25番目の剣
雨上鴉(鳥類)
第1話 プロローグ
誰もいない、小さな遺跡。夜の帳も落ち、生物の気配もないその場所で。静かに、静かに「災い」が目覚めた。
遺跡の中には、剣が一本刺さっていた。燐光を纏ったその剣は、やがて光を失い。カタンと小さな音を立てて崩れ落ちた。
そこから、徐々に黒い霧のようなものが立ち込めた。それはだんだん一つの塊を成し。
ついには人の形をした「何か」になった。
夜の闇よりも黒く、どこまでも続く虚ろの瞳。肌だけが異様に白く、暗闇に青白く浮いていた。そして、この世のものとは思えぬ美しい貌をしていた。その美しさは妖しさでもあり、毒でもあった。身体は少年のように華奢であるが、その細さに似合わない威圧感があった。「何か」は剣が刺さっていた場所を一瞥し。興味をなくした様子で、遺跡から姿を消した。
──「何か」に名はなく。人々はこう呼んでいた。
黒き災厄の獣──「魔王」と。
暖かな朝の光と共に、目が覚める。外からは早起きな鶏たちの鳴き声が聞こえる。
「んー。今日もいい天気だな!」
伸びをして、ゆっくりと寝床から出る。外はまだ少し寒いが、だんだんと春が近づいている気配がする。夜ふかしな親父を、起こしに行かなきゃな。部屋を出て、洗面所で顔を洗う。鏡に映った自分と目が合った。緑の目に疲れた様子はなく、睡眠時間はちょうどよかったみたいだ。はねがちな紫の髪も、今日は心なしかおとなしい。今日は何すっかなぁ。
「親父ー、起きてるかー?朝だぜ」
「ああ、ロードかい。起きているとも。先ほど起きたばかりだがね」
親父の部屋に入ると、今日はもう起きていた。服はまだ寝巻きだ。まぁ、起きているだけいいか。いつもなら起こすところからスタートするし。白い部分ばかりになった頭を撫で付けながら、にこにこと笑っている。
「朝ごはん、食う?昨日ニカのとこから卵もらったんだ。目玉焼きにしようかと思ってんだけど」
「それはいいね、ぜひお願いしよう」
「ん、わかった。じゃあ作るわ」
親父の部屋を出て、台所に向かう。パンも昨日焼いといたし、卵焼くだけですみそうだ。
家族は、親父しかいない。その親父ももうかなりの高齢なので、家事は必然的に俺がしている。昔は苦手だったけど、同じ村の料理上手な人たちに教えてもらって、ようやく形になってきた。卵を割っても殻が入ったりしないし、パンだって美味しく焼ける。
「よし、こんなもんかな」
「おや、いい匂いがするね。もうできたのかい?」
「あ、親父。丁度できたぜ。冷めねぇうちに食おう」
テーブルに各自の分を並べて、朝ごはんにする。うーん、半熟にしたかったけど、ちょい火通しすぎたな。
「うん、美味しいよ、ロード。ありがとう」
「こちらこそ、いつも美味そうに食ってくれてありがとう、親父。作りがいがある」
料理が苦手だった頃から、親父は俺の作った料理に文句を言ったことがない。最近はあまり失敗しないが、昔は酷かったものだ。俺も成長したなぁ。
「ふふ、かわいい息子が作ったものだ。喜んで食べるよ」
「親父、今心でも読んだ?」
「いや、なにも?さすがの私でも、心中は覗けないさ」
「本当かなぁ?」
親父はかつて、この国の王宮に勤める一級魔術師──賢者だったのだという。それもあって、親父からは特に魔法をたくさん教わった。本の楽しさや、森の植物のこと、動物のこと。魔物のことも。その青い目の奥には、長年培った先見の明が宿る。
この世界には、魔物がたくさんいる。それもここ数年は特に数が増え、活発化していると聞く。この辺りはまだそこまで魔物が強くないし、村には用心棒の腕っぷし自慢が三人もいる。だからそこまで困ったことはないんだが。ここ数ヶ月は特に、旅の行商人もきていない。食糧は自分達で確保しているが、そろそろ薬の類が怪しいと村長が言っていた。どうしたものかな。
「ごちそうさま。食器は洗っておくよ」
「わかった、任せる。ああ、そうだ。今日はなんか予定あるか?」
「今日は、まだ読んでいない文献を読もうと思っているよ」
「そっか。それ、寝るまでに読めそうなのか?」
「さて、どうだろう」
「あんまり無理すんなよ。夜ふかしは身体に毒なんだからよ」
「はは、そうだね。きをつけるよ」
「本当かなぁ」
親父はここ数年、何やら調べ物をしている。行商人が来なくなる前は、かなりいろんな本を取り寄せていたようだったし。俺には読めない異国の言語のものや、古い文字のものもたくさんある。一体親父は何を調べているのだろう?
「まぁ、いいや。俺、外出てくるわ。今日は隣のじーちゃんが、馬小屋の掃除を手伝ってくれって言ってたから」
「おお、そうかいそうかい。それじゃあ行っておいで」
「昼には戻ってくるよ。昼飯何がいい?」
「お前に任せるよ。私は料理はてんでわからないしね」
「ん、わかった。じゃ、いってくる」
「いってらっしゃい」
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