第16話「叱咤」

「終わったな。すまねぇ、足手まといになっちまったな」

「ルーク。身体はなんともねぇか?」

「ああ、全然。どうやら、本当に石にする力までは無かったみてぇだな。ほら、平気だろ?」

 ルークはそう言って二、三回ジャンプしてみせた。本当に大丈夫そうだ、安心した。

「ルークにーちゃん、ロードにーちゃん!」

 隠れていたアキが、駆け寄ってくる。よかった、特に怪我はしていない。結構派手に魔法つかっちゃったから、破片が飛んで怪我をしてないか気になってたんだ。

「おう、悪い奴はやっつけたぜ。ここは大丈夫だ」

「にーちゃんたち、本当に強いんだね!かっこよかったよ!」

 アキの目はキラキラしている。何だかむず痒いが、こういう好意は嫌いじゃない。ルークも似たようなことを思っているのか、居心地が悪そうだ。

「……なんてこと。なんてことをしてくれたんだ、お前たち!」

 部屋の隅で、領主がそう吐いた。その顔は怒りで真っ赤だ。

「私の、私の希望だったんだぞ!それを、それをよくも……!」

「……ロード」

「ああ、俺も思っていることは同じだ。思いっきりいってやれ」

「アキ、ちょっと目ぇつぶってろ」

「?わかった」

 アキが見てないことを確認して、ルークは思いっきり領主をぶん殴った。派手に壁際までぶっ飛ぶ。

「ぐあ!な、何をす」

「この大馬鹿野郎が!恥を知れ恥を!」

 ルークが窓ガラスがびりびりするほどの大声で叫ぶ。領主は今ので怖気づいたのか、大人しくなった。

「テメェの身勝手で、この街の人間は魔王に売られるとこだったんだぞ!分かってんのか⁉︎」

「それの何が悪い!私は、愛する妻に、ナターシャに会えればそれでいいんだ!死んだ者に会いたいと思う気持ちの、何が悪い!お前に否定できるか⁉︎突然なくなった幸せを、もう一度掴む手段がそこにあるんだ。その手をとって何が悪い!」

 ルークに胸ぐらを掴まれながら、領主はそう吐き捨てた。こいつ、本当に何も分かっていないんだな。あきれたもんだ。

「その中に、愛した人間との子どもがいても。本当にそう思うか?」

 領主がアキの方を見た。アキは、今にも泣きそうな顔で笑っていた。

「あんた、まさかアキは別だとおもってたのか?んなわけねぇだろ。魔物の言うことだぜ?子どもも容赦なく取引に含まれるだろ。それに。たとえ人間が本当に生き返って、アキも奥さんもあんたの元にいたとしても」

 人間は、けして生き返らない。それは、もう仕方のないことだ。でも、もし仮に。本当に生き返ったとしても。

「この街の何千人の命と引き換えに、本当に幸せが手に入ると思うか?その業を、己だけでなく奥さんやアキにも背負わせるのか?」

 たとえ、生き返ったとしても。何千人の命の上で生きていく責任を、こいつが負えるとは到底思えない。それに、それを背負うことに巻き込まるのはアキだ。大人の業に、アキを巻き込んでいいはずがないんだ。

「だが、それでも。それでも、私には生きていく希望だったんだ。これから、私は。何に縋って生きていけばいいんだ」

「なんだ、そんなことか。そんなの、決まってんだろ」

 アキの背中を押す。アキはちょっと迷った後、父親の胸に飛び込んだ。領主は驚いた顔をした。

「アキの、未来のために生きていけばいい。あんたの愛した奥さんの忘れ形見だ。その中で、あんたの大切なもんは生きてる。そのために生きていけばいい。あんたには、アキが一緒なんだ。胸張って生きていけるさ」

 アキは、父親の胸で泣き出した。抱えていたものが、溢れたのだろう。小さい身体で、幾つもの我慢をしてきたのだ。

「私は……私は、また大切なものを、今度はこの手でなくしてしまうところだったのか」

 領主は、ようやく気づいた。随分遅かったけど、まだ手遅れじゃない。何より、アキがいる。

 部屋の窓から、月明かりが二人を照らした。彼らの道行を照らす光は、まだ頼りないけれど。進む道を、違えることはもうない。

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