第22話 血の代償

 

「説明は後だ。応急処置の手は打てるから、先にそれを」

 あの後、ソフィアが使ったのは別の人に自分の魔力を分ける魔法だ。苦しげだったララは、今は穏やかに眠っている。今は一旦、ベッドに寝かされている。運んでいる間、起きる様子はなかった。

「さて、状況を説明しよう」

 閉店の札をかけて、誰もいない店の椅子に、俺、ルーク、ソフィア、そして母親が座っている。

 ララの倒れた原因は、魔力不足だった。魔力を持って生まれた人が、消費量の多い魔法を使うと一時的に起こることがある。通常、食事をすればそこから回復するのだが。いくら食べても、ララの魔力は戻らなかったため、ついに今日倒れてしまったのだ。本人がずっとお腹が空いている、と言っていたのは、これが原因だ。では、普通なら回復するはずの魔力が、何故戻らなかったのか?

「ララの口内を確認した結果。現在出ている症状とも合わせて、彼女を吸血鬼と判断した。おそらくここにいる一同、同意見だろう」

 俺含めた全員がうなづく。

 吸血鬼はエルフ同様、幻想種の一種だ。一番の特徴は尖った歯で、他生物の血を吸って生活するという。

「話を整理するために、ララがここに住んでいる経緯を話そうか。少し長くなるよ」

 ソフィアによると。ララは去年近くの森で倒れているところを、町人に救出された。名前も名乗れなかった彼女を、子供がいなかったことを理由に、母親として店主が引き取ったのだという。

「私は、ずっと前に子供を亡くしていてね。それでこの町に流れ着いたんだ。ララの話を聞いた時、真っ先に手をあげたよ。可愛い、私の子さ」

「君がララを大切に育てていることは、町の住民なら知っていることだ。もちろん、私もね。問題なく暮らしていたから、まさかこうなる日が来るとは思わなかったよ」

「学がなくて悪りぃんだけどよぉ。ララを保護した時点で、吸血鬼って分からなかったのはなんでだ?今日みたいに、口の中見ちまえば一発じゃねぇの?」

「ああ、普通はね。これは、吸血鬼の生態に関係している」

 吸血鬼は千年生きる長命種だが、生まれて三百年ほどは、コウモリの形をしていて成長とともに人型になるのだという。

「ララは、人型を取れるようになったばかりでここにきてしまったんだ。歯もそろう前だったから、私も気づけなかったようだ。すまない」

 ソフィアの顔は憂いに沈んでいる。自分が早く気づいていれば、と思っているのだろうか。そんなことはないのに。

「ソフィアのせいじゃねぇよ。問題は、これからどうするかってことだろ?」

「そう、だな。うん、ありがとうルーク」

 ルークに励まされ、ソフィアは顔を上げた。

「今回ララが倒れたのは、成長に必要な血を長らく摂取できなかったために起きた、魔力不足だ。つまり、誰かの血を飲めば回復するだろう」

「なら、私があの子に」

「それが、そういうわけにもいかないんだ。ララの場合、成長に伴う急激な魔力不足が起こっている。そこに魔力のない者の血を与えたところで、状況は変わらないだろう。それに、別の問題もある。吸血鬼に噛まれた人間が、どうなるか知っているかい?」

 全員が首を横に振る。そもそも、幻想種について人が知っていることなんてたかがしれている。

「噛まれた側も吸血鬼になってしまうんだ。それだけではなく、噛んだ吸血鬼に従うしかなくなる。奴隷と一緒さ」

 息を呑む声が聞こえた。

「なら、一体どうすれば……」

 母親は力なく項垂れた。我が子が苦しんでいるのに、何も出来ない歯痒さが彼女を苛むさいな

「なぁ、ソフィア。それって、必ず眷属になるのか?」

 俺の質問に、ソフィアが首を傾げた。

「いや、一件だけ例外があった。噛まれた人間は、一晩で吸血鬼に変化する。その時に、大抵は急激な身体変化についていけず、気絶してるんだが。意識を保ったまま一晩を超えた者がいてね。その人間は、人間のままで生還したよ。あれには驚いたね。……まさか、君」

