第5話 旅立ち

「親父!大丈夫か⁉︎」

 爆発音と共に、家の窓ガラスが飛び散った。窓際にいた親父は、ガラスがいくらか刺さったようで。少し血が出ていた。

「ああ、平気さ。このくらい、すぐに治る。癒し手ヒール

 親父が呪文を唱えると、傷が癒えていく。さすが、賢者と呼ばれた男だ。単純な回復魔法くらい、お手のもの。俺は安堵の息をつき、窓の外を見た。──教会が、燃えていた。

「俺、外見てくるよ。教会ってことは、今日の怪我人もいるはずだし」

「ああ、わかった。私もいこう。怪我人がいないかみないと」

 二人で家を出る。何かあった時のために、ある程度戦える格好をして。どこからか入った魔物によるものだったら、剣は必ず必要だから。

「大丈夫かー!怪我人はいるかーー!」

 村を走り回って、怪我人がいないか探す。

「ロード!」

「!神父、その怪我!」

 教会に近づくと、神父の姿が見えた。足が。右足が、なくなっていた。助けようと走り出す。

「ロード!こっちにきてはいけない!戻りなさい!」

「なんだって?」

「私はいいから!皆を、皆を……ぐぁ!」

「……え?」

 神父の言葉は、遮られた。空から飛んできた「何か」が。神父の身体を切り裂いた。

「はは、はははははは!脆い!実に脆い!」

「何か」は、事切れた神父の死体を蹴り飛ばし。こちらを振り向いた。今日、運び込まれた怪我人だった。首から下げられた黒いロザリオが、それを証明していた。だが、様子がおかしい。人間にあんな怪力は出せないし、何より。その腕は、獣ののように鋭い爪と毛皮で覆われていて。魔物の腕だった。先ほど神父を切り裂いたのは、この腕だ。

「見つけた、見つけたぞ!お前が、お前が「勇者」だな?魔王様の、敵だ!死ね!愚かな勇者よ!」

 男は謎の言葉を発しながら、俺に向かって腕を振り下ろした。なんとか剣を抜き、振り切る。くっそ、硬いな、あの腕!今ので落ちないのか!

「ははは、弱い、弱いな勇者よ!ここでお前は死ぬのだ!」

「いや、死なないよ。『氷槍コールドランス』」

 背後から、氷の槍が飛んできた。親父だ。親父の魔法が、的確に男の腹を貫く。

「ぐあ!き、貴様、賢者だな⁉︎おのれおのれ、邪魔をするな!」

「邪魔?いいや、私は私のやることをするまでだ。ロード、こっちだ!」

「わかった!」

 親父の指示に従って、走る。男は先ほどの氷に苦戦している様子だが、その足止めも長くは持たないだろう。

 村の外が騒がしい。先ほどの男の断末魔で、森の魔物たちがこちらに向かっている気配がする。囲まれるのも、時間の問題だろう。

「ロード。今から私のいうことをよく聞いて。嫌かもしれないけれど、その日が来てしまったんだ」

「親父?」

「こっちへ。おーい!用意はできているね?」

 向かった先は、じーちゃんの馬小屋だ。小屋では、じーちゃんとパトリシアが待っていた。パトリシアには鞍といくつかの荷物が積まれており、すぐに外に出れそうな様子だ。

「パトリシア。ロードを、よろしくね」

「なに、わしが丹精込めて世話をした馬じゃ。すぐに現役時代を思い出して走るだろうよ。安心せい」

「ロード。よく話を聞いてくれるかい?時間がないんだ」

「あ、ああ。わかった」

 親父は、今まで見たことのない真剣な顔をしていた。賢者の顔だ。

「まず、驚かずに聞いてほしいんだが。お前は、此度の勇者として生まれ落ちた、運命の子なんだ」

「勇者?勇者っていうと、あの魔王を倒すって言われている?俺が?」

「ああ。お前は、本来私の子供ではなく、この国アステラの王子だ。王から直々に、私に預けられた。この日のためにね」

 情報が川の流れのように急速に頭に叩き込まれる。俺が?勇者?王子?親父の子供じゃない?

「先ほどの男は、おそらく魔王の手下だ。黒いロザリオ。あれが、人を魔物に変えるんだ。魔王は今、各地を回って勇者を探している。己を倒す存在を、今のうちに抹消したいのだろうね。今まではなんとか隠れてこれたが、それも今日までだ。ここが見つかった以上、お前はもう旅立たなければならない。いままで、黙っていてすまなかった」

「待ってくれよ、親父は?じーちゃんは?村のみんなはどうするんだよ⁉︎」

 親父は、にっこりと笑った。いつもの親父の顔だった。

「私を含めて、村のみんなはここに残るよ。今日という日がいつか来ることを。みんな知っていて、それでもここに残ったんだ。お前を、ここから逃すために。我々で時間を稼ぐ。お前はパトリシアと一緒に逃げるんだ」

「そんな!」

「もうじき、あの魔物の援軍が来るだろう。その前に、はやく!村の裏口に、用心棒の一人が待っているはずだ。急ぎなさい」

「ほら、乗った乗った!パトリシアがお待ちかねだぞう!この日のために待っておったんじゃ、こやつも」

 じーちゃんにぐいぐい押されて、パトリシアに乗る。お前、こんなに立派な背中をしていたんだな。

「ふふ、こんな慌ただしくなければ、もっとお前の有志を見れたんだがね。……さぁ、いきなさい。この世界の、未来のために」

 パトリシアを繋いでいた縄が切られる。俺が指示を出す前に、パトリシアは裏口に向かって走り出した。

「待って、待ってくれよ、親父!なぁ、親父ってば!」

 遠くなる二人の形。やがてそれは本当に見えなくなって。俺は一人、村を出た。

「愛しているよ、ロード。私の可愛い息子よ」

 その声も、村に響く爆発音にかき消された。

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