに異論はないけど、どこかにあてはあるの?」


 自分が鍋消滅の原因であるからか、少し言いにくそうにエレナが口を開く。

 俺たちは今、共和連合領を離れ、魔王領の真っ只中にいる。こんな敵地のど真ん中で調理器具が手に入るのか。答えはイエスだ。


「魔の森を抜けたら、すぐに町があるはずだ。そこに行けば鍋も売ってるだろ」


 共和連合側が魔の森の手前に立派な防壁を築いた関係でこの辺りは魔王領ということになっているが、実際に魔王がそう主張したというわけではない。だから共和連合的には魔の森を抜けた先を開拓することはなんら不都合のあることではなく、勇気ある人々が実際に入植している。魔族や魔獣の脅威に晒されながらも逞しく生きる人々が、魔王領には存在しているのだ。

 魔の森を抜けた先に開拓町があるというのは、事前に地図で確認している。そこに行けば生活用品も一通り揃うだろう。


「いいかげん、そろそろこの森も脱出したい。ラウル、今日もよろしく頼むよ」

「任せろ」


 ラウルが残りのパンを一口で飲み込んで立ち上がる。長い長い森の中での生活も今日で最後。俺たちは気合いを入れて歩き出す。


━━━━━


 共和連合領の北に広がる魔王領は過酷な大地だ。骨身に滲みる寒さと固く冷たい大地が広がり、暗澹と空気が澱んでいる。そんな試練の地に住んでいるのは、屈強で野蛮な魔族や魔獣たち。彼らは暖かく豊かな土地を求めて、たびたび共和連合領へと侵攻を仕掛けてきていた。

 人間、エルフ、獣人といった種族は手を取り合い、魔族の侵攻へと対抗するための協定を結んだ。そうして二つの領土の狭間に城壁が築かれ、一時は平和の時が訪れた。

 だが、三十年ほど前から魔族たちが徒党を組み城壁を突き崩そうと迫ってきた。これまでの魔族といえば個々の力こそ絶大であっても、協力という言葉すら知らないほどの独立主義を徹底していた。しかし、種族の異なる者同士が協力し、軍勢となって城壁へ迫ってきたのだ。

 これには共和連合領にも強い衝撃が走り、我々は再び乱戦の時代へと突入したことを知った。


「本当にいるのかねぇ、魔王ってやつは」


 横たわる倒木を踏み越えながら、ラウルが尻尾を振る。対魔獣格闘術ガルガル流の黒帯である彼女は使い込んだ道着に身を包み、周囲を警戒しながらも退屈そうな顔をしていた。

 彼女が暇を紛らわすために放った言葉に俺たちも応じる。


「王国のお偉いさんはそう言ってるんでしょ。魔族が徒党を組んだのは、強い魔族の指導者が現れたからだって」


 大きな木の杖と魔導書を携え、真紅のローブに身を包んだエレナがぐったりとした顔で言う。どう考えても森の中を歩くには相応しくない格好だが、彼女はこれが魔術学院主席の正装なのだと頑なに譲らない。


「魔族の指導者、魔王……。魔族は完璧な実力主義社会であると聞きます。もしそのような人物がいるとすれば、かなりの力を持っているんでしょうね」


 旅に合わない服装といえばシエラもそうだ。白い神官の法衣は薄暗い森の中ではよく目立つ。柔らかい金髪も、ゆったりと余裕があるはずの服の内側から強く主張する胸も、目立つといえばよく目立つ。

 四人組のうち二人も旅慣れしていない格好という残念な状況だが、俺も元々は王都の食堂でバイトしていただけの男だ。二人と体力的にはそう変わりなく、先行するラウルの後を追いかけるので精一杯だった。


「仮に魔王がいるとして、勝てるのかねぇ。俺たちで」


 少数精鋭といえば聞こえはいいが、実際のところはたった四人(+1本)で敵国の大将を討ち取ってこいというなかなか無茶な命令だ。どうしてこんなパーティが結成されてしまったのか、いまだに不思議に思うし納得もいってない。

 だが、そんな俺の弱気な言葉に対して三人の女性陣が唇を尖らせる。


「安心しな。黒帯のあたしが付いてるんだ」

「王立魔術学院主席の私がいるのに、なんで弱腰なのよ」

「そうですよ。女神様はきっとわたし達を勝利へ導いてくださいます」


 更に俺が背負っている鞘からもするりと剣が飛び出し、剣霊の姿を顕現させる。


「伝説の聖剣に選ばれし勇者がなーにを言っとるんじゃ! 妾は魔を滅するため九百年の長き時を待ち続けたのじゃぞ」

「このパーティの人選、きっかけはお前なんだぞファティア」


 なぜしがない飲食店アルバイトでしかなかった俺が、勇者などという物々しい称号を戴いて、危険極まる試練の地である魔王領へと身を投じるはめになったのか。簡単なことで、王家に伝わる滅魔の聖剣であるファティアを、俺が石の台座から引き抜いてしまったからだ。