 質問の意図に気づいたソフィアの、目の色が変わる。隣に座っていたルークも、俺の肩に手を置く。

「なぁ、相棒。オマエの考えていることは察した。その上で確認する。──ララに、血を飲ませる気か?」

 ルークと目が合う。綺麗な眉は、さまざまな感情で歪んでいる。

「適任だろう。俺なら魔力も多いし、ララに必要なものは揃ってる」

「だからって、無茶なこと言うんじゃねぇよ!旅の目的を忘れたか?オマエには、世界を救う戦いが待ってんだ。ここで失敗したら、もう後がない」

 ルークの言い分は正しい。俺には、魔王と戦う使命がある。多くを救うために、個を見捨てなければならない。そういう場面は、今だけではなく今後もたくさんあるだろう。

 だけど、それでも。

「俺は、目の前の女の子たった一人も救えないのに、勇者を名乗るようなやつになりたくない」

 愚かな行為だと、自分でも思う。けれど、それでも。顔も知らない数多の人間のために、手の届く場所にいる少女を、見捨てることを。どうしても、選べなかった。

 ルークの表情が一瞬怒気に染まった後。大きなため息をついた。青色は、やれやれと疲れた表情をしている。

「全く、オマエはどこまでも。いや、そういうやつだから、オレ達の街は救われたんだよな。分かった、オレから言うことはねぇ。二人とも、異論はあるか?」

「いや、私もないよ。ロードの血であれば、申し分ないだろう。その魔力マナの輝きは、ララを救うとも」

「本当に、本当にいいのかい?見ず知らずのあんたが、命をかけてやることではないだろう?」

 母親の心配ももっともだ。今日会ったばかりの少女に、他人がここまでする義理はない。

「今ここで、見なかったことにしたら。きっと、後悔することになると思う。この旅が終わった後も、ずっと」

 最後に終わって、誰かが評価をつけるわけじゃない。これは、俺自身の都合だ。見捨てた命の数だけ、この剣は鈍るだろう。魔王に、そんな剣が届くとは思えない。

「さて、決まったことだし。ララに会いに行くよ」

 ララはまだ眠っているだろうか。早く行ってやらないと。

 

 二階に上がると、ララが丁度目を覚ましたところだった。すぐに目が合う。

「ララ、気分はどうだ」

 ベッド横の椅子に座る。汗の滲む額を拭ってやりながら、様子を見る。

「りょうしゅさま、まほうをかけてくれたから。すこしへいきなの。けど、やっぱり。おなかがすいてるの」

 ソフィアが分けた魔力は、彼女のお腹を満たすことは出来ない。ララに、説明しないとな。

「ララ。君の身体を治すために必要なんだ。嫌かもしれないけれど、どうか聞いてほしい」

「うん。わかった」

「よし、いいこだ」

 頭を撫でてやりながら、出来るだけ冷静に話を進める。

「ララの身体は、魔力──身体に必要な栄養が足りてないんだ。だから、ずっとお腹が空いている。治すためには、誰かから魔力をもらわなきゃいけない。ここまで大丈夫か?」

「うん」

「俺は、人より魔力をいっぱい持ってるんだ。だから、ララに分けてやれる。そのために、ララには俺の血を飲んでほしい」

「ちを、のむの?」

 まさか、血を飲めと言われるとは思わなかったのだろう。ララの大きな目が見開かれる。

「ごめんな、これしか方法がないんだ」

「そう、そうなのね。でも、おにいちゃんがきずつくのでしょう?それでも、いいの?」

 自分が辛いだろうに、ララは俺の心配をした。優しい子だ。

「魔物と戦うのに比べたら、大したことないさ。でも、心配してくれてありがとう。身体、起こせるか?」

 背中に手を添えて、起きるのを手伝う。寄りかかってくる身体はとても小さい。

 袖をめくって、手首を差し出す。

「噛み付けるか?ダメそうだったら、今ナイフを──っ!」

 言い終わる前に、ララは勢い良く手首に歯を立てた。皮膚の切れる感触がして、血が流れる。

「おい、しい。おにいちゃん、どうしよう。おいしい」

 ララは困惑した様子で、それでも懸命に血を啜る。ずっと、まともに食べていない状態だったのだ。無理もない。

「いいよ、好きなだけ飲みな」

 ララの食事が終わる頃には、手首は噛み跡でいっぱいだった。ララの顔は、出会った時より赤みがさしている。その口元を拭ってやる。

「ん、よく出来ました。お腹いっぱいになったか?」

「うん。おにいちゃん、ありがとう。ごめんね」

「ララが謝る必要はないよ。ほら、もう少し寝ていた方がいい。身体、横に出来るか?」

 噛まれていない方の手で、再びララが横になるのを手伝う。食べた後だからか、すぐに眠りについてしまった。

 部屋にノック音が響く。現れたのはルークだ。

「終わったみてぇだな。すっかり顔色も良くなってる」

 ルークに包帯を巻かれながら、部屋を出る。ソフィア曰く、数十分で吸血鬼化は始まってしまうという。その前に移動しなければならない。大量に魔力を持っていかれたため、身体が重い。ルークに手を引かれソフィアの家に向かう。

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