第15話 蛇

瞬く間に人の形が崩れ、やがて一体の魔物が現れた。手と髪は無数の蛇の頭。肌は鱗で覆われ、金の瞳がこちらを睨む。かろうじて二本の足で立っているが、とても人間とは呼べる形をしていなかった。

「ふふふふふふ、久々にこの姿になりました。どこから食べてやりましょうか。悲鳴ごと丸呑みしてあげましょう」

 不気味に動く蛇の頭が、こちらを凝視する。

「アキ、どっか隠れてろ」

「うん、わかった。信じてるよ、ロードにーちゃん、ルークにーちゃん!」

 アキが本棚の奥に隠れたのを見送って、剣を抜く。月夜に刀身が光った。ルークも短剣を抜き、いつでも飛び出せる状態だ。

「ふふふふふふ、その威勢、どこまで続くか見ものですね。では、まいりましょう」

 魔物はそういうや否や飛び掛かってきた。無数の蛇の胴体が伸びて、襲いかかってくる。「でぇりゃあ!」

 噛みつかれる前に、剣で吹っ飛ばす。頭は汚い声をあげて散っていったが、すぐに再生してしまった。ルークも何本か頭を斬り飛ばしていたが、それも再生していく。

「チッ、そう簡単にはいかねぇか!」

「ふふふふふふ、はははははは!無駄なこと、無駄なこと!」

 魔物の目が怪しく光る。嫌な予感がした。

「ルーク!あいつの目ぇ見るな!」

「なっ!くっそ、なんだこれ⁉︎」

 言うのが遅かった。ルークの足は、石になったように動かなくなってしまった。

「お前、多頭蛇ゴルゴンの類か。厄介な」

 その目を見たものを石にするという魔物。こいつはそのものではないようだが、力の一端を使えるらしい。

 動けないルークに蛇が襲い掛かる。それらを一掃し、距離を置く。とにかく目が厄介だ。目を合わせないようにすると、次にどこに攻撃が来るか予測しにくい。蛇の牙が、掠めていく。致命傷ではないが、厄介なことに変わりはない。斬っても斬っても復活してくる蛇。動けなくなってしまう魔眼。圧倒的に向こうが有利だ。

 ──ふと、あることに気づく。魔物が、剣を直視していないのだ。俺の目を見て動きを読むのはわかるが、それでも剣の方だって少しくらい見ていいはずだ。それなのに、全然見ていない。まるで見るのを嫌がっているように。こいつの弱点は、もしかして。

「貴方も、石にして差し上げましょう!」

 魔物の目が再び怪しく光だす。今だ!

「『その輝きは冬の星、寒さの氷土より来るきたる刃。氷槍コールドランス』!」

 魔物と俺の間に、巨大な氷の柱ができる。俺と魔物を遮ったそれは、魔物には当たっていない。

「ふふふふ、一体どこを狙って……ぎゃあ⁉︎」

 初めから、この魔法は魔物を貫くためには使っていない。外したのはわざとだ。狙ったのはそこじゃない。

「おのれおのれ貴様、何故分かった⁉︎何故!」

 魔物の足は、石のように固まっていた。うるさく喚く口だけが、達者に動いてる。

 魔物は、剣を直視しないようにしていた。己を見ることを避けていた・・・・・・・・・・・・。それはつまり己の目の力が、自身にも適応されるからではないか?それが真実なら、氷の柱に映った自分を見て石化するはず。

 思った通り、魔物は動けない。剣を振りかぶって、魔物に斬りかかる。汚い声をあげて、魔物は床に伏す。ロザリオが割れた。

「おのれおのれ、貴様!くそ、再生が追いつかないだと⁉︎まさか、まさかまさか!ああ、その魔力マナの輝き!その忌々しい羽根のごとき形!お前が勇者だな・・・・・・・⁉︎おのれおのれ、小賢しい!勇者如きが!魔王様から力を賜ったワタシに!」

「は、だからなんだっていうんだ」

 魔物にとどめを刺す。うるさい叫び声は消え、魔物の身体は塵となって消えた。あたりが静まる。時間が止まったようだった。

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