 勇者選定の儀とやらが近所で開催されていて、荷車に台座ごと載せられていたファティアを老若男女問わず多くの王都民が引き抜こうとしていた。俺もノリで並んで、ノリで抜こうとしたら、本当に抜けてしまったのだ。

 こんなことでいいのかと再三王城に問い合わせたのに、あっという間に魔王討伐パーティが結成されてしまったのだ。


「お姉ちゃんは嬉しいですよ。おかげでラインとまた会えたんですから」

「シエラは俺の姉じゃないだろ!」


 ニコニコと笑って身を寄せてくるシエラを押し返す。彼女が勇者パーティの一員に選ばれたのは彼女が宿す強力な女神の加護もあるが、俺と同郷で幼馴染であることも理由のひとつだった。

 修道院に入る前はよく一緒に遊んでいて、彼女は今でも俺を弟のように扱ってくる。


「ともかく魔王を倒さなきゃ報奨金も貰えないんだろ? 他のパーティに先を越される前にまず見つけないとな」

「それも意味わかんないよねぇ。お給料払って欲しいんだけど」


 実のところ、勇者と呼ばれる存在は一人ではなく、勇者パーティもひとつではない。俺たちの以前にも多くの勇者がパーティを結成して魔王領へと乗り込んでいるし、俺たちの後からも続々と来ているはずだ。

 勇者の定義とはファティアのような聖具に選ばれた者、というアバウトなものだ。共和連合国にはそういったものが色々とあり、おかげで王都の街角でラフに勇者選定の儀も開催されている。

 そんなわけで、現在魔王領にはそれなりの数の勇者パーティが侵攻しており、報奨金――いや、魔王討伐を目指して突き進んでいる。


「お? おお、風が変わったぞ!」


 そろそろ足に疲労を感じ始めてきた頃、ラウルが耳を立てて嬉しそうな声を上げる。彼女はすんすんと鼻を動かして周囲の様子を探り、一方向へ進路を定めると歩速を上げた。


「出口か?」

「ああ、やっとだ」


 その言葉に俺たちも力が湧いてくる。

 木々が枝葉を伸ばし鬱蒼とした魔の森は、特殊な魔樹の力と淀んだ魔力の影響で人の方向感覚を狂わせる。共和連合が魔の森の手前に境界線を引いたのも、この森を越えるのに多大な労力を要するからだ。

 純粋に面積自体も広大なもので、更に足元は悪く、木の根や倒木、また蛇行する川などが行く手を阻む。たとえ迷わず進めたとしても、魔の森を抜けるには四日程は掛かると言われている。

 一週間と少しで出口を見つけられたのは、ひとえにラウルの優れた嗅覚のおかげだろう。


「出れたーーーーーっ!」

「やっと空が見えましたね!」


 そしてついに、俺たちは最初の難関と称される魔の森を抜け出した。木々があるところで唐突に消え、広大な荒野が眼前に現れる。荒涼とした寂しげな風景ではあるが、広い空に強い開放感があった。

 森の民とも呼ばれるエレナも、さすがに魔の森の陰鬱な空気には辟易していたらしい。杖を掲げて大きな声を上げている。


「それで、あれが魔王領第一の町だな」


 周囲を見渡していたラウルが前方を指し示す。薄ぼけた地平線の上に、小さな粒のようなものが見える。あれが町の影だろう。

 魔の森を抜けた先に、先人たちが決死の思いで築き上げた魔王領攻略の足掛かりとなる町がある。魔王討伐を目指す勇者パーティにとっても重要な補給拠点だ。


「とりあえず町に行って、金を稼ごう。今日はベッドで眠れるぞ」

「やったー!」


 連日の野宿で体にも地味なスリップダメージが入っている。無邪気に喜ぶエレナが、俺たち全員の心境を代弁していた。


「それじゃ、行くか!」


 ラウルの示す方向へと歩き出す俺たち。その足は今朝よりもはるかに軽いものだった。


「うん?」


 はるか前方、地平線に浮かぶ町の影。それを目指して意気揚々と歩き始めた、その直後。


……ドォォン。


 魔王領第一の町が爆炎に包まれて木っ端微塵に砕け散った。

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