第3話 前兆
黒い煙が立ち込めていた。静かな街だった。先ほどまで、ほんの数時間前まで。街は賑やかだったのだ。商店街は活気に満ち溢れ、物を売り買いする声に溢れていた。
「ここもハズレ、か」
黒く煙る街の中心に、その黒よりも真っ黒な影が一つ。肌だけが異様に白い「それ」は、焼け焦げた地面を見つめた後。ふと、焼け落ちた住居の影に、人がいるのを見つけた。
「ほう?まだ生きておるのか、お前」
後少しで息が切れそうなその男は「それ」を見て後ずさった。地面に這いつくばっている状態では、たいした距離も取れず。すぐに「それ」に追いつかれてしまう。
「チャンスをやろう。哀れな人の子よ」
「それ」は男に語りかけた。小さな見た目に似合わない、低く、淡々としていて。それでいてどこか甘美な響きを持つ、不思議な声色だった。「それ」は己の手を男の頭上にかざすと、何やら呪文のようなものを口ずさんだ。
すると、傷だらけで今にも事切れそうな男の身体が、どんどん綺麗になっていき。しばらくすると、何事もなかったかのように立ち上がれるまでになった。男は「それ」が何がしたいのかわからず、戸惑った様子で立ち尽くしていた。
「ふふ、驚いておるな。なに、ほんの気まぐれよ。この焼けた地で生き残った豪運と、お前の目が気に入った。どれ、私についてこないか?なに、悪いようにはせん」
先ほどまでの冷徹な表情と打って変わって「それ」はとても美しい貌で笑った。男は呆然としたまま、その貌に魅了され。やがて、静かにうなづいた。「それ」は男の手を引いて。やがて二人は街から消えていった。
「隣街が、燃えた?え、全部?全部なのか?あのくそでかい街が?一日で?」
久々にきた旅の商人から、そんな話が飛び込んできた。隣街といっても、ここから三つ山を越えた先にあるのだが。二、三回行ったが、めちゃくちゃでかい街だったはずだ。それが、たった一日で?
「嘘をいってどうするんだい。だがまぁ。にわかに信じがたいだろう?俺も通りすがっただけだが、本当に何も無くなっていてな。驚いたよ」
旅の商人は、疲れた顔でそう説明した。道中魔物が多くて苦労したらしい。どこも物騒になってきたな。
「ロードも気をつけろよ。この村の周囲はまだ弱い方だが、だんだん強くなるかもしれん。道中何回も奴らの共喰いに遭遇したしな。あれ、俺よく生きてここまできたな?いや、ロバは一頭死んだが」
「ああ、一頭減っているなと思ったけど、そういうことだったのか。あいつ、人懐っこい性格だったよな」
「ああ、覚えててくれたのか?なら、もし空いていれば村に墓を作っていっていいか?小さくていいんだが。本当なら、故郷に作るのがいいんだろうが。ここなら、あいつの大好きな花が咲いているからな」
「あとで俺からも村長に聞いてみるよ。多分、悪いことにはならねぇと思う」
商人から親父が頼んでいた本を受け取り、家に戻ろうとしていた時。ふと、村の入り口が騒がしいことに気がついた。用心棒のうちの二人が、何やら慌てた様子で駆け回っている。
「なんかあったのかな」
受け取った本をカバンにしまい、入り口に向かった。
「おーい、どうしたんだ?」
「ああ、ロード!ちょうどよかった、手伝ってくれ!怪我人だ!」
「怪我人⁉︎」
入り口に向かうと、一人の男が倒れていた。格好からして旅の者のようだが、ひどくボロボロだった。
「おーい!神父を呼んできたぞ!」
「担架も持ってきた!とりあえず運ぶぜ!」
別の用心棒が呼んできてくれた神父も協力し、担架に乗せて村の教会まで怪我人を運んだ。唸ってるから、意識はあるようだ。見た目はボロボロだが、まだ息はしっかりしている。これなら、何とかなるかもしれない。
「大丈夫か⁉︎俺の声、聞こえるか⁉︎」
声をかけると、怪我人はうっすらと目を開けてこちらを見た。よかった、意識はあるみたいだ。神父が手当てをし始めると、再び目は閉じてしまったが、安堵したのか呼吸も安定してきた。
「しかし、この怪我でよくここに辿り着けたな。頑張ったな」
手当てを手伝いながら、男の身体が思ったより状態が悪いことに気づく。足も片方折れているし、ここまでよく歩いてこれたものだ。
「神のご加護があったのでしょう。ほら、ここに」
神父がそういって、男の首にかかっているロザリオを見せた。随分黒くなっているが、そこまで大切に持っていたということだろう。神の加護か。そういうことも、あるかもしれないな。
治療が終わり、ベットに男を寝かせる。明日の朝には目を覚ますだろう。
「手伝ってくれてありがとう、ロード。今日はゆっくり休みなさい」
「ああ、そうする。あんたも、根を詰めて看病するなよ?」
「ふふ、わかっているよ。ありがとう、ロード。お前は昔から優しい子だね」
神父に見送られて教会を後にした。
──何だか、嫌な予感がしながら。
「ただいまー。親父、言われてた本受け取ってきたぞ」
「ああ、おかえり。随分遅かったね?何かあったのかい?」
帰ると親父はリビングにいた。先ほどの怪我人の話をしながら、本を渡す。今日の本は「魔王の歴史」か。魔王、魔王ねぇ。
「怪我人?そうかい。それは大変だったね。それにしても、この辺で怪我人とは」
「ああ、ちょっと不思議だよな。この辺の魔物はそんなに強くないし」
村の周囲は、スライムくらいしかいないから、あそこまでの怪我になることは滅多にない。そこが少し、ほんの少し気になった。
「ふむ。まぁ、そんなこともあるのかもしれないねぇ。こればかりは、本人に直接聞いてみないと、なんともいえないね」
「それもそうだな」
明日男は起きているだろうか。何だか気になるし、何があったのか聞いてみよう。
「よし、一旦この話は置いておこう。飯食おうぜ飯!腹減ったろ、親父も」
「ふふ、そうだね。そうするとしようか」
「よーし、なら準備してくるわ」
気持ちを切り替えて、台所に向かう。今日は肉を焼こう。なんだかそんな気分だった。
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