第8話 遭遇

 

「……なんだ、ここ」

 階段を降りた先。そこには、また街が広がっていて。けれど、今まで見ていた街とは景色が全然違う。あばら屋が窮屈に建ち並び、怪しい物売りが行き交いしている。子どもの姿も見えるが、皆やせ細っていて。スラム街。その言葉を思い出す。

「おにーちゃん、もしかして迷子?ここ、お兄ちゃんみたいな人が来るとこじゃないよ」

 呆然と突っ立っていると、近くを通った子ども声をかけてきた。周囲にいる子より、いくらか元気そうな少年は、俺ににっこりと笑いかける。

「ここは、一体なんなんだ?」

「ここはね、上の階に住めなくなった人たちが集まる場所だよ。上の街は綺麗だったでしょ?でもあそこに住めるのは、ほんの一部のお金持ちだけなんだ。高い家賃や税金が払えなくなると、みんなここにたどり着くの。びっくりした?」

 俺は素直にうなづく。上層の活気は、この街のほんの一部なのか。周囲を見渡す。力なくうなだれて壁に寄りかかる老人、女性、子ども。中には、生きているか怪しい者もいる。それも、少なくない数が。

「……あ!ルークにーちゃん!おかえりなさい!」

 どうやら誰かを見つけたようで、駆け出していく。目で追っていくと。

「あー⁉︎てめ、さっきの盗人ぬすっとじゃねぇか!」

 子どもが向かったのは、さっき俺の財布と時計を奪っていた青年!顔はよく覚えていなかったが、背格好がぴたりと当てはまる。何より、その青い目が。記憶に焼き付いている。青年はこちらに気づくと、あからさまに嫌そうな顔をして舌打ちした。

「チッ。こんなとこまで探しに来やがったのか。暇なやつだな」

「暇なやつ、って。ここに来たのはたまたまだが、大事なものを盗られたんだ。そりゃ探すさ」

「……ルークにーちゃん、おにーちゃんのもの盗んだの?」

「こいつが平和ボケした顔してんのが悪いんだよ。どこぞの騎士様かなんなのか知らねぇが、ここにきてただで済むと思ってねぇよなぁ?」

 どうやら、こちらの印象はかなり悪いらしい。うーん、どうしたものか。

「あー……別に、アンタを警備兵に突き出そう、とかそういうことは思っちゃいねぇよ。そっちにはそっちの事情がありそうだしな。ただ、アンタが盗んでいった懐中時計だけは、なくすと困るんだよ。親父の形見なんだ」

 自分で口にして、急に悲しくなってしまう。あの状況で親父が生きている、という可能性は限りなく低い。いくら賢者と呼ばれた男でも、あの状況から生き残るのは困難だろう。村を襲った魔物の群れは、そのくらい尋常ではない量だった。

「ルークにーちゃん。返してあげたら?この人、本当に困ってそうだし」

「アキ。オマエはここで生きていくには、優しすぎるな。……ったく、しょうがねぇな。俺も流石に、肉親の形見とまで言われちゃ売りにくいわ」

 青年はため息をつくと、こちらに懐中時計を投げて寄越した。慌ててキャッチする。よかった、なんともない。

「おい、騎士様よぉ。今回はオレが寛大だったのと、アキの優しさで返してやったけど。他のやつは、こうはいかねぇからな。テメェのものはテメェで大事にしろ。それがここで生きていく第一条件だ。まぁ、オマエには関係ねぇか」

 盗みを働いた人間だが、こうして助言をしてくれるあたり、根からの悪人ってわけではない気がする。

「ほら、懐中時計は返しただろ?さっさとここから出ていきな。ここはアンタみたいな、お綺麗な騎士様が来るとこじゃねぇよ。それとも、なんかまだ用事があんのか?こんなところに?」

「聞いていいか?ここは、昔からこうなのか?」

 どうしてもこの場所と二人のことが気になって、聞き返す。質問が来ると思っていなかったのか、少し驚いた顔をした後、面倒臭そうに答えた。

「ここ自体は、昔からある。それこそ、オレの生まれるずっとずっと前からな。だが、こんなに上から人間が流れてくるようになったのは、ここ最近の話だ。……領主が、おかしくなっちまってな」

「領主が?」

「ああ。二年前だったか。領主の嫁が死んでよ。その後だな、おかしくなったのは。街の税金の率が一気に上がって、物が買えなくなったり、家に住めなくなったりした人間が続出したんだ。ここに辿り着く前に死んだ人間も多いだろうよ」

「そんなことが……」

「ねぇねぇ、おにーちゃんはどうしてこの街に来たの?どこかの騎士様なんでしょう?」「おい、アキ。あんまり他所のやつと話すな。何があるかわかったもんじゃねぇ」

「えー?けど、このおにーちゃん悪い人じゃなさそうだよ?それに、話したら協力してくれそうじゃない?」

「協力?なんか困ってんのか?」

 聞き返すと、少年は期待の眼差しでこちらを見、青年はもっと面倒臭そうな表情で見てきた。隠す気もないな、こいつ?

「アキ、あのなぁ。誰でもかれでも言うもんじゃねぇよ。まぁ、確かにこいつ強そうだけどよ」

「でしょう?話してみようよー」

 何やら、混み入った話がありそうだ。

「まぁ、俺もまだ財布返してもらってねぇし。なんかあるなら、話くらい聞くぜ?」

「はぁ……わかったよ。けど、ここじゃ都合が悪いな。こっちこい。アキもいいな?」

「うん!おにーちゃんついてきて!」

「あ、ああ」

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