第14話 潜入
「よし、野郎ども!準備はいいな!」
下層の広場にて。ルークが集まった協力者たちに、大声で啖呵を切った。返ってきた歓声は熱い。士気は充分だ。
「オマエたちは、領主の屋敷の表門を突破して警備兵を引きつけてくれ。いいか、ここでオマエたちが暴れただけ、オレたちが動きやすくなる。派手にやってやれ!上層の一般人には家からでないように言ってあるが、くれぐれも住宅被害は最小限にしろよ!」
ルークが何か言うたびに、士気がどんどん上がっているのがわかる。流石ここのボスだ、気迫が違う。
「怪我した時は、無理せず下がる勇気も大切だ!命は大事にな!それじゃあ、各自持ち場に行け!」
各々が指定された場所へと移動する。それぞれ集まった事情も違うだろうに、こんなにもやる気に満ち溢れているとは。ルーク、ひょっとするとその辺の軍師より指揮を取るの上手いんじゃねぇか?
「よし、オレたちも行くぞ。アキもいいな?」
「うん、ばっちり!お家の中、どこにでも行けるように案内するよ!」
アキも随分頼もしい。彼にはあらかじめ、戦闘になったら隠れるか逃げるかするように言ってある。できるだけ穏便に済ませたいが、難しいだろうから。
「ロード、オマエはアキの後ろに続け。オレとオマエでアキを挟む形で移動する。その方が何かあった時対処できるからな。殿ってやつだ」
「ああ、わかった。任せろ」
「はは、頼もしいやつだ。んじゃ、行くか。屋敷に一番近い壁から出るから、迷子になるなよ」
ルークを先頭に、街の中を移動する。月明かりを頼りに進みながら、遠くで戦闘音が聞こえた。陽動班が暴れ出したようだ。
「おーおー、派手にやってんな」
「日頃の
階段を登り、下層から上層に出る。すぐ目の前に大きな屋敷が見えた。大きな庭では、近衛と陽動班が戦っている。
「裏口はこっちだよ」
アキの案内で、人目を避けて屋敷に侵入する。外の騒ぎのおかげで、屋敷に人気はない。
「お父さんは書斎にいるはずだよ。こっちが近道」
アキのおかげで、広い屋敷でもすぐに目的の場所にたどり着いた。ドアの前で様子を伺う。聞き耳をたてると、部屋の中では誰かが喋っているのがわかった。
『──外が騒がしいですな、領主殿』
『何かあったのでしょう。ですが、関係のないことです。それより、例の件はどうなったでしょうか?私の贈った贈り物は、無事魔王様へ?』
魔王、という単語がはっきり聞こえた。ルークと目が合う。どうやら、噂は本当らしかった。おそらく話している相手は、魔王の使いかなにかだろう。
『ああ、贈り物ですか。大層喜んでおられましたよ』
『ああ、それは嬉しい!でしたら』
『ですが、まだ足りませんなぁ。貴方の妻を生き返らせるには、それなりの準備が必要だ。それには、まだ貴方の忠誠心も、物資も。とても足りない』
『……そう、ですか。では、魔王様は何を御所望でしょう?私にできることでしたら、なんでも。なんでもいたします』
『では、この街を。丸ごといただけますかな?この街の賑わい、人の営みに魔王様は大層興味があられる様子。きっと気に入っていただけますよ』
あいつ、今なんて言った?この街を、丸ごと?魔王に差し出せと?
横を見ると、ルークが見たこともない形相で扉の向こうを睨んでいた。アキは、なんだかわかっていない様子だ。
「ルーク。どうする?」
「……あいつの答えを聞いてからだ」
今にも飛び出したいだろうに、それを押し殺して領主の次の言葉を待つ。
『この街を、ですか⁉︎そ、それはしかし』
『おや、いいのですかな?せっかくのチャンスですよ?たったひとつ。この街をいただければ、貴方の妻は戻ってくるのです。安いものでしょう?貴方の失った幸せが、目の前に待っているのです』
『それは……そうですが』
『それに、貴方にはお子様がいらっしゃいましたね。それも、まだ小さい若君だ。母がいない寂しさを、抱えていらっしゃるのではないかな?きっと、奥様が戻ってきたら。何よりも喜ばれるのではないかと』
「ちがう!ちがうよ、おとうさん!僕、そんなこと望んでない!」
「あ、ちょ、待てアキ!」
居ても立ってもいられず、アキが扉の向こうへ走り出す。俺とルークもあわてて着いていく。扉の向こうには、驚いた様子の男と、神父の格好をした男がいた。神父の胸には、黒いロザリオ。村を燃やしたあいつとは違うが、確実に魔王側の人間である証だ。
「アキ⁉︎いつからそこに⁉︎それに、その者たちは一体」
「お父さん、僕の話を聞いて!」
驚く領主の言葉を遮って、アキが言う。その顔に恐怖はなかった。
「僕、確かにお母さんが死んで悲しかったよ。つらかったよ。お母さんがいる友達が、羨ましいって。思ったこともあるよ。けど、それでも。お母さんは、もうどこにもいない!いないんだよ!帰ってこないんだよ!だって、しんじゃったんだから!」
「アキ……」
アキの大きな目から、ポロポロと涙がこぼれた。感情が、洪水のように溢れ出す。
「もう、誰にもどうしようもないんだ。でも、誰のせいでもないんだ。しょうがない。しょうがなかったんだよ。なんでわからないの⁉︎戻ってよ、お母さんがいた頃のお父さんに!この街のことで一生懸命だった、あの頃に戻ってよ!お父さんのばか!わからずや!」
アキは、分かっていたのだ。父親が求めているものが、もうどこにもないことを。こんなに小さい身体で、死というものがなんなのか、ちゃんと分かっているのだ。
「よく言った、アキ!まさにその通りだ!」
ルークがアキに拍手を送る。俺もなんだか、今すぐアキを抱きしめてやりたくなった。母は亡くなり、父は訳のわからない宗教に没頭している。そんな中で、よく助けを求めて走った。ここからは、俺たちのやるべき仕事だ。ルークと目を合わせ、うなづく。
「この街を代表して、言わせてもらおう。オレたち街の住民は、決して魔王に屈しない。たとえオマエが、ここを差し出したとしてもだ!そうなる前に、オレが斬る!」
「……おやおや。随分威勢のいいことで」
それまで黙っていた神父が、口を開く。その目は醜悪に歪んでいて。ああ、こいつはもう
「どうします、領主殿?こう言っていますが」
「私は、私は……それでも、これに縋るしかないんだ!私の邪魔をするな、何も知らない奴が!」
領主の目は曇りきっている。アキの言葉も届かないほどに。
「では、ワタシがお相手いたしましょう。なに、ほんのきまぐれ。お代はサービスいたします」
神父はそういうと、ロザリオに祈りを捧げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます